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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:沖ノかもめ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「いやそんなの想定外、自由に話すなんて無理です」
 
と、あやうく声に出して言ってしまうところだった。
 
ここはとある就職試験の面接会場。
 
「ご自身について、自由に述べてください」
 
穏やかな雰囲気の面接官が私にそう告げた直後のことだ。
 
筆記だけの一次試験に合格した私は、念願叶って二次試験へと進んだ。
 
二次は面接試験であることが前もって知らされていたため、当然私は準備を怠らなかった。面接で問われそうな質問マニュアルを読み、枠からはみ出さない程度に優良な回答を考えておいた。
 
そう、あんまり優等生な回答もかえって怪しまれるのだ。はみ出さない程度が良いとマニュアルにも書いてあった。
 
ところが、面接官は自由に話せという。
 
「自己アピールでよろしいでしょうか?」
 
私は自由の解釈について、ちょっとした線引きが欲しかったのでそう質問した。
 
しかし、質問をしたことで、自由がわかってないヤツだと思われてしまったかもしれない。頑張って落ち着いた様子を保ちながらも、頭の中はフル回転の空回り。頭から湯気が出ているのが面接官に見えているかもしれない。スーツの内側が汗でジットリして、喉はカラカラになってきた。
 
「特に決まりはありません。ご自由にどうぞ」
 
私の方をまっすぐ見たまま、面接官はそう返した。微動だにしない。
 
穏やかな物腰だが、面接課題に一切の妥協はしないという固い決意が漂っている。従業員数は十人にも満たない小さな事務系の会社だが、この面接官は相当場数を踏んでいるに違いない。その落ち着きぶりがうらやましかった。
 
もうだめだ、どうしよう。
 
一方の私はといえば、面接会場の壁ぎわまで追い詰められてしまったような気持ちだ。いや、壁のような境界線がある方が私としてはありがたい。自由にどうぞと言われるよりよっぽどいい。
 
私の世代は、マニュアル世代と言われて批判されることがある。でもマニュアルは私が生まれる前から存在している。はみ出さずにここまで、というやり方には相当馴染んでいるのだ。それを私たちのせいにされても……。
 
とはいえ、何か話さなくては。時間ばかりが経っていく。
 
いや待て、面接の時間が何分間割り当てられているのか、事前の案内には書いてなかったぞ。5分か? 10分か? 今どれくらい経ったかもわからない。
 
まさか話す時間も自由?
 
頭がガンガンしてきた。私が取り乱している様子は、面接官にはお見通しだろう。
 
それにしてもこの面接官はじっとしたままである。落ち着いているというよりは、動かさないようにしていると言った方がピッタリだ。
 
私は深呼吸をして、自分の気持ちが静まる何かを求めた。
 
自由に、と言われて慌てるなら、あらかじめ決められているがゆえに安心することとは?
 
好きでよく食べるカップラーメンを思い出した。お湯を注ぐラインがカップに付いている。間違えることはない。そうだ、お湯を沸かす時に使っている電気ポットにも、水を入れる「ここまで」ラインが書かれている。
 
「ここまで」ラインがあることのメリットがいくらでも出てくる。
 
それは、間違えない、ということだ。
 
では、自由だとどうなるのか。それは、間違える、だ。
 
私は間違えることを恐れているのだ。
 
この会社で就職試験は8社目。その前の7社は全部一次試験で落とされた。そうして、やっと面接にこぎつけたのだから肩に力が入るのは仕方ない。早々に就職を決めている同級生の顔が頭をよぎる。
 
面接官が自由に述べよと言ってくるからには、この会社は間違えることに対して寛容だと思いたい。そもそも、面接に失敗してこの会社に就職できなかったら、それは人生を間違えたことになるのだろうか?
 
私は今まで、間違えてもいいよと誰かに言われたことはあっただろうか?
 
それどころか、自分で自分に許可してあげたことは?
 
ジットリかいていた汗が冷えて、つめたくなってきた。それがかえって冷静な気持ちを取り戻してくれた。
 
相変わらずマネキン人形のように動かない面接官を前に、私はカラカラに乾いた口を開いた。
 
「私は、枠からはみ出すことが恐いです。ここまで、と書かれたラインがあると間違えないで済むからです。貴社の面接で自由に話すよう言われて、私は自分の中の恐れに気がつきました」
 
破れかぶれでもいいから、私はとにかく自分について正直に話した。間違えてもいい。その許可は自分が出したのだから、後悔はしないでおこう。
 
面接官の姿勢が少し前のめりになっているように思えた。
 
「お疲れさまでした!」
 
会社の出口に近いところに座っている女性職員が明るく挨拶をしてくれた。
 
面接が始まる前は緊張していたので、社内の様子を見る余裕はなかった。だが、終わって気分がほぐれたのか、帰りは少し社内を眺めてみたくなった。
 
きちんと整頓された事務机が5台ほど並んでいた。
 
そのうちの一番端っこのデスクの上に、本が置いてあるのが見えた。
 
『面接官の心得マニュアル』
 
ページの間に付箋紙がびっしり貼られていた。
 
先ほどの女性職員が、出口のドアを開けてくれた。
 
すっと冷んやりした外気が心地よい。頬をなでる風に季節の変わり目を感じる。
 
私は深呼吸をしてから、雑踏の中へ一歩を踏み出した。
 
 
 
 
***
 
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