メディアグランプリ

心に、一寸の「のりしろ」を。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:平野謙治(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「えっ! もう三週間も前かよ……」
 
LINEの履歴を見た僕は、衝撃を受けた。まさかこんなに時間が経っていたとは。
 
とある日の平日夜。19時頃。
大学時代の友人からLINEが飛んできた。
 
「話したいことがあるんだけど、これから電話しない?」
 
大学時代は毎日のように顔を合わせていた彼とも、昨年4月に社会人になってからは、会う機会がめっきり減っていた。
そんな彼からの、久しぶりに連絡だ。嬉しいに決まっている。
しかも「話したいことがある」だなんて、何か相談事かもしれない。気になるし、早く聞いてあげたい。
しかし……
 
「オレも久しぶりに話したい!
だけどごめん、今日はきつい……」
 
連絡が来た時点で僕はまだ、電車に揺られていた。
神奈川で商談を終え、都内に戻っている最中だった。
しかも今日はこれから、趣味でやっているバンドの打合せがある。最寄り駅に着くころにはおそらく、日付が変わっているだろう。
 
しかもこの日はまだ、月曜日だった。
お互い明日も仕事だ。
 
「またお互い都合が良い日に電話しよう!」
 
少しだけ罪悪感を覚えながら、僕はそう返信した。
手が空いたら、すぐにでも連絡しよう。そう思っていた。
それなのに、気が付けば……
 
「もう三週間も経っていたのか!」
 
驚きが隠せなかった。
たしかに連絡をもらったあの日から、時間が空いている感覚はあった。忙しい日が続き、なかなか電話できていなかった。
だけどもう、そんなに経っていたとは。せいぜい一週間くらいだと思っていた。
 
「ごめん……」
 
届くことのない謝罪を、心の中でつぶやく。
わかっている。そんなことをしても何の意味もない。
電話しなきゃ。だけど今日もなんやかんやあって、帰宅できるのは24時過ぎだ。
明日も確か、何かしら用事があったよな……
 
罪悪感と焦りを募らせながら、自分自身に問いかけた。
どうして自分はこんなに忙しいんだ?
今の仕事も、趣味でやっているバンドも、プライベートで通っているライティング・ゼミも、そのほかの用事も、全部自分が選んだものだ。やりたいから、やっていることのはずだ。
それなのに気づけば、自分から抱え込んだタスクでいっぱいいっぱいになっている。そうしているうちに、三週間も時間が経過してしまっていた。
 
しかしよくよく考えてみると、ここで問題だったのは忙しかったことじゃない。
いくら忙しくても、電話一本する時間くらい、いくらでもつくれたはずだ。
仮にもし、どうしても時間が合わなかったとしても、メッセージでやり取りをすることだって可能だったはずだ。
それなのに僕はこの三週間、一切そうした行動をとらなかった。
それどころか、思いつきすらしなかった。
 
「時間がなかった」というのは、言い訳に過ぎない。
結局のところ問題だったのは、心のゆとりがなかったことだ。
 
「はあ……」
 
深いため息をつくと共に、思った。人はこうして、疎遠になっていくのだろうな、と。
心のゆとりは、「のりしろ」のようなものだ。
「のりしろ」とは、そう。紙を張り合わせるときに、のりをつける部分のことだ。
のりしろがあるからこそ、紙と紙を綺麗に張り合わせることができる。
同じことだ。心にゆとりがあってはじめて、誰かと繋がることができる。
抱え込んだタスクでいっぱいいっぱいだった僕には、のりしろなんてなかったのだ。
 
知らず知らずのうちに、友人から心が離れてしまっていたことを自覚した。
仕事もプライベートも、やりたいことをバリバリやって、充実させる。それは、僕が掲げていた社会人としての目標だった。
しかし、だからといって大切な友人をないがしろにしていいはずがない。目指していたのは、そんな姿じゃないはずだ。
今の僕は、自分のことしか見えていない。足りていないのは、誰かのために時間を使えるだけの、心のゆとり。
 
のりしろのある人間になろう。
連絡ができていなかった詫びを友人に入れつつ、そんなことを思った。
 
決意をした日から二日後、今度は他の友人から連絡が来た。
 
「おつかれー
今日の夜電話できたりしない?」
 
LINEを見て、想像を巡らす。
大学院に進んだ彼は、今まさに就職活動中。これはきっと、重要な相談事だ。
そう思った僕は、すぐに返信した。
 
「23時過ぎとかならできるよ!」
 
内容は予想通り、就職活動に関することだった。
なんでも、週末に第一志望の企業の最終選考が控えているという。彼は言った。
 
「実はそこで小論文の課題があるんだ。
いくつか練習で書いてみたから、添削してみてほしい」
 
通話したまま、彼から送られてきたファイルを開いた。最後まで目を通してから、一文一文見返す。
そうして、どうすればもっと伝わる文章になるかを二人で夢中になって話し合った。
 
「じゃあ、報告待ってるよ。検討を祈る!」
 
「うん。今日はありがとう!」
 
電話を切り、時間を見て驚いた。気づけば2時間も話していたのか。
 
この日の夜、自分のタスクは全く進まなかった。だけど不思議と気分は良かった。
誰かのためになれたと思うと、それだけで嬉しいものである。
そう思うと、また明日自分のやるべきことも頑張れる気がした。
満足感と共に、僕は深い眠りに落ちていった。
 
その週の平日もあっという間に過ぎていき、週末。外出していたら、彼からまた電話がかかってきた。
 
結果の報告か。そう思った僕は、はやる気持ちを抑えて通話ボタンを押した。
繋がって、開口一番。彼は言った。
 
「受かったよ!」
 
一瞬声を失った後、僕はすぐに叫んだ。
 
「よっしゃあ!!
おめでとう!!」
 
外で話しているということすら、もはや関係なかった。
今にも泣きそうな声で、感謝の言葉を続ける彼の声を聞きながら、喜びを噛み締めていた。
 
ああ。本当に嬉しい。
電話を切った後も、僕は余韻に浸っていた。
 
自分以外のことで、こんな気持ちになれたのは、いつ以来だろう。
ゆとりを取り戻した心は、これ以上ないくらいに温かくなった。
 
口笛を吹きながら、歩く。
明日からまた、仕事。それ以外にも、やらなきゃいけないことがたくさんだ。
抱え込みすぎると、またいっぱいいっぱいになっちゃうかもな。
 
だけど、きっともう大丈夫。
そんな時は、ふと落ち着いて、「のりしろ」を取り戻せるはずだ。
 
誰かとの繋がりの大切さ、分かち合う喜びの大きさを、僕はもう知っているから。
 
 
 
 
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2019-04-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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