エコー検査を恨んだ日
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記事:カシ丸カオル(ライティング・ゼミ日曜コース)
「エコー検査終わりました。院長を呼ぶので待っていてくださいね」
そう言ったきり,検査技師が廊下の奥に消えて長い時間が経った。実際はほんの10分,15分程度だったのかもしれない。けれども,わたしには,その時間が永遠に続くように思えた。その時まで,わたしは,幸せそうなごく普通の妊婦の1人だった。
妊婦健診は,妊娠が判明し,超音波検査で心音が確認されると,産科病院から役所に母子手帳を交付してもらうように言われる。母子手帳には,分厚い健診助成チケットが付いていて,妊娠初期は1か月に1度,中期は2週間に1度,後期になると1週間に1度の受診の度にチケットが減っていき,反比例して,母胎と胎児の健康記録が溜まっていく。母子手帳は,幸せの記録だ。
妊娠超初期のエコー検査は,胎嚢という赤ちゃんを包む膜がぼんやり映っている画像を見せてくれる。「これが赤ちゃんですよ」と,言われるのだけれど,丸くてふわふわした赤ちゃんらしい姿はなく,そこにはアメーバのような白と黒の楕円があるだけ。夫に,「赤ちゃんだよ!」と,エコー写真を見せても,「よくわからないなぁ」と薄い反応が返ってきて,妻としては,母になった喜びを共有できず,非常にがっかりした。
妊娠週数が進む妊娠5か月以降は,胎児の性別もわかるくらい,赤ちゃんらしい形になる。赤ちゃんの顔がはっきり見えたり,寝返りをうったりする姿をカラフルで精巧な画像として見ることができる。病院によっては4Dエコー検査もあって,プリントしたり,DVDに焼いてくれる。多くの妊婦と家族にとって,エコー検査は,お楽しみだ。
お腹のエコー検査は,滑りをよくするために,お腹にぬらぬらしたゼリーを塗られて,ひんやりと冷たい聴診器のようなものがお腹の上を滑る。大抵,5分程度で検査は終わる。けれども,その日は,やけに聴診器もどきがお腹のあちこちに当てられ,やたらと時間がかかった。そして,わたしは,院長室に呼ばれた。
「赤ちゃんの心臓に大きな塊があります。このようなケースは見たことがない。明日から子ども病院に入院してください」
わたしたち親子は,逆単身赴任で,母子だけで転地してきたから,夫は東京だ。2歳の子どもを連れて入院もできない。1分くらい,わたしの頭はフリーズした。音も聞こえず,周りの風景も消え,いつの間にか,わたしは真っ白く発光する繭の玉の中に浮かんでいた。キラキラと輝く世界にぷかぷかと気持ちよく浮かんでいたが,待合室のテレビが青と緑の天気図を映し出し,明日の天気は晴れだと告げる声が聞こえてきた。この状況が,なんだったのかよくわからない。けれども,ハッと我に返って,夫に,母,子どもの保育園に電話した。通常だったら,性別判定ができる週数だったけれど,性別を聞くことなんてどうでもよくなっていたし,聞かれもしなかった。
翌日,呼び寄せた母に子どもをあずけて,ハイリスク妊婦となったわたしは,検査入院した。その結果,出産後の成長の方が心配な病気であることがわかった。こども病院は,高度な治療を必要とする子どもと妊婦のための病院だ。妊娠中は全く心配がないので,臨月になったら,再度入院するように言われて,とっとと病院を追い出された。赤ちゃんの命に比べれば,性別なんて些末なこと,性別を知らないことが赤ちゃんそのものを受容しているような気がして,性別判定を希望しなかった。
臨月になった。子どもは実家にあずけ,子ども病院に入院した。今度の病室は,6人部屋で,わたし以外の人は,妊婦健診から救急車で直に子ども病院に搬送され,一度も家に帰れていない超ハイリスク妊婦。少しでも動いたら胎児が降りてきて産気づいてしまう恐れがあるので,トイレ以外は外出禁止という苦行を強いられていた。それでも,ハイリスク妊婦たちは,とても明るく,医師や看護師たちともフレンドリーな雰囲気だった。
妊婦健診も,前の病院で院長に呼ばれた時のような重々しさはなかった。油断していた。エコー検査に呼ばれて,「順調ですねぇ」なんて言いながら医師と一緒にモニターを見ていたら,「イケ」っと,医師が言った。医師は,ハッとして,「イケてますね」と言い直した。
ああ,「イケメン」って言いたかったんでしょ。エコー検査め! 余計なことを! 妊婦の最大のお楽しみを奪うな!
37週を超えてすぐに,元気な男の子を産んだ。生まれてから,たくさんの検査をしたが,緊急を必要とする状態でもなく,ベットを空けて欲しいと言われて,通常より1日早く退院した。
エコー検査は,性別判定はサブであり,本来,胎児の異常を発見する目的の検査である。エコー検査がなかったら,子どもの病気も発見できなかっただろうし,家族も子どもの病気を受け入れる心の準備もできない。エコー検査を呪った時もあったけど,やっぱり必要な医療の要,感謝している。
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