ただ走る
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記事:氏野祥太(ライティング・ゼミ日曜コース)
「なぜそんなにも走れるのですか?」「どMですか?」
私は、よくそう言われる。野球を辞めた高校3年の夏以降、走る意味を深く考えたことはなかったが、この9年間は特別な理由(海外旅行や怪我など)がない限り、継続的に走ることをやめなかった。来年2月にもフルマラソンが控えている。でも、苦痛ではない。
なぜか?
走ることは、掃除である。元通りに整え、清潔で綺麗な状態に戻すことで、気分が晴れるとともに、皆が嫌がることを行うことで誇らしい気持ちにもなれる。
散らかった空間の汚れやごみは、放っておくといつしか空間を取り返しのつかない状態になる。ただ、定期的に掃除をすることで空間は整う。人間の状態も同じである。心身ともに鍛えることで元のバランスに戻るのである。
ただ、ある時まで私の考えは違った。
「走ることは、罰である」と考えていた。
小学生の時からソフトボールに熱中し、「走ることが体を強くする」という厳格な父の考えのもと、小学生ながら父と一緒に朝5時半に起きては走って、キャッチボールをして、学校に向かう・・・という生活を続けていた。
その頃は、とにかく走ることが嫌だった。速いペースで走ると息が切れ、足が悲鳴を上げ、あまりに遅いと父から叱られる。好きになるわけがない。
小学6年生の時にはあまりの疲労に、授業中眠たくなることを覚えた。勉強は学年でも上位の方だったが、ある日、担任の先生から「テストの点数、あなたらしくないね。」と見せられた点数は、親にも見せられない点数だった。
少し脱線したが、走ることは成長途中の私にとって、肉体的にも、精神的にも辛かった。
中学校に入ると、硬式野球のクラブチームに入り、父の指導から離れられた安堵の気持ちはあったが、付きまとったのは「走る」こと。5km先の寺まで走ることや、1周1kmのグランドをリレー方式で走ること、高校の部活では、精神的な追い込みも始まり、走ることが苦で入部時に40人いた新入部員は、20人程度に減少したのだ。ひたすら走る。来る日も来る日も走る。陸上部よりも走る。学校のマラソン大会では野球部が上位独占するも、全校生徒がその順位に納得する異常な状況だった。もちろん自身も走るスピードが速くなり、自信にはなったが、走るということが、引退まで好きにはなれなかった。
引退後、「もう走らなくてよいのか」と安堵するはずだった。しかし、現実は違った。
走らないことに違和感を覚えたのである。ちょうど、歯磨きをせずに床についた感覚である。
大学生になっても、夜に時間が確保できれば走り続けた。体育会系にも属さず、アルバイトに打ち込む日々だったが、毎日ではなくとも走り続けた、特にフルマラソン走破という目標を持ったわけでもないが、走り続けた。社会人になっても同様だった。ただ、あるきっかけでフルマラソンに出場することとなった。目標は走破すること。特に高い目標ではなかったが、練習を重ねた結果、一応走破はできた。当初の目標は達成したものの、やはり走り続けることを止められなかった。
走ることは辛い。辛いうえに退屈である。ただ、社会人になったある日、意識が変わった。走った後は、なぜか心がすっきりする。そして前向きになれることを感じた。
社会人とは、異なる年代、利害関係の人と、目標に向かって協働していく。ただ、入社当初の私は交渉もできなければ、技術もない。不満を言われ、しょぼんと帰った。営業として働く私は、入社当初の目標さえ到底達成できる状況ではない。楽しみは母が作るご飯だけだった。今までと全く異なる世界に、ストレスは溜まる一方で、嫌になっていた。ある日、取引先の方から「社会人舐めてるよね?」と叱られ下を向いて帰った時、「気分転換に目標タイムを定めて走ろう!」と。いつもより少し早いタイムを目標に走り始めた私は、軽快に走る。今日の出来事を忘れたかのように走る。重かった気持ちから、徐々に足取りは軽くなっていき、目標地点に到達すると、「達成した!」と安堵の声をあげた。仕事ができない自分への嫌気が、まるで台風の後の天気のように晴れ渡り、「明日から、また何とかなるか!」と前向きになれた。
目標を達成したからなのかはわからない。ただ、大半の人が嫌がることを、進んでやれていることに、自分への自信を感じられるのだと思う。その中で、自分が立てた目標への達成度合いを見て、「また頑張ろう。」と前を向けることは、達成した嬉しさや、達成に向けて走り、努力している自分を肯定することになるのだと思う。
子供の頃は罰としか捉えられなかったことが、いつの間にか自分自身の心を育て、強くし、支えられていることに気付いた。自分自身を律し、常に前向きな心でいられることは、走ることによる効用が非常に大きい。
ただ、今はもう効用云々と言っていられない。2月のフルマラソンで4時間を切るために、今日も心身を整えていきたい。
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