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娘の病気が教えてくれたもの


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記事:鈴木 睦枝(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「また泣いていたやろ」夫が言った。
普通の顔をして帰ってきたつもりだったし、鈍感な夫には判らないと思っていたのに、車の中で泣いていたことに気づかれてしまった。
「バレた?」一人になると襲ってくる不安と溢れてくる涙に飲み込まれてしまう自分をコントロールできなくなっている。
娘が入院して1週間、高速に乗って1時間ほどの場所にある県立の子ども病院に夫と私で朝晩交代しながら毎日通っていた。
ネットで調べる「横断性脊椎炎」という病気は後遺症が残るリスクも再発するリスクも高く、また、唯一の治療法であるステロイド治療は成長ホルモンが阻害されるという副作用があるという。思春期前の小学校5年生。娘はこれからどうなってしまうんだろう。何が悪かったんだろう。あの時、どうして私はもっと早くに救急車を呼ばなかったんだろう。一人になるとそんな思考が津波のように襲ってきて私を溺れさせようとしていた。
 
1週間前の夕方、娘が急に
「背中が痛い」と言い出した。
小学校の音楽発表会を翌日に控え、ピアノのパートを弾くのを楽しみにしていた矢先のことだった。
「どうしたんやろね」よくわからない場所の痛みを不思議に思いながらも一晩眠ればよくなるでしょうと軽く考えていた。今まで大きな病気をしたこともなかったし、熱を出しても翌日には治っていることが多かった。我が子は健康な子供のはずだった。
 
夕方から夜になり、痛みが酷くなってきたので近くの夜間診療所で診てもらうと
「風邪かもしれない」と言われ、痛み止めと風邪薬をもらった。
 
痛みどめはあまり役に立たなかった。
痛がる娘を横目に見ながら、どうすればいいかとネットを検索した。
背中の痛みは首から腹まで広がっていて、立っていても座っていても、さすっても温めても冷やしても、全く変化しなかった。
夫は翌日接待ゴルフがあり、早くに家を出るので先に寝ていた。
不安だったが夫を起こすのは悪い気がして起こせなかった。
(救急車、呼ぼうか?)何度か頭をよぎったが、
「無駄に救急車を呼んではいけない」という私の中の常識が足かせになって、安易に119番を押してはいけない気がした。
ネットで調べると、救急車を呼ぶ前に相談する電話窓口があるらしい。
電話してみた。
何度電話しても話し中だった。
 
痛い痛いと泣き続ける娘にどうしてあげることもできず、時間が経てば治るんじゃないかという希望的観測だけを頼りに、一睡もできずにネットで答えを検索していた。
明け方、娘の体の状態からこのままでは楽しみにしていた音楽会に出席できないかもしれないと思い始めた時、初めて119番をした。
「はい、119番です。火事ですか、救急ですか?」
「昨晩から背中が痛いと言っていて。救急車を呼んでいいのかわからないのですが……」
「わかりました。今からそちらに救急車が向かいます」
 
心配する夫を接待ゴルフに送り出し、慌てて息子たちを早めに起こして自分たちで学校に行けるように促してから、娘と救急車に乗り込んだ。
 
「脊椎と脳に炎症が起こっていて、胸から下が麻痺しています。排尿困難なため、バルーンを入れますね。この状態がいつまで続くのか、これから良くなるのか、悪くなるのか、今は予測ができない状況です」病院の医師に言われた言葉を脳が理解すると同時に涙が止まらなくなった。
 
あの時から3年ほどで娘は普通の生活ができるようになった。成長期に長期間ステロイドを使用したため、平均身長よりも少しだけ背が低いくらいで生活も運動も制限なく過ごせるようになった。
 
娘の病気は、今までの人生で自分よりも他人に気を使いながら
ある意味誠実に、いい人をやってきた私に
「何が大切なのか?」ということを何度も何度も突きつけてきた。
 
娘の命よりも大切なものなんて何にもなかった。
思えば、何に遠慮して救急車を呼ぶことを躊躇していたのか。
夫の接待ゴルフはそんなに大切なことだったのか。
 
結局私はよく知らない誰かに嫌われないために一生懸命生きていた。
そしてそんなものは全くもって必要ないことにその時気づいた。
 
娘の体調が一進一退の中、私自身の不安を解消するために受けたカウンセリングで、カウンセラーの方が
「娘さんの病気に感謝できるようになったら、娘さんの病気は治っていますよ」と言ってくれた。その時は全く意味がわからなかったけれど、今ならそれがわかる。
 
仕事が忙しい夫に余計な話をすることを遠慮していた私が、初めて夫に自分の不安を泣きながら吐露した。夫も泣きながら、夫自身の不安や家族への想いを話してくれた。
主治医の先生にもっと専門的な病院への転院やセカンドオピニオンの相談をした。「聞いてくれてよかった。上(上司)の手前、聞いてくれないと紹介できなかった」と言われ、専門病院への転院が決まった。
息子たちに娘の現状と私の精神状況を正直に話して家事の協力をしてもらった。小学校低学年の息子たちの優しさ、たくましさをたくさん知ることができた。
地域活動や学校の役員仕事、息子たちの習い事の付き添いなどを友人たちにお願いした。たくさんの友人が協力してくれて、毎日、家にたくさんのプレゼントが届いた。
飼い犬を一時的に近所の人に預けた。うちの子(犬)に第二の家ができた。
弱音を吐く私に「あんたがしっかりしなさい!」と喝を入れる母の電話を途中で切った。初めて母に逆らうことができた。少し経って、母が初めて、言いすぎたと謝ってきた。
襲ってくる不安から逃れるためにたくさんのお金を使って様々な健康法を実践し、たくさんのカウンセリングを受けた。健康に関する自分なりの考え方が分かり、不安と向き合う自分なりの方法を身につけた。そして、なんと夫の収入が上がった。
 
娘の病気は
「私が私自身の人生を生き始める」きっかけをくれた。
夫や母との関係を見直すことができたし、家族の愛を確認することができた。
世の中がどれだけ優しいかを知ることができた。
 
娘が病気になったあの日から7年たった今、私はカウンセラーとして活動をしている。
あの頃の私と同じような、津波のような不安に溺れそうな人がいたら、必ず言うことがある。
「今のあなたの不安に、あなた自身が感謝できるようになったら、その不安はなくなってていますよ」
 
どんな困難も、それを乗り越える過程で必ず得るものがある。それに感謝できた時、困難はもう、困難ではなくなっている。そんなことを娘の病気は私に教えてくれた。
 
 
 
 
***
 
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2021-08-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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