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メディアグランプリ

電気メーターの下で


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:くまの ごぼう (ライティング・ゼミ木曜コース)
 
「あー、早くやらないと夕方になっちゃうな」
家族から、自転車のタイヤが空気抜けたから見ておいて欲しいと言われていたので、日曜日にみると約束していたのだ。修理自体は聞いた内容からバルブのゴムが悪くなっているようなので、始めれば5分もかからず終わるものだ。
 

11月も中旬になり、街で薄手のコートを羽織る人を見かけるようになってきたぐらいだから、夕方になると冷え込んでくる。日中でも日陰は肌寒く、そろそろ自転車修理のために表に出るのはおっくうだ。そうはいっても明日は月曜日。空気が抜けたままでは乗れないので仕方なく表に出て直すことにした。数日使用していない自転車の下には落ち葉がたまっていた。
 

修理とはいっても空気を入れるところの小さな部品を取り替えるだけなのですぐに終わった。外に出て体が冷える前に終わってしまう程度のことだ。部品代だって数百円で済んだ。それにひきかえ、このあいだ送られてきた家の外壁塗装と屋根の補修の見積もりときたら……。
家の屋根を見上げようとしたが途中でやめた。いま見上げてしまうと夜まで憂鬱な気分になりそうだったので、さっさと自転車を片づけようとしていた。
 

そのとき。
 

「?」
 

「えっ、?」
 

「なんだろ、この感覚」
 

何かがあるわけでもない。誰かがいるわけでもない。
何かが動いたわけでもなく、誰かに見つめられているわけでもない。
 

目の前にあるのは私の家。よその家ではない。紛れもなく、さっきまでリビングでテレビを見ていた自分の家だ。
 

それでも、「いつもの」自分の家じゃない。
 

ふと、電気メーターにいった。本当に、ふとした拍子に見るとはこんなことをいうのだろう。電気メーターなんてよほどのことがない限り見ないだろう。それでも見てしまったのだ。視線が吸い寄せられるように。
 

「8888.1」
うおっ! 8が並んでる。
ふとした拍子に見る目覚まし時計の数字が自分の誕生日だったり、街中で見かける数字が自分に関係する数字だと妙に印象深く感じることがある。目の前にあるメーターの数字はまさにそれと同じ状況だ。
電気メーターは黒地に白文字で8が4つ並んでいた。もう一つは白地に黒の文字で小数点部分だ。とてもゆっくりだが、それでもゆっくりと1から2へ移り変わろうとしているところがギリギリわかるぐらいのスピードで動いている。その下には回転する円盤が取り付けられていて、数字の記載はないものの、外周の一部についた印で円盤が回っていることが確認できる。ゆっくりだが、でも確実にメーターが進んでいる。
 

もうすぐ全ての数字が8になる。家を買って14年になるが、電気メーターの数字をマジマジと見たことなんてない。当然、ゾロ目なんて初めてだ。急にドキドキしてきた。ドキドキしながらも、「スマホ取ってこなくちゃ、写真を撮っておかなくちゃ」とは考えられるらしい。
慌てて家の中からスマホを取ってくるものの、まだ数字は変わりきっていない。1から2へ進行中だった。それでも最初に見たときよりいくらか進んでいるのが見て取れる。慌ててもダメだ。
いったん家の中に戻ることにした。
 

家の中にいてもやる事がないとはこの事だ。もうすぐ目の前で全ての8が並ぶ。気になってしょうがない。時計の針が一周してくるのとはワケが違う。太陽が沈んでもまた朝になれば昇ってくる。そんなこととはワケが違うのだ。いきなり目の前に出て来た今年の一大イベント。いや、家を買ってからの最大級の瞬間なのではないか。家のローンを組む時だってこんなに緊張しなかったぞ。ちなみに家は人様に自慢できるような邸宅ではないが、ローンは最長の35年だ。人生そのもののようなローンにハンコを押した時をはるかに凌ぐ緊張が私を包んでいた。
 

5分後、我慢できずに外に出る。さっきは出るのが面倒だと言っていたのだが、今は玄関から猛ダッシュ。寒さはどこへいった。それどころか、緊張で暑いくらいだ。メーターは「8888.2」を示している。この調子ならあと30分ぐらいか。おおよその時間が読めれば少しは気持ちも落ち着いてくる。辺りをキョロキョロと見回した。家から飛び出してメーターを眺めるという行動をご近所に目撃されていないだろうか。ずっとメーターを見上げているアホな私に誰かが声をかけてきたらどうしよう。立ち話が始まって世紀の瞬間を見逃してしまったらどうしよう。誰に見られている訳ではなかったが冷静を装いながら家の中へ戻ることにした。
 

スマホで30分のタイマーをセットした。テレビで録画しておいたドキュメンタリーつけたが、まるで集中できない。落ち着きを失った自分を撮った方がよっぽどドキュメンタリーだ。そんな余裕はなかったが。
 

20分後、タイマーが待てない。もう一度メーターを見に行く。世紀の瞬間を見逃すことはできない。メータの巻き戻しはできないのだ。でも大丈夫、計算通りだ。あと10分。ほぼ計算通りなことが私に落ち着きを呼び戻してくれる。
 

アラームが鳴った。よし、時間だ。スマホを握りしめて外のメーターに向かう。緊張の瞬間。
目の前には今まさに横一列に並ぼうとしている8だ。落ちついて。
いや、不思議と落ち着いている。
 

「8888.8」
 

やっと並んだ。8が5個並んだだけなのだが、目の前に並ぶ8はその瞬間、私に色々な記憶を呼び覚ましてくれた。
 
日曜の夕方、30分の光景だが、メーターの数字がここまでくるのには長い年月がかかっている。家を買ったのは下の娘が生まれる直前。子供達が小さい時にこの電気メーターの下でよく遊んだっけ。幼稚園頃の夏にはビニルプールに一緒に入った。小学生の頃にはいつもコンクリートにチョークでたくさんの絵が描かれていた。外で遊んでいる時、家族が食事をしている時、みんなで寝ている時もメーターは回ってた。家族で旅行に行って誰もいない時にもゆっくりと回り続けていた。ずっと、ずっと。
 

そのメーターが8で並ぶタイミングで、何か不思議な力が私の目を引き寄せたのだろうか。
末広がりと縁起担ぎで喩えられる8、横にすれば無限大の記号である♾を想像させる。
偶然のきっかけでふと頭に浮かんだ昔の思い出、小さな幸せだけれども。ほかの誰かに伝えてみたくて。また他の誰かに広げて欲しくて。写真に残した。外は寒くなっていたけど胸の中はちょっとだけ暖かかった。

***

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2018-11-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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