Cafe経営に失敗した話 ~『Café de Chanoma』の新メニューが出来るまで~
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:宮村柚衣(ライティング・ゼミ超通信コース)
「ここのお味噌汁、本当に美味しいわよね!」
上品そうなご婦人が、スラッとした気の強そうな女性に話しかけた。
「ありがとうございます」
肩揃えた艶やかな髪を揺らしながら、凛とした笑顔で女性は応えた。
地味で、目立たないけど気立ての良い味噌汁。
顆粒のだしの素は一切使わず、昆布と鰹節で丁寧にとったお出汁で作った味噌汁。その美味しさは格別だ。
大きな窓から日が差し込み、女性の笑顔を照らす。
『Café de Chanoma』(カフェ・ド・チャノマ)では、毎日、手間隙掛けて料理がつくられる。和風パスタの隠し味に大活躍な“麺つゆ”も昆布や鰹節や干し椎茸、味醂や日本酒などを使用した手作りだ。
私はスカイツリーが見下ろす小さな街で、『Café de Chanoma』(カフェ・ド・チャノマ)という小さなCaféを経営している。
きっかけは些細なことだった。
よく行くCaféが閉店すると聞き、「この場所」をなくしたくない。そう思ったのだ。
そのCaféは職場の目と鼻の先にあった。マスターとスタッフ1名の2名体制の小さなCaféだった。大通りから1本奥まった場所にあったため落ち着いた空気が流れ、白い壁と木枠を基調とした店内はとても居心地がよかった。
「そっかー。なくなっちゃうのか」
マスターの入れて淹れてくれる珈琲を飲みながら、漠然とした寂しさが広がった。
「そうなんだよね。オリンピック始まるじゃん? ボランティアでいいかな? と、思っていたのだけど選手村の厨房で働きたくなっちゃてね」
丸坊主にメガネを掛けたマスターが、カウンター越しにトーストを切りながらヘヘヘッと笑った。
皆さんにとってCaféとは、どんな場所だろうか?
コーヒーを飲んだり、ごはんを食べたり、人と話をしたり、読書をしたり、勉強したり、世間話をしたり……。
Cafeの楽しみ方は人それぞれだが、私にとってのCaféとは「居場所」だった。
何度か通ううちに、お店の人や常連さんと顔見知りになり挨拶を交わすようになっていく。しばらく顔を見ないと「元気かな?」と、ふと思い出したりもするが、連絡先を知っているわけでもない。でも、Caféに顔を出すと「あら! こんにちは。元気なの?」と声を掛けてくれる緩い繋がりがある場所。
それが、私にとってのCaféだ。
仕事で辛いことがあった時、そのCaféで泣きながら珈琲を飲んでいる私を見て常連のおばあちゃんが珈琲をご馳走してくれたことがある。
「どうしたの? いつも元気なのに! 今日の珈琲代は私が出すから元気出しなさい」
そう言って、珈琲をご馳走してくれたのだ。そこは、そんな場所だった。
そんな「居場所」がなくなる。とてつもなく私は寂しかった。
その寂しさを受け止め切れなかった私の口が勝手に動いた。
「私、やってみようかな?」と。
それからはトントン拍子に話が進み、そのCafeは名前を変えてOPENした。
そして、苦難の道が始まったのである。
当然といえば、当然だ。
飲食経験のない40歳のおばちゃんがCafé経営を始める。失敗の匂いしかしない。
しかも、料理好きが講じてCaféを始めたわけでもない。
私は食べるのは好きだが、全く料理が出来ない。SNSに焦がしたハンバーグ写真を投稿したら想像以上に焦げていたらしく、「どうやったらそんな風になるの?」と、各方面から真剣に心配されてしまった程だ。
飲食経営に精通しているわけでもなく、料理が得意でお店に立つわけでもない。そんな40歳のおばちゃんがCaféを経営するなんて正気の沙汰ではない。そう、今なら私もそう思う。
もちろん、今タイムマシーンがあれば1年前の私を必死で止めに行くだろう。
「絶対に辞めとけ! 苦労するから!」と。
しかし、何故か当時の私はCafé経営が出来る気でいたのだ……。
Caféを開店した直後、飲食経験のない私は現場のスタッフにトンチンカンなことばかり指示していた。
