ブラック企業メーカーは歯軋りしながらノートをとる
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:吉田けい(ライティング・ゼミ 超通信コース)
私はびっくりするほど仕事が出来なかった。
数字を入力すれば打ち間違える。電話を受ければ伝言メモは支離滅裂。FAXや郵送の宛先は間違えるし、会議書類の準備を頼まれれば会議に間に合わせることが出来ない。発注をど忘れして納期に間に合わなくて取引先に泣きつく。期日までに書類を仕上げられなくて残業に次ぐ残業、お客様の連絡が漏れてブッキング。……今思い出しても情けなさすぎる。情けなくて涙も涸れ果てるアホな失敗ばかりの使えない奴、それが新卒の頃の私だった。
「またまたあ」「新卒なんてそんなもんだよ」と言ってくださる優しい方がいるかもしれない。だがタイムスリップして当時の私と一緒に仕事をしたら三日もすれば閉口するだろう。誰にでもあるミスなのかもしれないが、その頻度が問題なのだ。何もしでかさない日というのはなく、報告する上司の顔がどんどん険しくなっていき、どんどん肩身は狭くなっていく。毎日情けなくて、それ以上に眠くて、ただただ必死に生きて仕事をこなしている記憶しか残っていない。
就職するまで、私は自分がこんなにも出来ない奴だとは思っていなかった。高校も大学もそれなりのところを出たし、単位はちゃんと取った。レポートもぎりぎりだけど提出していた。何より業界でもトップ3に入るこの会社に入れたのだから、優秀な人材の部類に入るに違いない。傲慢にもそんな風に考えていたが、入社して半年もすればそんなプライドは粉々に打ち砕かれた。会社の売上を背負う営業所では、いつまでも使えない奴の人件費を抱えていられるような余裕はないのだ。入社して一年しないうちに本社管理部への異動の辞令を受けた時は、これが私の評価なのだと絶望したが、どこか納得していた。
私、仕事が出来ない奴なんだ。
本社での働きぶりも似たようなもので、怒られる上司が入れ替わっただけだった。残業ばかりで、終電もしくはタクシーで帰宅する私を見て両親は心配した。友人には転職を勧められた。そんなにいっぱい残業するなんておかしいよ、ブラック会社だよ。転職サイトを覗くと、貴方の年収はこれくらいとか、残業なしで働けるとか、魅力的な言葉がたくさん並んでいる。もしこの中のどこかを選んだら、私はやり直すことができるのだろうか。こんなにミスばかりして怒られてばかりの私は何かの間違いで、ゲームのリセットボタンを押すように、また真っ新なところから始めることが出来るのだろうか……。
「…………」
今日のミスは、メール送信のアドレス間違い。
昨日のミスは、コピーの向きを確認しないで綴じてしまった。
転職したら、こんなしょうもないミスをしなくなくなるんだろうか、私は。
「…………」
とてもそうは思えなかった。このご時世、どこに行ってもメール送信もコピーも絶対に存在する。数字を書き写すのだって、取引先に電話をするのだってどんな会社のどんな仕事でもほぼ確実にあるだろう。今ここで出来ないことが、会社を変えたらすんなりできるようになるなんてあり得ない。少なくともちゃんとメールが送れて、コピーができて、書類の準備ができて、締切を守れるようにならないと、どの会社に行っても結局は同じじゃないか。今の私の状況がブラック会社だというなら、会社をブラックにしているのは他でもない私自身だ。そんな私が今の状態で転職したら、きっと転職先もブラック企業化させてしまうに違いない。とんだブラック企業メーカーではないか。
ブラック企業メーカーなんか、なってたまるか!
その日は仕事を早く切り上げ、駅前の本屋のビジネス書関連のコーナーを覗いてみた。だがどの棚にも「間違いなくメモが取れる」「失敗しないコピーのとりかた」なんて本があるはずもなかった。私は唸り、隣の文房具屋でノートを1冊買った。家に帰って、歯軋りしながらノートにペンを走らせる。今抱えている仕事。今日のミス。ミスを撲滅するにはどうしたらいいのか。思いつくままに書き連ねていると、自分の情けなさが浮き彫りになるばかりで嫌気がさす。その度に歯軋りして、私は「同じミスをしないためには?」と書き足していった。その先に矢印を書いて対策を書いていく。モヤモヤしていた思考が少しスッキリした気がして、その日はいつもより深く眠ることが出来た。
ノートを書き始めてどれくらい経っただろう。だんだんとミスの数が減ってきて、仕事がうまく回せるようになってきた。残業の量も減って行って、定時で帰れる日が増えてきた。本屋で私を救う本を見つけられなかった時は、誰も私のことを助けてくれないんだ、と絶望したが、このノートに書けば大丈夫。過去のメモとひらめきが私を助けてくれるからだ。メモを見返していくうちに、いくつか自分専用のテンプレートもできた。メールを送るときにチェックする項目はこれ。会議資料は印刷する前にこれを確認。電話メモはこの項目をよく聞き返されるから、電話の時点で聞いておくこと。人から見れば取るに足らない、小さな小さなカイゼンの集まりたち。これがあればきっと大丈夫。
ある日、社内SNSで社内公募コンペのお知らせが掲載された。そんなことは私が入社して以来初めてのことだった。どんな役職、どんな部署の人でも応募できるらしい。選考が進めば社長の前でプレゼンもできるらしい……。募集要項を見ている間に、むくむくとアイディアが湧き上がってきた。
せっかく生まれたアイディアだ、やってみよう。
企画書の準備、それもノートから作ったカイゼンにテンプレートがあった。企画書を作るには事前準備と項目の整理が大事。数字の裏付けも忘れずに。最後に提出する前に誤字脱字のチェックを忘れないで。ドキドキしながら担当事務局にメールで送った。完成させることが出来ただけで満足したが、まさかの予選通過だった。さらに詳細な事業計画を書いて提出、二次選考も追加。とうとう、社長と役員の前での最終選考になった。どうしよう、プレゼンのやりかたはノートにない。慌てて本屋に行くと、今度はプレゼン関連の本が山のように見つかった。目次を見て気に入ったものを買って必死に読み込み、最終プレゼンに挑んだ。
社長が、役員が、私をじっと見ている。
ミスの報告を聞くときの呆れ返った表情ではなく、真剣で、どこか期待を込めた眼差しで。
「そこでこのアプリを使って、こんな風にプレビューします」
いつか歯軋りをしていたその口で、こんなに堂々と、自分の企画をプレゼンしている。
今ならもう、私は仕事ができる、と言ってもいいんじゃないか。
胸に生まれたプライドの灯に勇気づけられ、プレゼンに一層の熱がこもった。
残念ながら最優秀賞には選ばれなかったが、それでもこの社内公募は私にとってとても意義のあるものだった。社内での私への目線が変わったような気がするし、何より最終選考まで自分の力で進めることが出来た、というのが自信につながった。そう書くと、良いアイディアを出しただとか優れた事業計画を作っただとか、そうした方面での自信と思われるかもしれないが、そうではない。
歯軋りをしながら作り上げたテンプレートたちが、実践で十分役に立つことを証明できたことが、何よりの誇りとなったのだ。
***
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