ついていい嘘
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:櫻井和博(ライティング・ゼミ平日コース)
「なんでも正直に言えばいいってもんじゃない」
僕はとまどった。
我が家の子育て方針は「嘘はつかない」だったはずじゃなかったのか。我が家は3兄弟。僕は三男。年の離れた兄が二人いる。僕をつくるとき、両親は女の子を期待していたようだが、またしても男だった。僕のように年の離れた兄がいる3男の場合、母親に溺愛されて育つケースが多いらしい。
兄はいつも怒られていた記憶があるようだが、僕には怒られた記憶はあまり多くない。だからこそ、怒られたことは印象深く覚えている。怒られた原因はご飯を食べていないのに食べたと嘘をついたことだ。ゲームに夢中で、ゲームを中断したくなかったから、嘘をついた。そうしたら、母にバレて、押し入れに閉じ込められた。
一時間くらいだろうか、もう涙も出なくなったころ、押し入れから出て母のところに行き、「ごめんなさい。もう嘘はつきません」と誓った。
なのに……。「なんでも正直に言えばいいってもんじゃない」と言われたのだ。
それは僕が結婚の報告をしたときだった。8畳ほどのリビングで、コタツの四方を、父、母、僕、そして二男が囲んでいた。二男は寝ていたが。
「結婚するから。それと、相手の家に婿養子になるから」
「あ、そう。おめでと」
それくらいの会話で終わるはずだったのに……。「相手がどんな家かも分からない状態で認められるわけないだろう」っと。いま思えばあたりまえだが、そのときは理解できなかった。息子が選んだ相手なのだから信じてほしいとか、兄二人がお嫁さんをもらっているのだからいいだろうとか、がちゃがちゃと言いたいことを言っていた。話は平行線で、若かった僕は、「何と言われようと自分のしたいようにするから。自分にとって、一番大切なのは、結婚する相手だから」と吐き捨てた。
手塩にかけて、可愛がってきた三男坊の言葉に、母は涙を流した。20年以上一緒に過ごしてきたのに、付き合って間もない人のほうが大事だと言われたのだから、相当なショックだったのだろう。僕の目の前で母が泣くのは初めてだった。動揺はしたが、感情を抑えきれず、
「嘘をつくなって何度も俺に言ったじゃないか。だから正直に自分の気持ちを伝えただけだ。泣いたって俺の気持ちは変わらないから」
それまで、黙っていた父親が口を開いた。
「なんでも正直に言えばいいってもんじゃない。そんなことも分からないのか。自分のしたいことをするために、どうすれば周りが納得してくれるか考えたのか。縁を切るのも辞さないような言い方だが、それで彼女のご両親は結婚を認めてくれるのか。相手の家に入るということは、彼女だけでなく彼女のご両親が亡くなるまで、関わっていくということだ。その覚悟がおまえにあるのか」
僕は何も言えなかった。嘘をつくなという言葉を盲目的に信じていた僕は、なんでも正直に言えばいいってもんじゃないだろう、という簡単な言葉で打ちのめされた。
少しの沈黙の後、寝ていたはずの兄が身体をおこした。
「結婚を認めるとか認めないとか、この場で結論を出さなければならない話なのか? お互いに頭を冷やしてから、一度、両家で話をする時間をつくればいいのではないか?」
いつから起きてたんだ? と思いながらも、兄からの助け舟で、僕の結婚報告は終わった。両親が寝室に行った後、兄から諭された。
「おまえが、彼女のことを一番に思う気持ちはその通りだろう。俺だって、両親よりも自分の妻のことを一番に考えている。でも、いまここにお前の彼女はいない。いまこの場でお前が大切にしなきゃいけない人の気持ちを考えたほうが良かったかもな」
後日、両家での顔合わせを兼ねた食事会は、和気あいあいとした雰囲気で行われた。そのときの言い争いなんて無かったかのように、両親は明るく振る舞い、僕は結婚し、婿養子になった。
あれから約10年。二人の子どもを授かり、僕も親になった。
「嘘はついてはいけない」「友だちを叩いてはいけない」「体罰はいけない」「友だちを仲間外れにしてはいけない」「悪いことをしたらあやまりなさい」
こうした言葉を子どもにかけることはある。でも、本当にそうか? という問いかけを、機会を見つけて子どもにしている。
「嘘をついてはいけないっていうけど、もしも嘘をついていいときがあるとしたらどういうとき?」
「体罰はいけないっていうけど、悪いことをしたら牢屋に入るよね? それは体罰じゃないの?」
「悪いと思っていないのに、あやまっている人がいたらどう思う?」
という具合に。
子どもが結婚したいというとき、親である僕にどんなアプローチをしてくるのだろうか。僕のように正面突破してくるのか、あるいは、僕とは違って作戦を練って挑んでくるのか。どんな相手であれ、一度は、抵抗しようと思っている。祝福の気持ちでいっぱいでも、嘘をつこうと思っている。その嘘は、結婚する二人を強くすると思うから。
みなさんは、自分が親になるとき、あるいは、自分の子どもが親になるとき、どんな嘘をついてあげることができますか。
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」
〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168
■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」
〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325
■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」
〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984