50歳のウエディングドレス
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:樋口 紀子(ライティング・ゼミ平日コース)
先日50歳の誕生日を迎えた。なんと、生まれて半世紀もたったのだ。
周りはなんとも思っていないだろうが、自分はどうにもしっくりきていない。私が、あの論語でいうところの「五十にして天命を知る」の50歳?!
天から与えられた使命なんて、いまだにさっぱりわからない。ただ、自分にとっては懐かしい話題を、知らない人のほうが多くなってきていることでだけは、しっかりと年齢を感じてしまう。会社の先輩たちは、「子育てが終わったらすぐ介護がやってくるよ」とため息まじりで教えてくれていた。更年期障害らしき不調も時々やってくる。それが50歳の現実というものかもしれない。
無事にとは到底言えないが、子供たちもそれぞれ自活の道を歩き始めたので、私もこれを機に母業は卒業するぞ!と、自分の中で勝手に宣言してみた。そうすると、困ったのは自分だった。子供たちの心配と世話をしなくなった私の心には、何も残ってないような気がしたのだ。
いや、たくさんしたいことがあったはずだ。子育てに追われる中で、落ち着いたらあれをしよう、これもしたいと妄想をしていたのだから。
少し落ち着いたら、結婚式を挙げよう。そう思っていたことを最初に思い出した。
お互いに子育てまっただ中で再婚し、それぞれの子供合わせて3人、それぞれの犬猫合わせて3匹の合計8人? の大家族になった私たち夫婦には、結婚式を挙げる余裕はいつまでも全くなかった。
そして気が付けば、再婚して10年経ってしまった。スイートテンダイヤモンドをもらってもいいぐらいなのに、結婚式は今更遅すぎる。せめて結婚写真を撮ろうと思いたった。
「大人婚・結婚写真」で調べてみると、今は晩婚も再婚も増えていて、私より年上のお姉さまでもウエディングドレスを着て微笑んでいる写真が出てくる。しっかりぼかしも入れてくれ、何かと見せたくないものは隠して、少し遠くから上手に美しく撮ってくれるようだ。
ただ、この10年で15キロ大きくなった身体は、隠しようがないんじゃないか?不安になってきて、今度は「ぽっちゃり・ウエディングドレス」で調べてみた。
やっぱり。さすがにこれは隠しようがないようだ。画像に出てくる外人さんたちは、大きな身体にピチピチのドレスで、とても幸せそうに笑っている。大きな二の腕も全く気にならない様子だ。
諦めようかと思った。若いピチピチの二の腕ならいざ知らず、振袖のようになった年季の入った大きな二の腕をウエディングドレスから出すのは、とてもじゃないが、見れたものではない。元の体重に戻してからにしようか? とも思ったが、そんな日がいつになるか見当もつかない。一生来ないかもしれないし、体重が戻ったところで、年季の入った振袖の二の腕がピチピチに復活することは絶対にない。どうしたって、どうなったって10年前の私には戻らないのだ。
でも確実に言えることは、残りの人生の中では、今日が一番若いのだ。
ウエディングドレスを着て写真を撮ろうと思っていることを、おそるおそる夫や子供に伝えた時、誰もかっこ悪いと反対することもなく、笑うこともなく「ええやん!」と、とても喜んでくれた。それが何よりうれしく、気持ちを後押ししてくれた。
結婚写真を撮ったことのない夫に、人生最高の盛装も一度は経験してもらいたい。何かと苦労の多かった父業、母業を卒業して、これから迎えていく老いを互いに支えながら生きていく誓いにもなるだろう。将来どちらかがボケてしまっても、その写真を見れば、互いを思い出せるくらい大きな出来事になるかもしれない。
そんなにたくさんいいことがあるなら、やっぱり写真を残そうと申し込んだ。
その思いを写真屋さんに伝えると「とても素敵です!」と言って、最大限に二の腕が目立たなくなるようにウエディングドレスを選んでくれた。後ろのチャックは全開だったが、あて布で隠し、ベールをかけてしまえば、全くわからないようになっていた。しかし、鏡に映る自分は、探し始めればきりがないほど、やっぱり粗だらけだ。後悔の気持ちが押し寄せてくる。今更やめるとは言えない「今日が一番若いんだ!」と何度も心の中でお経のように唱えていた。
夫はといえば、ポッコリお腹はタキシードで上手に隠れている。そして、少し照れくさいような、嬉しいような表情をしているではないか。自分の見たくないところばかり気にして、しどろもどろしていることのほうが、恥ずかしくなってきた。
ぽっこりお腹の花婿も、年季の入った振袖の二の腕の花嫁も、自分のことを気にすることも忘れて頑張って家族を支えてきた証じゃないか。そう思うと少し誇らしくなり、たくさんの恥ずかしいポーズも満面の笑みで、モデルになった気分でこなしてる私がいた。
出来上がった写真には、ごまかしようのない50歳の夫婦が写っていた。しかし子育てという人生最大の仕事を終えた、貫禄のあるとてもいい笑顔を写してくれていた。
***
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