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人生を取り戻す、魔法の言葉


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:鈴木宙夢(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「死ぬ……」
 
ニューデリーを経由して、ガンジス川の流れる街、バラナシに降り立った僕は、高熱に侵されていた。
 
見渡す限りの、人、人、人。たまに、牛。
肌が焼けるような暑さと、アジア特有のもわっとした空気、インド人の図太めのコミュニケーションが、日に日に体力を消耗させていた。
 
そんな時に、うっかり食べた屋台のオムレツがいけなかった。
 
彼らには食べ物を保存するという概念はないのか。
屋台の隣に、段ボールらしきものがあるとは思ったが、そこに入ったままの卵で作られたらしい。炎天下に放置されたそれは完全に腐っていた。
 
激しい下痢が僕を襲う。
かろうじて入った宿でチェックインを済ますと、トイレとベッドを往復するだけの人間となった。
 
ロビーで出会った日本人の女の子とヨーロッパ系のおじさんのくれた、スポーツドリンクとバナナが救いだった。
 
二日ほど寝込んだだろうか。
 
携帯を見ると、そのおじさんからのメッセージが残っていた。
 
「そろそろこの地を出ようと思うが、最後にご飯でもどうだい?」
 
ようやく動くようになった体は、食べ物を欲していた。
助けてくれたお礼も兼ねて、おじさんと女の子とご飯にいくことにした。
 
40代前半くらいだろうか。
「エルビ」と名乗ったそのおじさんは、フランスで大学の教授をしているらしい。
今は休暇中で、思い出の地を巡って旅をしているそうだ。
 
僕は尋ねる。
 
「なぜ、この地が思い出の場所なの?」
 
エルビは、はにかんで笑った。
 
「それを伝えるには、僕の人生と“ある言葉”について語らなければならない。
僕がとても大切にしている言葉だ。長くなるが聞いてくれるかい?」
 
そう言って、エルビは、語り始めた。
 
20年ほど前、当時、学生だった彼はインドを旅行していた。
 
あてもない旅で、なんとなく決めた次の目的地へと、寝台列車で向かっていた。
そこで、たまたま上下の席だった、日本人女性と仲良くなった。
 
硬いベッドで眠りにくいこともあってか、二人は夜通し語りあい、意気投合した。
 
「僕は、彼女に出会った時から、何かを感じていたんだ。
今思えば、あれは一目惚れだったと思うよ」
 
列車は、彼女の目的地に着く。
彼は、その町を訪れる予定ではなかったが、彼女は言う。
 
「よかったら、一緒にこの駅で降りない?」
 
そこで立ち寄ったのが、ここバラナシという街である。
 
街を探索しながら、二人は色んなことを話した。
大学で勉強していること、家族のこと、フランスに置いて来た恋人のこと。
 
お酒を交わし、同じ宿に泊まり、一緒にガンジス川の朝日も見た。
異国の地で不安だったもの同士、二人は急速に仲が深まっていった。
 
しかし、別れの時は訪れる。
 
当時、携帯などなかった時代。
またどこかで会えたらと、社交辞令的に互いの住所を交換した。
 
エルビは、名残惜しかった。
けれども、旅の出会いは、一期一会。
彼女のことは忘れて、フランスに帰国せざるを得なかった。
 
「まるで映画みたいな話だね。それから、エルビはどうしたの?」
 
僕は聞く。
 
「帰国した後は、大学院に入学したり、その後会社に勤めたりしたよ。
それなりに、良き出会いや転機はあったけど、何かが物足りなかったんだ」
 
エルビは、モヤモヤしていた。
今までの人生に不満はないし、生活も困っていない。
でも何かが欠けていた。
 
そこで、人生について考え始めた。
自分は何が好きで、どんな時に幸せだったのか。
 
「それで僕は思い出したんだ。あの二週間は格別に幸せだったなって」
 
エルビは思い立って、自宅の机を捜索した。
当時つけていた旅日記を取り出すと、そこには、彼女の手書きの住所が載っていた。
 
「もう、彼女は僕のことを忘れていると思っていたし、
今更、連絡しても意味はない。そう思っていたんだ」
 
しかし、ダメでもともと。
返事がなければ、それでいい。
 
自分の近況や、当時の思い出。
懐かしくなって、連絡を取ってみたくなったと綴り、宛先に手紙を送ってみた。
 
二人が出会ってから、既に4年経っていた。
 
「でもね、踏み出してみると案外、物語は始まってしまうんだ」
エルビはそう言った。
 
数週間後、エルビのもとに便箋が届いた。
 
手紙を読んで懐かしくなったこと。
今は、日本で教員をしていること。
彼女の近況とエルビのことを忘れていないということが、綴られていた。
 
フランスと日本。
あの頃を振り返るように、約9000kmの文通が始まった。
 
4年にも及んだ文通は、エルビの恋心を募らせていった。
だが、簡単には届かない思い。
この距離のせいで、簡単に会おうなんて言えなかった。
 
だが、エルビは諦めなかった。
そして、決心する。
 
「始まった物語を、終わらせてはいけない。手紙を出した時のように、もう一歩勇気を出してみよう。そう、思ったんだ」
 
翌月、仕事を休み、彼女に会いに日本まで飛んだ。
 
そして、二人は8年ぶりに再会する。
 
「お互いすっかり大人になっていたよね」
 
エルビは言う。
 
「それで、二人はどうなったの?」
 
僕は、聞きながら彼の左手を見た。
キラリと光る指輪が、薬指にはめられていた。
 
「This is Life」
 
そう言って、彼は笑った。
 
時は過ぎ、現在。
 
僕は自宅でこの文章を書いている。
当時のことは、夢だったかのような気さえしてくる。
 
今の生活はというと、目の前のスケジュールに追われ、
代わり映えのない日々を消費して生きている。
 
これからの未来も、なんとなく想像できてしまいそうだ。
 
でも、そんな時に、僕はエルビの話を思い出し、
「人生とは、何が起こるかわからない物語」だと再認識する。
 
そして、少しばかりの勇気と、諦めない心を取り戻す。
 
「This is Life」
 
そう言って、自分の人生を物語れるように。
 
 
 
 
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2019-04-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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