思わず表紙買いした写真集
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記事:山田THX将治(天狼院リーディング俱楽部)
二年程前、書店の店頭で私は、或る、写真集と思(おぼ)しき本の表紙に目を奪われた。帯が外されていたその表紙は、昭和中期の東京の街角を写し出したものだ。
私はそこが、上野広小路だと直ぐに解った。何故なら、東京下町生まれの私は、何度もそのアングル地点に立った覚えがあるからだ。
本の題名は、『秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』(光文社新書・刊)。写真と文章は、J・ウォーリー・ヒギンズというアメリカ人の方だ。60年前というと、丁度、私が生まれた頃だ。
本を手に取って表紙を見てみると、中央に建設中の“森永キャラメル”の広告塔を見ることが出来る。当時は、東京の繁華街に多くの菓子メーカーによる広告塔やネオンサインが在った。
意外だったのは、題名にも在る通り、この写真集は全編382点の写真全てが、カラー写真であることだ。
御若い方々には通じないかもしれないが、昭和中期、西暦にすると1955~1970年位迄は、今のスマホ程ではないが、一家に一台カメラが有ったものだ。殆どのケースでは、お父さん達が子供の成長や家族記録として写真に収めていたのだ。
しかし、当時のカラーフイルムは高価で、一般には写真といえばモノクロが殆どだった。よく冗談で、子供の頃の写真が、カラーかモノクロかで歳が解ると言われたものだった。
そのことから、その時代を生きた私でも、子供の頃迄は色の無い記憶が多くなってしまうのだ。しかし、この『秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』に残された光景は、確かにうっすら残る私の色の記憶を蘇らせてくれるものでもあった。
確かにいつの時代でも、色の無い時代などないのだ。
昭和中期迄の写真にモノクロが多い理由は、フイルムが高価だっただけでは無かった。その頃の富士やサクラといった国産のフイルムは劣化が激しく、焼いた写真も短い期間に経時変化を起こしてしまうのが常だった。
唯一、劣化しないといわれたのが、アメリカのコダック製のフィルムだった。但し、コダックのフィルムは、米軍の施設内にしか存在しないものだった。
いきおい、一般の日本人は国産のフイルム、それもモノクロで我慢するしかなかったのだった。
そうしたことから、この『秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』は、撮影したのがアメリカの方で、当然の様にコダックのフィルムを使用しているので成立したともいえるのかもしれない。
撮影者で著者のJ・ウォーリー・ヒギンズ氏は、1927年生まれ。駐留米軍軍属として来日した時には、30歳手前の年齢だった。子供の頃から父親の影響で鉄道に親しんでいたヒギンズ氏は、数多くの鉄道写真を撮っていた。
その延長で、来日後も日本の各地で数多くの鉄道写真を切り取っていた。
時代は、都市の中心部を数多くの路面電車が走っていた頃だ。路面電車を“トラム”と表記するアメリカ人のヒギンズ氏は、日本全国の鉄道写真を撮ろうとしたと思える。
実際にヒギンズ氏は、2007年に鉄道写真によって日本写真協会賞の特別賞を受賞している。また、過去には、多数の鉄道写真集を出版している程だ。
鉄道写真を撮る旅の中でヒギンズ氏は、日本各地の風景もカメラに収めている。なので『秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』にも、風景写真に混じって多くの鉄道がフィルムに焼き付いている。
ただ、当時の原風景を経験している者にとっては、ヒギンズ氏のアングルが、慈愛に満ちたものだとも感じてならない。
例えば、表紙の写真は、戦禍から立ち直った東京の風景に見える。
しかし、リバースアングルは、上野公園へ上がる正面階段だ。そこには、戦災孤児は既に居なかったものの、傷痍軍人(戦争で手足を失った軍人さん)や、今でいうホームレス(当時は乞食と呼ばれていた)が、物乞いをしていた。
まだまだ、戦後が色濃く残っていた地点だったのだ。
『秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』の“はじめに”には、J・ウォーリー・ヒギンズの筆による自己紹介的文章が書かれている。
それによるとヒギンズ氏は、日本人女性と結婚し現在も日本で暮らしている。御年90歳を超えているが、御元気な御様子だ。
“はじめに”の中には、軍属としての役目を終えた後、ヒギンズ氏は国鉄(現・JR)や日本交通公社(現・JTB)で仕事を委託されている。全て、鉄道や旅に関するものだ。
その時期のヒギンズ氏は、さぞかし楽しく暮らしていらっしゃったのだろう。
私の原風景ともいえる写真が収められた『秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』。
現在の外出自粛が解かれ、私に時間が出来た時には、この本を片手に“聖地巡礼”ならぬ、撮影スポット巡りをしてみたくなる一冊だ。
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