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足りないのは英語力じゃないかもしれない話


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記事:そのはたちえこ(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「あなた、何を言っているのか、わからないわ!」
 
これは、私がアメリカ人の3歳の女の子に面と向かって言われたセリフである。もちろん、英語で。
 
場所は、アメリカ、ウィスコンシン州マディソン。
アメリカ人マネージャー、Jさんのご自宅にお招きいただき、そこでご家族と一緒に食事をしていた時のことだったと記憶している。金髪の小さな女の子が、私をまじまじと見て、こういったのだ。
 
I can’t understand what you mean. (あなた、何を言っているのか、わからないわ)
 
それだけではない。
その前日、Jさん宅で行われたBBQパーティー。アメリカ人の同僚たちが話す英語が、私にはほとんど聞き取れなかった。同じチームで働く人たち、15人〜20人くらいが集まっていただろうか?みんな、飲み物を片手に楽しそうに談笑しているが、私は話の輪に加わることはできず、ひとり、離れたところにぽつーんと座っていた。
 
当時、私はすでに30代。
何年も、いや、10年以上も頑張って英語やってきたというのに、アメリカ人の3歳児に、顔をしかめられて「あなたの言っていることわからない」 と言われている。さらに、同僚たちが楽しそうに話す内容がほとんど一言もわからない、という目の前の現実に、私の頭は真っ白になった。
 
留学経験もないし、海外在住経験もない私が、20代後半で一念発起して英語の勉強をやり直し、2年かけてようやくTOEIC900点以上をたたき出し、そのスコアを武器に外資系に転職した直後の、アメリカ本社への出張だった。
 
人生初の海外出張。
 
転職してからわずか2ヶ月目のことである。
もちろん、緊張してもいたし、なれない時差に眠い目を擦りながらのミーティング。かなり早口で喋る人もいて、それでも、にわかに覚えた製品名や業界用語を駆使して、ビジネス上はなんとか英語でやりとりができることがわかって、ちょっとほっとした矢先の出来事だった。
TOEICハイスコアだとか、日本では周りより英語ができる方だ、とか思っていた私のプライドは、3歳児の一言によって粉々に砕かれてしまった。
 
自分がビジネス英語を教える立場になった今ならわかる。
私が当時味わった挫折の理由は、単に”語学力”だけの問題ではなかったのだ。
実は、語学力以上に必要な力があったのだ。
 
ビジネスシーンで使う英語、というのは、実は使うボキャブラが限られている。自己紹介、会議で使う表現、業務上のやりとりに使う表現などは、あらかじめ準備がしやすく、使う単語もそれほど多くないのである。せいぜい、中学英語+自分の業務分野の専門用語を覚えていれば、あとは基本パターンでどうにかなるものなのだ。
 
ところが、3歳児との会話や、同僚たちとの雑談、というのは、いわば”日常会話”であり、ボキャブラのジャンルが幅広い。日常会話とは、天気の話、昨日見たテレビの話、近所の美味しいレストランの話、ペットの話、子供の学校の話、大統領選挙の話、などなど、テーマは多岐にわたり、ボキャブラも多様。そもそもそのテーマについて知識がなかったら、何について話しているのかすらわからないことだってある。
 
しかし、当時の私は「3歳児にわからないといわれた」「同僚たちの会話が聞き取れなかった」 というこの2つの点で、すっかり英語力に自信をなくし、意気消沈してしまったのだ。
 
「あーあ、こっちは20年以上英語の勉強しているのに、ここで3歳児に負けるとは」
 
今ならわかる。
実は、語学力以上に必要なものとは、”背景情報”である。
 
例えば、アメリカ人と大統領選挙の話をすることになったとしたら、少なくともその時の共和党、民主党の候補の名前や、それぞれの主張を多少なりとも知っていないと、話についていけない。
仮に英語が100%理解できたとしても、候補者の名前もわからなかったら、なんのことだかさっぱりわからないだろう。
子供と会話するのならば、その子供たちが見ているテレビ番組や、地元のお店のことや、好きな食べ物のことなどを知っていなかったら、そもそも話が通じるわけがないのだ。
 
当時の私には、自分に”背景情報”がない、ということがわかっていなかった。
英語力のせいで、聞き取れなかった、と思って落ち込んでいたのだった。
 
さて、その1年後、同じマディソン工場への出張のチャンスがやってきた。
入社直後の出張では、アメリカには誰も知り合いもおらず、製品名もおぼつかない状態で訪れた工場だった。しかし、この1年の間に、私は多くの工場関係者とメールや電話会議でやりとりし、業界用語もや技術的な知識もある程度身についている。
 
その状態で、もう一度、同じ工場への出張。
 
仕事が終わって、またJさんとそのチームメンバーに飲みに誘われて、一緒に出かけることに。
さあ、仕事の話じゃなくて”日常会話”の始まりである。
 
どうなったと思いますか?
 
そう、私はビールグラス片手に、同僚の皆さんと、無事”日常会話”を楽しむことができたのだった。
前回よりずっと、同僚たちの性格や、人間関係などもわかっていたし、誰が何を担当しているかもわかるようになっていたので、みんなの話題についていけたのだった。あいにく3歳児にもう一度会う機会はなかったが、それでも、ホテルに帰って一人、ニンマリとしたのを覚えている。
 
今となっては、ビジネス英語を教える仕事をしている私だが、この時の経験は、自分には語学力がないせいで通じない、と思い込んでいる生徒さんたちにシェアする格好のネタになっている。
 
もしかしたら、あなたに足りないのは、英語力じゃないかもね?
 
 
 
 
***
 
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2021-12-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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