メディアグランプリ

他人の篩(ふるい)


 
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:伊藤 千里(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
たまに本を読んで泣きたいときがある。
そういうときはどうするか。
ネットで「泣ける 本」と検索する、または、本屋で平積みされている本のオビを見る。
口コミで「20万人が泣いた」「読んだ人の90%が号泣」と書いてある。この本を読んで、20万人も泣いた人がいるのだから、きっとものすごく感動する本なのだろうと思って買う。
 
職場で飲み会の幹事を頼まれることがある。
そういうときはどうするか。
ネットで飲み屋を検索するが、場所と予算の兼ね合いと、口コミの評価を見る。星の数が多いお店は、きっと料理がおいしいとかサービスがいいのだろうなと思って予約する。
 
本を買うとき、お店を選ぶとき、買い物をするとき、サービスを選ぶとき……私はいつも「口コミ」を気にしてしまう。
口コミで良い評価がされてないと、それを選ぶのをためらってしまう。
 
「電車の中で読んで、涙が止まりませんでした」
「ラストの展開が微妙でした。買わない方がよかった」
「店員さんの態度が冷たかった。二度と行きません」
「コスパ最強です! 全人類におすすめしたい」
 
私はこの口コミを書いた人のことを、どのくらい知っているのだろう。
書いたときの状況がどうだったか、どのくらい知っているのだろう。
 
何も知らない。
 
例えば、店員さんの態度が悪かったという口コミがあったとする。
その店員さんは、本当にいつも態度が悪いのかもしれない。
でも、その店員さんはいつもは明るくて優しい人なのに、その日はたまたま出勤前にパートナーとケンカしたのかもしれないし、今さっき食器棚の角に小指をぶつけたばかりなのに、お客に呼ばれて間が悪かったのかもしれない。
 
もしかすると、口コミを書いた人が世界中の人間は自分の敵と思っているような人で、全人類に対して否定的な意見しか書かない人かもしれない。
 
料理のおいしさだって、口コミを書いた人と私の好みは違う。
例えば、お母さんがフレンチシェフで、毎日おいしい料理を食べて育ち、舌がめちゃくちゃ肥えていて、味に対してはいつも辛口の評価をする人なのかもしれない。
反対に、お母さんが全然ご飯を作ってくれなくて、冷凍食品とかコンビニ弁当ばかり食べていて、手作りの料理をなんでもおいしく感じる人なのかもしれない。
 
本に関しても、その人と私は泣けるポイントが違うだろう。フランダースの犬みたいなかわいそうな話で泣ける人もいるし、スラムダンクみたいなスポーツ漫画が泣けるツボって人もいると思う。
20万人が泣いたからって、私も泣けるとは限らない。
 
何かの商品を全力でオススメする口コミは、本当にその商品が好きなのかもしれないし、販売元からお金をもらってそういう口コミを書いているのかもしれない。
 
私は何も知らない。
口コミを書いた人のことを、その人が育ってきた環境を。
好み、味覚、好きなこと、嫌いなこと、得意なこと、苦手なこと、その口コミを書いた意図。何も知らない。
当たり前だ。書いた人に会ったこともないのだから。
 
それなのに、口コミを参考にしないと私は選択できない。
でもそれを書いたのは、全然知らない人なのだ。それで決めてしまっていいのだろうか?
 
まるで、他人の篩(ふるい)にかけられて、落ちてきたものだけを食べているみたいだ。そして、落ちてきたものだけに選ぶ価値があると勘違いしている。
その篩を使っている人がどんな人なのかも知らないし、そもそもその篩がどんなものなのか見たこともないのに。
 
その篩は全く手入れがされていないかもしれない。
穴が開いてなくて何も通さないかもしれない。
変なものがベトっとくっついているかもしれない。
 
口コミでしか選べないということは、何十人、何百人ものそんな篩にかけられて、落ちてきたカスしか食べられないってことだ。
自分の篩を持ってないから、そうしないと食べていけない、生きられない。
 
それでいいだろうか?
 
もちろん、何百という篩にかけられているから、悪いものをつかむ可能性は低いのかもしれない。失敗したくない、損をしたくないという気持ちがあるから、ある程度口コミを気にするのは仕方がないと思う。
 
でも、口コミを見ないと何も決められないのでは、新しいものに挑戦するワクワクもドキドキもない。なにより自分で見極める力がどんどん失われていくだろう。
運命の出会いを逃していることだってあるかもしれない。他人の篩からはこぼれ落ちなかったけど、もしかして自分にはぴったりのものだったかもしれない。
 
自分の篩を持てば、自分で探して、自分で試して、自分で納得して、自分の感覚で判断できる。
 
怖いかもしれないし、失敗するかもしれない。
でも、その分、ワクワクもドキドキも大きくて、きっと毎日がちょっぴり豊かになるだろう。
いまから、まず自分の篩を持つことからはじめよう。
 
 
 
 
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2019-09-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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