お惣菜の調理を指示した。お惣菜を作り置きするにはCafé仕様のキッチンでは狭く物理的に無理であるのに、だ。買い物に行く人員が確保出来ていないのに地元のパン屋さんと珈琲問屋さん、業務用スーパーに直接仕入れに行くオペレーションを組んだりしていた。また、仕入れや食材ロスのことを考えずに多品目の食材を使うメニューを複数選定したりしていた。
だって、何も知らないから。まさに、無知こそは罪だ。
気が付くと開店2週間も経つ頃には、現場のスタッフと私の間には目に見えない深い溝ができていた。
私は自分の経験と知識の無さが原因だと考え、Cafeの経営本を読み漁り、Google様に「Cafe 経営 赤字」などのキーワードを打ち込んでは出てきた記事を熟読した。
しかしながら、学んだ知識を元に施策を考え実行するほどに事態は悪化していった。そして、スタッフに言葉を掛ければ掛けるほど誤解を産み出し、溝が深まっていった。
それはそうだ。Cafeが必ず成功する魔法の方程式なんてものは、この世に存在しないのだから。立地、メニュー、働く人、そしてお客様etc.……、全てが同一のCaféなんてあり得ないのだから。経営本やネットの情報は参考にしかならない。自分が挑戦する、目の前の現場にしか答えはないのだ。
今なら解る。しかし、当時は何が悪いのか全く解らなった。
私はただスタッフには楽しく働いて欲しいと思っているだけなのに、スタッフからは不満の声しか聞こえて来ない現状に疲弊していく日々。赤字は止めどなく累積する中、砂を噛むような毎日だった。
そうだ、もう辞めよう。
開店1ヶ月が経つ頃、好転しない現状に私は疲れ果てていた。私の見通しが甘かったのだ、Caféなんて素人が簡単に出来るものではなかったのだ。
明日、辞めよう。
心は海底2万マイルの海の底に沈んだきり、全く浮上する気配はなかった。
そんな中、2度目の緊急事態宣言が発令されそうな頃。調理スタッフに声を掛けられた。
「代表(私)、ちょっとお時間いただけますか?」
彼女はオープニングスタッフの中で唯一、飲食店での調理経験が豊富な団塊世代の女性スタッフだった。居振る舞いが美しく、包丁さばきが素晴らしい女性だ。面接時に“きんぴらごぼう”をつくって持ってきてもらったのだが、切り方でこんなに味が違うものかと感動したのを覚えている。もちろん、味付けも申し分なかった。
「どうしたの?」
鉛のように思い心を引きずりながら、私は応えた。
「これ、作ってみたんです」
それは高さ20cm程もあるふかふかのシフォンケーキだった。
「ティータイムに出せないかな? と、思いまして」
「えっ、自分で焼いたの?」
「はい」
フォークで切ろうとすると弾力で押し返されるのではないかと思うほど、そのシフォンケーキは“ふわっふわっ”だった。
「なにこれ。美味しい……」
彼女は嬉しそう目を細めて、はにかんだ。
聞けば、バターやベーキングパウダー(膨張剤)を一切使用せず卵の力だけでふくらんだシフォンケーキだという。それは、誰でも作れるわけではなく、しっかりと修行を積んだ料理人だけが作れるシフォンケーキだった。
シフォンケーキを食べながら、私は彼女とゆっくり話をした。料理が本当に好きで20代の頃から飲食一筋だということ。凝り性で興味が湧くと一直線にのめり込んでしまう性格であること。パン作りを極めたくてパン屋さんで働いていたときは、家で酵母まで育てていたこと。インドカレー屋さんでも働いていたので、スパイスから作る本格カレーが得意なことetc.……。私は彼女から沢山の話を聞いた。
なるほど、それだけの経験があるにも関わらず私のトンチンカンな指示に従ってくれていたのか……。言いたいこともあっただろに。私はとても申し訳ない気持ちになった。
それまで、出来るだけ現場の手間を省くことが働きやすい職場になると私は考えていた。例えば、日替わりメニューの提供などは現場に負担があると思い控えていた。また、責任を持つ店長を任命するとそのスタッフの負担になると考え、店長は置かず調理スタッフやホールスタッフというように主な役割分担だけ行っていた。料理も、1ヶ月程度で全てのスタッフが習得できるように出来るだけ簡易な作業工程の家庭料理を選定していた。
