「ドラえもんとスターバックスコーヒー」
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:青柳里美 (ライティング・ゼミ日曜コース)
199X年某日早朝、家の電話が鳴った。
妹のアルバイト仲間からの電話のようだ、こんな朝早くに何事だろう。
妹が寝ぼけまなこで応対している。
「もしもし、おはよう……新聞? ウチは新聞取ってないから今日の新聞まだ読んでないよ……え、逮捕!? ……わかった、教えてくれてありがとう……」
妹が絶句したまま受話器を置いた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「同じバイト先のA君が殺人容疑で逮捕されたって記事が今朝の新聞に載ってるんだって……。ちょっと新聞買ってくる!」
当時、地元を離れて大学生活を送っていた私と妹はふたり暮らしをしていた。
この頃はまだ学生の私たちに携帯電話は普及していなかった。私も妹も携帯電話を所有していなかったため、妹のアルバイト仲間は自宅の固定電話に連絡をくれた。インターネットもまだそれほど浸透していない時代でPCも所有しておらず、テレビをつけてもA君のニュースを確認できなかったので、妹は朝刊を買いにコンビニへ急いだ。
妹とA君は、大学は別々だったが同じファミリーレストランでアルバイトをしていた。アルバイト先から一番近くに住む私たちの家は時にアルバイト仲間のたまり場になり、勤務後や休みの日などは妹と仲間たちが集まって宴会を開いていた。
妹が朝刊を手にして帰ってきた。連絡をくれたアルバイト仲間の言う通り、A君が殺人の容疑者として逮捕されたという記事が掲載されていた。A君はすでに成人していたので実名と通っていた大学名も公表されていた。何かの間違いか同姓同名の別人だったらいいのに、という妹の一縷の望みは絶たれてしまった。
新聞報道によると、A君の容疑は同じ大学に通う女子大生を刃物で刺殺したとこのこと。後日続報を聞いて驚いたのだが、A君と女子大生は事件の日まで直接的な関わりは無かったのだそうだ。彼女と別れ話で揉めたとか、恋の三角関係のもつれが原因ならまだわからなくもないが、A君は刺した相手に遠くから一方的な好意を寄せていて、好意が次第に歪んだ愛情に変わり、とうとう相手を待ち伏せして命を奪ってしまったらしい。
妹は早速事情聴取で警察に呼び出された。事件の2日前にも我が家で宴会を開いており、『事件直前に容疑者と関わった人物』とみなされたからだ。妹は2回警察に呼ばれ、アルバイトや宴会の最中に変わった様子は無かったか、など質問攻めにされたそうだ。
「友達が殺人容疑で逮捕されて警察で事情聴取を受けるなんて、ドラマの中だけの話かと思ってたよ」と憔悴状態で帰宅した妹に掛ける言葉が見つからなかった。
その後A君は容疑を認め、起訴されて被告人となった。裁判の判決が出るまでの間、妹とA君は文通をしていた。
殺人事件の被告人が拘置所から発送する手紙、なのに封筒に貼られた切手がドラえもんで、手紙の差出人とユルい切手のギャップが印象的だった。
手紙が届くと、妹は私に差し支えの無い範囲で内容を話してくれたり、または手紙そのものを見せてくれたりした。
『法廷の様子はドラマとかで見たことあったけど、まさか本物の裁判で自分が被告人席に座るなんて夢にも思わなかったです』
『家族が送ってくれた雑誌で知りましたが、スターバックスコーヒーというアメリカのコーヒーショップが日本に上陸して話題になっているそうですね。僕も裁判と刑期を終えたら行ってみたいです』
裁判が終わり実刑判決が出ると、A君は刑務所に移送されてしまい妹とA君の文通は途絶えてしまった。
それから時は流れて20XX年。かつてのアルバイト仲間から妹が聞いた話によると、A君は15年の刑期を終えて出所し現在は社会復帰しているそうだ。
妹にA君と再会する機会は作らないのかと尋ねると、こんな返事が返ってきた。
「A君はバイト仲間で友達だったけど、何の非も無い人を自己中心的な理由で殺しておいて、いつかスタバに行ってみたいとのん気に手紙に書いてくる感覚をどうしても受け止められなかった。刑務所で罪を償ってきたかもしれないけど、亡くなった人は生き返らないし、今A君に会っても会話がもたないと思うし、多分彼も事件前の友達には会いたくないんじゃないかな?」
私もA君の手紙に関しては、ドラえもん切手のほかスタバのくだりが違和感というか強く印象に残っていて、決してA君に悪気は無かったのだろうが妹も同じ感覚を抱いていたようだ。
妹は現在もA君と再会していない。そして私はA君からの手紙に触れて以来、ドラえもんやスタバを目にするとふと拘置所内部や服役中のA君の様子、出所後の彼の現在を想像する変なクセが長らく抜けなくなってしまった。
かつてのアルバイト仲間の姉に、ドラえもんやスターバックスコーヒーに対して妙なイメージを植え付けた己のもうひとつの罪など、A君は知る由もない。
そして社会復帰を果たしたA君は、時々どこかのスタバでコーヒーを飲みながら自分の犯した罪や15年の日々を回顧しているのだろうか。
***
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