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星空と日常生活の間には、今夜も大きな壁がある

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山岡達也(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
もうすぐ十五夜のお月様が見える。
普段は夜空を眺めない人も、この日は夜空に浮かぶ月を眺める人も多いも思う。
 
夜空を眺めている時、人はどんなことを想うのだろうか。
満月を眺めていると、ウサギが餅をついているシーンを思い浮かべるかもしれない。それとも、かぐや姫の物語を思い浮かべているのだろうか。月から離れて星空を見上げたら、星座にまつわる神話を思い浮かべているか、今なら天の川が見えやすいので、七夕伝説に想いをはせているかも知れない。とにかく、夜空を見上げると、普段では考えないようなことが頭に浮かんでくる。
 
せっかく楽しい空想に浸っていたいところだが、多くの都会の夜から、夜空がみにくくなっっている。都会の中で夜空を見上げても、星があまり見当たらないのだ。よく、星の数ほど数え切れないくらいあるという言葉を聞くことがあるが、都心の真ん中は、さっき書いた言葉は意味が反対に、つまり、星の数くらいしか見当たらないという意味に捉えられかねない。
 
一体、どうしてそんなことになってしまったのだろうか。
 
一番大きな原因は、街明かりだ。街灯、ネオンサイン、車のライトなどなど、街は明かりに満ちあふれている。安全、便利、快適さを追求したら、暗いよりも明るいほうが都合が良い。いくら星空がきれいに見えるからといって、街灯を全部消灯したら危なくてしょうがない。営業中の店の電気が真っ暗だったら、営業しているのか閉店しているのか区別がつかなくて困る。その一方で、都会で生きていく上で、星が見えなくなっても困ることはそんなにない。従って、人が集まって活動する場所は、必然的に夜が明るくなってしまう。
 
だからといって、それでいいのだろか。星空はそんなにつまらないものだろうか。
 
とんでもない。冒頭で書かれていたことを思い出して欲しい。
星空にまつわる伝説や神話が、どうして科学万能な現在まで生き残っているのだろうか。
星空の神秘を解き明かそうとして、古代の人達はいろいろな伝説や神話を創り上げた。もしも星空がそんなにつまらないものなら、そこにまつわる神話や伝説もつまらないものになり、科学万能な現代まで語り継がれることは無いだろう。だから、星空は私たちにとって大切なものだのだ。
加えて、自然科学そのものが、星空と関係が切っても切れないものである。有名なところでは、リンゴは地面に落ちてくるのに、なぜ月は落ちてこないのかという疑問が、万有引力の法則の発見につながったといわれている。このように、星空の神秘を神話や伝説とは違った側面から解き明かしたのが、自然科学と言って良い。そして科学技術が発達したおかげで、人は夜も昼間と同じように活動できるのだ。
 
そう考えると、星空に私たちはもう少し敬意を払ってもよい。敬意を払うという大げさなことをいわなくても、たまには星空を見上げてもいいのではないか。時には都会の喧噪を忘れて、夜空を眺めてリラックスするのはどうだろうか。
 
では、そんな時には、どうすればよいのだろうか。基本的には、街明かりからできるだけ離れることだ。一言で言えば、街から遠く離れた山の上が、星空を眺めるのには最高だ。それこそ、星の数ほど数え切れないくらいの星達が私たちを待っている。都会では見えない天の川も、その輪郭がくっきりと浮かんでくる。まるで、そこだけ夜空が白んでいるような錯覚を覚える。織り姫と彦星が年に1度しか逢えないのは、天の川が激流でそんな簡単には渡れないと勘違いしてしまいそうだ。筆者はかつて夜の奥日光にでかけたことがある。雲が切れて姿を現した星空に、ものも言えずにただ眺めるだけだったのを、20年以上たった今でも今夜の事のように思い出される。
 
しかし、星空を観るために遠出をするのも大変だ。ただでさえ毎日の生活に疲れているのに、時間と手間を掛けて星空を眺めにでかけていたら、それこそ疲れ果てて倒れてしまいそうで、逆効果になりそうだ。
 
では、そんなに忙しくて疲れた人に、処方箋を出してみたい。
たとえ遠くに行けなくても、せめて街明かりより高いところに行けばよい。星空が見えないのは、街明かりで星の光がかき消されてしまうだけでなくて、街明かりで目がくらんで星がよく見えなってしまうからだ。だから、目がくらむような明るい光よりも高い場所に出られれば、たとえ都会であっても星空が少しは見えるようになるだろう。
 
