人生が変わる一言
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大塚啓介(ライティング・ゼミ日曜コース)
「それ、ダサいよ」
はっきりと言われた。当時尖っていた自分は否定したかった。でも、納得してしまっている自分がいた。心にはその言葉がしっかり刺さっていた。
この言葉は、私がまだ20歳くらいの時に、とある中年男性から告げられたものだ。そのたった一言によって、私の仕事への取り組み方は変わってしまった。
私は会員制テニスクラブの一員だ。平日の夜、大学の授業が終わるとそこでテニスをするのが日常だった。大学の連中とテニスをすることがほとんどであったが、知らない会員の方とダブルスをすることもあった。
Kさんと出会ったのは19歳くらいだっただろうか。よくテニスクラブに訪れるKさんとテニスをご一緒させてもらった。
Kさんは40歳後半のいわゆるオジサンで、テニスのプレイスタイルも、若者のハードヒットするようなそれとは違く、いやらしく相手をかわし、巧妙にポイントを奪っていくスタイルであった。
当然、私はKさんに負けたくないので、パワーショットで翻弄する。技巧派のオジサンは、トリッキーなショットを打ったり相手の読みの逆を打ったりしてくるが、若者の自分は脚の速さや持久力では勝るので、そこの勝負に持ち込むのがKさんの攻略法であった。
大概は、私が勝利を収めつつ経験豊富なKさんからアドバイスをいただくというパターンであった。
しかし、その日は違った。
いつものように明るくKさんに挨拶した。
「こんにちは! 今日はよろしくお願いします」
「おう、今日はコートも空いてるみたいだし、シングルスでもやるかい」
コートに着いて準備をしている私は、当然の如く勝ちを確信し「今日はどうやって勝とうか」と皮算用していた。
Kさんと私はコートで対面し、ウォーミングアップを始める。すると一球目、私のボールがネットにかかる。次の球もアウトする。何だか今日はミスが多い。身体が重い。私は、
「ああ、ついさっきウェイトトレーニングしたせいか。ベンチプレスで追い込みすぎたな……」
と思った。ウォーミングアップも終わり、試合が始まった。
序盤から私のミスが目立つ。中々思い通りにボールが飛んでいかない。取れると思ったボールも脚が回らず、取りに行けない。点差もついてきて、だんだん私はフラストレーションが溜まってきた。一方Kさんはというと飄々とした表情で、いつも通りいやらしいプレーだ。スピン、スライスなど色んな球種を混ぜて、相手のテンポを崩していく。私はKさんの思うツボになっていった。
スコアは4-5となった。先に6ゲーム取った方の勝ちだ。つまりKさんのリーチというわけだ。その時には、調子の悪い私はミスを恐れて、ラケットを振り切れなくなっていた。本来ハードヒットで翻弄するはずなのに、その持ち味を出さずにただKさんに振り回されるだけであった。結果的に私は挽回することもなく、4-6で負けてしまった。
初めての負けだった。
「今まで一度も負けたことのないうえに、その相手はもう30歳近く歳上なんだぞ」
と悔しさが胸で沸騰しそうになっていた。必死にKさんの前では冷静に振る舞おうとしているが、本当は大声で叫びたいくらいの気持ちだった。
Kさんはいうと、ニヤニヤして
「今日は微妙なプレーだったね〜」
と傷口に塩を塗り込んでくる。
私は
「いやー、ついさっきウェイトトレーニングしちゃって、全然身体動かなかったんすよねー」
と返した。
その時だった。
「それ、ダサいよ」
Kさんははっきり言った。
「ウェイトトレーニングしたのは自分の選択でしょ、それを負けの理由にするのはダサいよ」
「で、でも、こんなに疲れてるとは思ってもなかったんですよね」
「例えば、負けた選手がその後のインタビューで、今日は風邪気味だったんですよねとか言ったらどう思う? 正直ダサいよね。ちょっと怪我が痛くて、とかもダサいよね。それと同じよ、本来なら試合のために万全の準備をしておくことが大事だし、たとえ疲れてたり身体の調子が悪かったり、万全な状態でなくても、その中でベストを尽くすのがプロフェッショナルであり、本当の意味での強い人なんだよ。僕がさっき言った今日のプレーが微妙だったっていうのは、ベストを尽くせていなかった、ということなんだよ」
私は何も言えなかった。正論すぎた。と同時に、自分が「ダサい」とはっきり思ってしまった。
「僕は今までたくさんの人とテニスで試合してきたけど、やっぱり最後までそのときの全力を尽くせる人って、テニスじゃないところでも成功している人が多いんだよね。だから、きっと君もテニスのプロになるわけじゃないだろうけど、そういうところは意識しないとね」
その日から私は変わった。何かやるときに手を抜いて、上手くいかなかった時に「手を抜いていたからだ」と言い訳するのはダサい。失敗したときの保険を作っているようなものだ。失敗は成功のもとというように、それでは成功しないのだ。
「ダサいよ」
こんなにも単純で刺さった言葉は初めてだった。でも、長い名言を座右の銘にするよりも単純だったからこそ、若い自分に刺さったのかもしれない。
とにかく、Kさんには今でも感謝しかない。ダサくない自分でいたい。ふとそう思い、過ごしていく日々だ。
***
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