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メディアグランプリ

あいさつ運動は続く。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:松尾美紀(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「おだいじにぐらいは言おうよ!」
また今朝も同じ言葉の繰り返しである。
 
この言葉をクモ膜下出血のため、高次脳機能障害となり、言語障害を負った歯科医師の弟に伝えだして、何ヶ月になるのだろうか?
最初は『おはようございます』『おだいじに』『こんにちは』と記したカードを作った。
読むことはできるから、読んで練習するためのカードだ。
退院してきた当初は、代診の歯科医師の横で、治療の様子をぼ〜〜〜っと突っ立って見ているだけだったので、患者さんへの声がけの練習をさせるつもりだった。
ところが用意したカードは使われることなく放ったままとなった。
その後、器具の洗いなどの下働きをさせることとしたため、患者さんへの声がけは、さらにおろそかになった。
しつこい姉であるワタシは諦めることなく、あいさつの大切さを日々説き続けた。
まずは朝のあいさつからだと、朝、顔を合わせるたびに
「朝のあいさつは?」
と問いかけるようにした。
どうやら、濁音が入ると言いにくいようだ。
『おはようございます』は2音の濁音が入るため、途中でつまってしまう。
しかし、やはり継続は力なりである。
毎日毎日続けていくうちに、ちゃんと言えるようになった。
これに乗じて
「せめて、おだいじにぐらいは言おうよ!」
と欲を出した。
『おだいじに』も2音の濁音が入るが、5音で成り立っている。
楽勝だろうと思っていた。
しかし、これが思いの外うまくいかない。
 
ワタシへの『おはようございます』は、あくまでワタシへである。
誰もいない朝の診療所で、ワタシに向けてだけのあいさつなのだ。
つまっても誰にも聞こえない。
朝、出勤してくるスタッフたちが
「おはようございます」
と声がけした時には、あいさつを返すときもあるし、黙っているときもあるらしい。
この違いの分析はできていないが、スタッフたちはワタシのようにしつこく
「朝のあいさつは?」
と聞かないから、気が向いたときだけなのであろうか?
 
『おだいじに』は、患者さんへ向けての声がけである。
弟の意識下には、歯科医師であるというプライドが色濃く残っている。
このプライドが曲者で、あらゆることへの障害となっている。
『おだいじに』の声がけも、つまったら恥ずかしいから言えない。
そんな小さなプライドが邪魔をしているらしい。
確かに誰もが、それなりのプライドは持ち合わせているはずだ。
しかし今の弟にとって、このプライドは言語障害、広くは高次脳機能障害を克服する上で、必要なのであろうか? と疑問符が並ぶ。
ガンガンとノミを打ち続けては、プライドをぶっ壊そうとしているが、これがなかなか壊れない。
壊れるどころか、より強化されている。
あまりにノミを打ちすぎたか?
それとも……。
 
ある日、スタッフのひとりから
「褒めて育てるのはどうですか?」
と提案された。
 
実は我が家のワンコたちには、褒めて育てるという陽性教育をなるべくするようにしている。
とは言え、出来の悪い人間が育てているから、怒ることも多いにある。
本来ならば、叱るでないといけないのだが、感情に任せて怒るになってしまう。
それでもワンコたちは、なついてくれる。
ゴハンとサンポがあるからだろうけれど……。
 
弟にも我が家のワンコたちのように、陽性教育をすべきなのであろうか?
ワンコと一緒の扱いでいいのであろうか?
ゴハンは与えられるけれど、サンポの代わりになるものは見当たらない。
しかし褒めることは、プライドをくすぐることになりそうだ。
ひとつ間違えると、違う意味でのノミ打ちになるかもだが、やらない手はない。
 
そんなことを考えながら、褒めて、叱って、怒ってとやっていたら、あっという間に数ヶ月がたってしまった。
ワンコを育てる以上の難しさを実感した。
弟もワンコと一緒にされたら形無しだろうけれど……。
 
しかし患者さんに対しての『おだいじに』は相変わらず聞こえてこない。
ある朝
「昨日は、おだいじにって言った?」
「言ったって!」
「聞こえてこなかったよ。皆に聞けば分かるんだし、ウソつかんでいいよ」
などのやりとりがあった後、院長室から
「おはようございます」
「おだいじに」
「こんにちは」
「おだいじに」
と練習している弟の声が聞こえてきた。
それはその日限りであったが、ワタシとのやりとりの中で、弟の心に響くものがあったようだ。
その響くものが一体何であったかは不明だ。
そこが高次脳機能障害を負った弟をサポートする上での、大変な部分である。
短期記憶が途切れてしまうこともあり、弟にどうして練習しようとしたかを問いかけても、正確な答えは返ってこない。
全てにおいて数を打つしかないのであろう。
だが、少しではあるが、弟の心に響くこともあるのだ。
 
明日の朝も
「おだいじにぐらいは言おうよ!」
と言っているワタシがいるだろう。
 
 
 
 
***
 
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2019-07-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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