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ある日突然「血をわけてくれ」と言われた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ann(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 

ある日突然、父から頼まれごとがあった。
父とは訳あって殆ど連絡を取っていない。
というか、私は父の存在を心の中から消して生きてきた。
 
そんなある日、父から頼まれた。
 
「血をわけてくれないか」
 
青天の霹靂とはこの事かな?と思う衝撃で、頭の中が真っ白になった。
日本語なのに言っている意味が分からない。呑み込めない。
喉元で閊えて、これ以上奥に入っていかない、といった感覚だった。
 
病名は、骨髄異形成症候群。
父は、白血病予備軍だった
 
私は、今まで、もう父とは会いたくない、どうか私たちに関わらないでくれと願っていたが
そんな父が死ぬかもしれない。
不思議だが、考えたこともなかった
 
「この後、病院の先生から連絡があるから、詳しくは先生と話してくれ」
申し訳なさそうに言って電話が切れた。
 
ドナーになる事に対しての怖さよりも前に
私が断ったら父は死ぬのか
断ったら私が父を殺したことになるのか
 
そのことだけがぐるぐると頭の中を回り始めた。
 
先生と話し、とりあえず自分の血液が父と適合するかどうか病院で検査することになった。
これは私の妹も対象となった。
 
この件について、妹とも少し話した。
特に怖がっている感じも困っている感じもない。
ただ、私が断ったら妹が行くことになる
それだけは避けたい。
私は、そう強く思った。
 
検査の結果、私も妹も父と適合し、ドナーに該当することが分かった。
 
「治療は時間との勝負です。なるべく早く、結論をください」
病院の先生からそうお願いされた。
 
一人では決断できなかったので、祖父母や母、旦那に相談した。
全員、口を揃えて、「副作用や後遺症は大丈夫なのか」と心配された。
 
しかし、私はそんなことはどうでもよかった。
ずっと考えていたのが、
これを断ったら父は死ぬのか、だった。
 
父との思い出は、出来れば忘れたい事しかなかった。
 
家族よりも仕事を優先する父は、夜働いて昼寝るような生活スタイルだった。
幼少期のある日、父とどうしても遊びだくなり、寝ているところを起こした時があった。
酷く勘当され家の外に投げ出され玄関の鍵を閉められた。
泣いて何度も謝ったが結局、母が帰ってくる夕方までの時間、家に入れてもらうことはなかった。
 
そんな思い出を大人になってから、笑い話のように父に話してみたら、
反応は「そんなことあったっけか?全然覚えてないなー 」だった。
きっと父は私のことは何も覚えていないし、見えていなかったんだろう。
そう思った。
 
そんな父は、私が社会人になって少し経った時、母を捨てた。
 
表向きは話し合いの末の円満離婚だったが、私としては“母は捨てられた”という言葉の方が相応しいような状況だった。
今でも鮮明に蘇る母の「定年後にお父さんと世界一周する夢、叶えられなくなっちゃった」と涙を堪える顔が何度も何度も私の心を傷つけた。
 
「離婚しても、俺たちは親であることは変わらないし、家族でなくなることはないから」
と言われた1年後に、再婚したいと連絡がきて、「新しいお母さんと思って親しくしてほしい」と女の人を紹介された。
この人に関わっていると傷つくことばかりだ。
もう、二度と関わりたくない。
 
そんな父を生かすも殺すも、私の決断にかかっている。
勿論、私が断っても妹もドナーになることは出来るし、他にもドナー候補の方を探すことで治療を進めることもできる。
しかし、今の私がドナーを断るという事は、それはそのまま「助けたくない」という意味と同じことになる。
 
私は父にどうなってほしいのか。
復讐をするなら絶好のチャンスとも言えるこの状況で、私はどうしたいのか。
 
憎くて憎くて、母を悲しませた父を許せなかった。
私たち家族を傷つけた父を許したくなかった。
私にお父さんなんて必要でなかったし、お父さんがいないことで寂しい思いをしたこともなかった。
 
なのに、なのにどうしてだろう、「嫌い」と言い切ることが出来なかった。
「好きじゃない」で感情が止まって、そこから先の嫌いにいかない。
 
気が付いたら、どうしたら自分はドナーになることに対して納得できるだろうかと考えていた。
どうしたら、父を助けるという事を受け入れられるだろうか、理由を探していた。
 
家庭環境もあってか、血のつながりや戸籍上の家族という定義はあまり重要ではなかった。
それよりも、どれだけ時間を共にして、どれだけ心を通わせたかを大事にしていた。
でも、今まで関りを拒絶し続けた父に対して、今回はどうしても拒否することが出来なかった。
これが血の繋がりなのかと自分で自分を鼻で笑ってしまった。
 
私はドナーになることにした。
 
病院の先生からは、大変感謝された。
「父は助けてもらうに値する人なんだな」と思った。
なぜそんなことを思ったのか分からないが、そう思った。
もしかしたら父が生きることで誰かの為になっていることに安心したのかもしれない。
 
人生で初めての入院がこんな形で決まった。
 
入院している1週間、私はこんなことを考えていた。
 
父がいつか行った言葉。
「俺は父親らしいことは何一つしてあげられなかった」
 
そうです。
あなたに遊んでもらったことも、勉強を教えてもらったことも、毎晩リビングでテレビを見ながら過ごしたこともありませんでした。
でも、そんな絵にかいたような父親像なんて求めていなかった。
 
私は、今回のことで、父が初めて私たちを頼ってくれたことが嬉しかった。
お父さんに家族と思ってもらえていたのだなと実感できた。
 
私はずっとお父さんに、前を歩いて引っ張て行ってほしかったのではなく
振り返って私たちを見て、時に頼って欲しかったんだな。
 
連絡をくれてありがとう。
この歳でやっと家族の意味を知ることが出来ました。
 
血をわけたこの借りは、長生きすることで返してください。
生きてください。
 
 
 
 
***
 
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