本音が言えるようになる魔法
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:石川玲子(ライティング・ゼミ集中コース)
※この記事はフィクションです
「お断りします」
和子のその声は、思ったよりも大きく響いた。虚を突かれた顔で黙り込む相手の男。自分の声の大きさに驚きつつも、その強さに背中を押されるような気持ちで和子は続ける。
「仕様の決定が遅れたのは、そちらの都合でしょう? 納期は、あなたたちの返答が遅れたのと同じ期間延ばします」
ぴしゃりと言い放つ。なに一つ間違ったことは言っていない。言い返せず口ごもる相手の様子に、いい気味だと思った。和子の態度から、無理は聞いてもらえないと悟ったのか、相手の男は短く「分かりました」とだけ告げて会議室を出ていった。
最初からこうしていれば良かった。
和子は人に強くものを言えない人間だった。言いたいことがあっても、ぐっと我慢してしまう。そんな性格が災いして、友達のワガママに振り回されたり、会社で無茶な仕事を振られることも多かった。
しかし今の和子は違った。全てはあの魔法のおかげだ。きっと彼も、己が無理を言ったことを少しは反省するだろう。
きっかけは昨日の仕事帰りだった。残業で遅くなり、人影もまばらになったオフィス街。歩行者信号の色が変わるのを待っていると、不意に声をかけられた。
「お前さん、悩んでるねぇ」
しゃがれた声に振り返る。するとそこには「いかにも占い師です」といった風情の老女がいた。
「どうだい、ちょっとみてあげよう。なに、お代はいらないよ」
胡散臭くて関わり合いになりたくないのでお断りします。そう言える性格ならどれほど良かったか。強く言えない和子があいまいな返事を返しているうちに、老女は和子の顔をずいっと覗きこんだ。
「……」
至近距離から見つめられ、どうしたらいいか分からない。やがて老女は満足したのか和子から顔を離した。ほどほどの距離を得て、ほっと息をつく和子。
「お前さんは『言いたいことが言えない』子だね」
言い当てられて少しドキリとする。しかしこの程度なら、強く拒否しない和子の態度からでも察せるのかもしれない。
「いっそのこと本音が言えたらいいのに。いつもそう思っているね」
「ま、まあ……」
「どれ、ちょっと魔法をかけてやろう。本音が言えるようになる魔法さ」
そう言うと老女は、懐から1本の指揮棒のような杖を取り出した。そうして唐突に、実に無遠慮に、和子の頭をポコリと杖で叩いたのだ。
「なっ……」
さすがに驚く和子。占い師なのに魔法とはどういうことか。それ以上にいきなり叩くとは何事か。しかし老女は、すっかり混乱している和子にふふっと笑いかけると
「さ、これで終わりだ。気を付けて帰るんだよ」
と手を振ったのだ。
ただ変な人に絡まれただけだろう。そう思っていたが、翌日出社してみると明らかに何かが変わっていた。これまで和子の口を閉ざしていた重い蓋が消え失せ、言いたいことが次々と口から出てくる。無駄なストレスが一掃され、和子は上機嫌だった。しかし、しばらくすると上司に呼ばれた。
「納期を強引に引き延ばしたそうだな。どういうことだ」
どうやら先ほどの男が、こちらの上司に泣きついたらしい。普段の和子なら平身低頭謝るところだが、今日は違う。
「それは先方の責任です」
ピシャリと言い放ち、和子は経緯を説明する。しかし上司は納得しない。言い方があるだの、こっちも向こうに融通してもらうことがあるからだの、グズグズと文句を言い続ける。相手が悪い。いいから納期を守れ。こっちには責任がない。そんな押し問答が続く。やがて……
「面倒くさい!」
ポロっとこぼれ落ちた自分の言葉に和子はギョっとなった。そう思ったのは事実だったが、言うつもりはなかった言葉だ。さすがに上司も驚いて口をつぐみ、やがて一言告げた。
「もういい」
完全な失敗だった。ただならぬ様子に、周囲では同僚が気づかわしげにこっちを見ている。居心地の悪い視線。いたたまれなくなって、トイレで頭でも冷やそうと歩き出した瞬間、周囲の景色が揺らいだ。
「えっ?」
そこは夜の交差点だった。昨夜、奇妙な占い師に会った場所。そして目の前には例の占い師がいた。
「どうだったかね?」
占い師が訊ねる。今までのは魔法で見せたただの夢だと、さっき頭を叩いたときからまだ数分も経っていないという。悪夢が覚めたような安心感に、和子は素直な気持ちを口にした。
「思ってたより、居心地が悪かったです」
「そうだろうね」
ケラケラと笑う占い師。
「本音を言わないっていうのは、結局お前さんの『モメたくない』っていう本音なのさ」
納期を伸ばすと告げたときの男の表情に、胸がすくと同時に最悪感も感じた。上司と言い合っているときには、上司も板挟みなのだろうと思うと胸が痛んだ。そして周りから「和を乱すやつだ」と言わんばかりの視線は、死刑宣告のように恐ろしかった。みんなからよく思われたい、それこそが和子の本音だった。
「今度こそ終わりだ。気を付けて帰るんだよ」
そう言って占い師は手を振った。
「お断りします」
はっきりと告げると男はぎょっとした顔をした。だから和子はにっこりと笑った。
「そう言いたいところですがお互い事情もありますから、そちらが遅れた日数の半分だけ納期を延ばしていいですか? あと次からは気をつけてくださいね」
***
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