しかし、それは大間違いだった。
料理人は自分で料理を考え、手間暇かけて自分で作った料理を「美味しい!」と言ってもらうことが幸せだった。チェーン店のように、誰でも出来る調理には興味がなかったのだ。
そう、料理人は職人だったのだ。
自ら身につけた熟練した技術によって、手間暇かけて料理を作り出す所にこそ喜びがあったのだ。
私は結局、自分が思い描いた頭の中にあるCaféを作ることに躍起になるばかりで、スタッフのやりたいことやスタッフが大切にしていることに鈍感だった。
それに気付いた私は、彼女を店長に任命し責任を与えた。
彼女はどんどん新メニューを考案していった。
ナンプラー、唐辛子を使用せず和風にアレンジしたお野菜がたっぷり入った、和風ガパオライスプレート。自家製の珈琲焼酎。豚肉、牛蒡、にんじん、小松菜の入ったあと引く美味しさ、牛蒡のバター醤油パスタ。市販のルゥを一切使用せず、数種類のスパイスをブレンドした本格的な、チキンマサラカレー。健康にも美容にも良い自家製赤紫蘇ジュース。チキン入り自家製トマトソース&豆乳、隠し味に九州の粒味噌を使用した、トマト豆乳クリームのパスタetc.……。
旬の食材を使い、今までの経験と培った技術で自分が美味しいと思う料理を作る。
私は彼女の料理の大ファンになった。
ほろ苦の手作りキャラメルソースをマーブル模様に混ぜ込んで焼き上げた、キャラメルマーブルシフォン。生地に旬の苺と牛乳、ベリーソースを混ぜ込んみ、生クリームとベリーコンポートをサンドした、ほんのりピンク色が可愛い苺のシフォンサンド。自家製りんごジャムとシナモンを混ぜ込んで焼き上げた、冬の季節にピッタリなアップシナモンシフォンケーキetc.……。
もちろん、シフォンケーキは私達のCaféの看板スイーツとなった。今では根強いファンもいる。
今日はどんなスイーツが食べられるのかな?
私は会議がある度に、ウキウキしながらCaféに向かうようになった。
気がつけば心は軽くなり、Caféを辞める気はなくなっていた。
すべて、料理人である彼女のおかげだ。
彼女は開店の15分前には必ず出勤し、身支度を整える。その姿は神々しく美しい。仕事に厳しく、料理に対する愛情が深い彼女が作る料理には、美味しく食べてもらいたいという気持ちが溢れている。
そう、Café経営に一番重要なファクターは料理人だったのだ。
いくら収支計算をしようが、コンセプトが良かろうが、良い食材を使おうが、結局は良い料理人が居ないと何も始まらなかったのだ。
気付くまで失敗ばかりで辛かったが、気付けて良かったと心から思えた。
そして、信頼出来る料理人と出会えた事に感謝した。
気がつけば、Caféを始めて1年が経とうとしていた。
先日、そんな彼女と共にシフォンケーキと双璧をなすであろう新メニューを考えた。
それが、新メニュー『ローストビーフ乗っけ盛りプレート温玉のせ』だ。
厚さ 4cm の分厚いステーキ肉を8時間以上低温調理でじっくり火を通し、1 つ 1 つ店内でじっくり焼き上げた、柔らかくて香ばしいローストビーフがたっぷり乗ったボリューム満点の新メニューである。
丁寧に下処理を行い、表面を彼女の技術で焼き上げたローストビーフは、柔らかく噛むほどに旨味があふれ出てくる。
ソースは、九州の甘醤油を使ったジンジャーソース、サラダとも相性抜群な柚子胡椒マヨソース、ガツンとパンチの効いたガーリックレモンソースの3種類からチョイス出来る。もちろん、ソースも全て彼女の自家製だ。
肉も旨いが、肉汁と温玉とソースの混ざったご飯を口に頬張ると至福この上なしである。
その上、サラダとお味噌汁が付いて880円。びっくりするくらい安い!
間違いなく、私達のCaféの大人気メニューとなるだろう。
好きなミュージシャンの曲を色んな人に聞いて欲しいように、私も彼女の料理を1人でも多くの人に彼女の料理を食べて欲しい。
ローストビーフ乗っけ盛りプレート温玉のせ、ぜひ、食べにきてください。
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