当たり前にそこにある、未知との遭遇
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:田辺なつほ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「今、どんな気持ちですか?」
にこにこ笑顔の”じんちゃん”が持つスケッチブックにはそう書かれていた。
どんな気持ち……? 悩んだ末に私は、自分のスケッチブックに「不思議」と書いた。
妹は「すごく楽しかった!」と書いていた。
「どうしてそう思ったんですか?」
ここに至るまで、私達をアテンドしてくれた”じんちゃん”が聞いた。
妹は、「わからないからこそ、わかりたいと思ったし、それが楽しいと思った」と話した。
うんうん、いいですね~、と”はこちゃん”は言いながら、拳をピノキオのように鼻の前においた。
この空間にいるのは私、妹、”じんちゃん”、”はこちゃん”の4人。
「お姉さんはどうしてそう思ったんですか?」
”じんちゃん”の声で、3人の視線が私に注がれた。飾らない本心で話したい、そう思った。
「私の隣にあった、あまりにも当たり前の世界に触れてしまったからです」
それは、このイベントに参加した私の正直な気持ちだった。
先日、妹と「ダイアログ・ミュージアム~対話の森~」というイベントに参加した。
このイベントは大きな2つのプログラムで構成されている。
「ダイアログ・イン・サイエンス~静けさの中の対話~」と「ダイアログ・イン・ザ・ダーク~暗闇で再会しよう~」というプログラムだ。私たちが参加したのはサイエンスのほうだった。
このイベントは”ある意味”で普通と違う。ヒントはサイエンスとダーク。
参加者はアテンダーに導かれて、その世界に入り込み、当たり前の世界のあり方に触れることになる。
「後ほど、お二人にはこちらを付けてもらいます」
入り口のアテンダーは、白い棒を持った20代の男性。私たちを安心させるために、にこにこと笑顔が絶えない。
彼に渡されたのは、家電量販店であれば数万円はしそうな、ずしりと重いヘッドホン。
私たちの前には白い引き戸が一枚。コの字についている取っ手も白い。彼がその取っ手に手をかける。
「それでは、イベントが始まります。ここから先はアテンダーが代わります。ぜひ、会話を楽しんでください」
彼はずっと笑っている。しかし、私たちとほんとうの意味で目が合うことはない。
だけどそれでいい。それでいい理由を、私たちは知っている。
その言葉とともに、白い引き戸が開けられて、中から女性のアテンダーが登場した。
アテンダーの名前は“じんちゃん”。私たちは、彼女に指示されて入り口で受け取ったヘッドホンを装着した。
途端に耳の奥で、ごうごうという自分の血液が流れている音が聞こえる。それだけしか聞こえなくなる。
いよいよ「ダイアログ・イン・サイエンス~静けさの中の対話~」が始まる。
このプログラムにはひとつ、ルールが存在する。それは「喋ってはいけない」だ。
しかし、会話していい。イベント名にもプログラム名にもダイアログ=会話という英単語が入っているから。
どういうこと? と思うだろう。それこそがこのイベントの“ある意味”で普通とは違う部分だ。
なんてたって、このイベントのアテンダー達は、静けさで会話する達人、聴覚障がい者たちであり、暗闇で会話する達人、視覚障がい者たちなのだ。
入り口のアテンダー20代の男性は視覚障がい者で、彼が持っていた白い棒は、視覚障がい者がもつ白杖(はくじょう)だ。彼と視線が合わないのはこういうわけだ。彼はダークプログラムではメインアテンダーになる。
そして、次のアテンダー“じんちゃん”は聴覚障がい者だ。サイエンスプログラムのメインアテンダーを務める。
喋ってはいけないというルールの中で、私と妹はじんちゃんと会話した。音のない世界、手を使って、顔を使って、とにかく会話した。声帯の代わりに、身体全部を使った。
プログラム内には参加者が楽しめるように様々な仕掛けが施されている。声に頼らず、自分がどんどん解放されていくのがわかる。多分私たちは思わず声を出して笑ってしまっていたと思う。だけど、その声はじんちゃんには届かない。なのに、寂しくない。彼女にも伝わっていると確かにわかるのだ。マスクをしていてもじんちゃんの目元がふにょりと曲がる。その顔を見て私と妹も笑う。静かな衝撃が体に広がっていく90分間。
そして、途中で私は気づいた。じんちゃんにとって手と顔と体は、声帯だ。
当たり前のコミュニケーションツール。私たちが声で会話するように、彼女は毎日全身で会話している。
このプログラムは特別なことではなく、彼女にとっては当たり前の世界、いわば普通の日常なのだ。
プログラムが終わり、最後に案内された空間で私たちはお喋りを楽しんだ。
そこには、私たちとじんちゃんの会話を手話でサポートしてくれる“はこちゃん”が待っていた。はこちゃんは私たちと同じで、基本的なコミュニケーションツールは声だ。
私たちはヘッドホンを外して、声帯を装着した。じんちゃんは補聴器を装着した。
時計の12時と3時と6時と9時に置かれたイスに座り、ひとり一冊ずつスケッチブックが渡された。
「今、どんな気持ちですか?」
にこにこ笑顔のじんちゃんが持つスケッチブックにはそう書かれていた。
はこちゃんが途中「拳をピノキオのように鼻の前においた」のは、手話で「良い」という意味だ。
私はこのイベントで、彼女たちの当たり前の生活に触れた。
私のコミュニケーションの普通は声、彼女たちのコミュニケーションの普通は手話であり、表情であり、加えて観察力、表現力だ。けれど、これは私たちの生活でも同じ。相手がどんな表情なのかを読み取ったり、身振り手振りを使って話す。まったく違う世界の話ではない。
だけど、このプログラムはそれよりも前、コミュニケーションは常に未知との遭遇である、ということを教えてくれた。
プログラム中、じんちゃんは表情や身振りで私たちに説明してくれた。私はそれを見て「こう伝えたいんだろうな」と意味を頭の中で補完してしまって、うまくコミュニケーションがとれない場面があった。一度食べた料理をもう一度見たとき、「きっとこういう味がするだろうな」と脳が味を勝手に補完してしまうのに似ていた。
必要だったのは、じんちゃんが伝えようと作った言葉を、そのまま受け取る、私たちのお皿の余白だった。今までの経験や、声でやり取りしてきた普段の生活が邪魔をして、彼女の言葉に勝手に意味付けしてしまったのだ。
一番シンプルな、伝えてくれることを受け取る、そういう余白が必要だった。相手の考えていることは未知であり、知らない状態である、という大前提を私は思い知らされた。
これは普段の生活でもあり得る。上司から言われたことを「きっと言いたいことはこうだろうな」と想像して、いざ報告したら求めていたものと違った、なんてことは私がよく起こす失敗の一つだ。
私たちはみんな、それぞれ他人。当たり前に他人だ。
考えていることも感じていることも見えている世界も触れてきた経験も違う。だからこそ、声で、身体で、表情で、表現力でコミュニケーションをとる。そんな当たり前に、私は思わず「不思議」と言ってしまったのだ。
もし、あなたがこのプログラムに参加したらどんな感想を抱くだろうか。
ぜひ、「ダイアログ・ミュージアム~対話の森~」で丸裸の会話とコミュニケーションを体験してほしい。
***
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