さっきは、星空がみえなくなって困る人はほとんどいないと書いたのだが、実は困っている人達がいる。それは、職業として天体を観測しているのを生業としている人達だ。そんな人達は、どんな対策をとっているのだろうか。
 
昔の東京天文台、今でいう国立天文台は東京都三鷹市に本部がある。年に1度の一般公開日に行ったことがあるのだが、今では使われていない機材も見学することができて、興味深かった思い出がある。天文台が開設された当時は、三鷹の夜空は星達で溢れかえっていたことだろう。しかし、今の三鷹市は夜空が明るくて、望遠鏡を使って天体観測できる環境ではない。従って、戦後に製作された大型の望遠鏡は、本部のある東京から離れた夜空の暗い場所に設置された。しかし、話は国内だけで終わらない。天文学の発展にはより大型の望遠鏡が必要となるが、大型望遠鏡の性能が十分に発揮できるような場所は、国内からなくなってしまった。そこで、目をつけたのがハワイ島のマウナケア山頂だ。確かに、都会から遠く離れた山の上という条件は、天体観測にはうってつけの場所だ。このように、日本のすばる望遠鏡を始めとして、世界各国の大型望遠鏡が所狭しと、ハワイの山の上に設置されているのだ。
 
以上のように、星空の謎を解き明かすことを契機として始まった自然科学によって、私たちの生活は便利になった一方で、そのしわ寄せが天文学に来ているのは、なんとも皮肉な話である。罪滅ぼしになるかどうかは別として、私たちが天文学にとってできることはないだろうか。
 
実は、私たちの生活の中でできそうなことはいくつかある。例えば、街灯の形状を少し変えるだけで、視認性が大きく改善されることがある。街灯というのは道路を照らすためにあるのだが、横向きの光や上向きの光は道路を照らすのには役に立っていない。横向きの光は直接的に目に飛び込むことで視界を幻惑してしまい、視認性を下げるだけの結果となるし、上向きの光は光として全く役に立っておらず、エネルギーのロス以外の何物でも無い。そこで、横向きや上向きの光を反射板で下向きに変えることにより、より効率的に道路を照らすことができるようになる。街灯の一灯や二灯くらいでは大した改善にならないかも知れないが、塵も積もれば山になる。日本各地で街灯を改善することで、便利さを損なうことがなくきれいな星空を取り戻すことにつながる。
 
ところで、最新の天文学は光だけを扱うのではない。自然科学の分野の一つである電磁気学の発展に伴い、遠い星から発せられる電磁波も、研究の対象になっている。後で述べるが、ここでも私たちの生活と天文学との間で、より深刻な摩擦が生じているのだ。
 
電磁波を観測することで、光ではわからなかった出来事が解明されつつあるだが、これは、宇宙の誕生や生命の進化の謎を解明するには、大きな手がかりとなり得るのだ。しかし、遠く何十光年も離れたところから来るので、電波はとても微弱だ。確か、携帯電話の1億分の一のそのさらに10億分の一の微弱な電波だという。そんな微弱な電波をキャッチするには、巨大な聞き耳を立てる必要がある。国内にある大型の電波望遠鏡は、長野県の野辺山にある直径45mの電波望遠鏡が知られているが、実はその大きさではまだまだ足りない。といっても、今の技術では、直径100mクラスのものを作るのが限界である。これで万事休すなのか?
 
実は、電波ならではのとても都合がよい特性を利用すれば、この問題を解決する糸口が見つかる。世界各地の電波望遠鏡を精密にリンクして、一つの巨大な電波望遠鏡を創り上げれば良い。これは、光学望遠鏡では絶対にできない、電波望遠鏡ならではの特性だ。理論的には、地球の直径よりも大口径の電波望遠鏡を仮想的に創り上げることができるのだ。
 
ところが、この電波天文学という分野が、現在、重大なピンチを迎えているのだ。
 
私たちの身の回りでは、電波の力を使ってとても便利になったものがある。例えば、車のナビゲーションでは、GPSというシステムから電波を受信して、自分の正確な位置を即座に割り出すことができる。他にも、衛星通信を使って、世界中の映像をリアルタイムに居ながらにして見ることができる。これは、電波望遠鏡の立場からみれば、巨大なノイズの発生源が宇宙空間を漂っているように見える。
 
さらに、ノイズの発生源は宇宙空間だけではない。電波望遠鏡からみれば、私たちの生活はノイズの発生源であふれかえっていると言える。スマホ、無線LAN、車載ミリ波レーダー、これらはいずれも電波を放射している。これらの機器のおかげで、私たちは安全で快適な生活を送れているのだが、電波天文学にとっては大きな危機である。
 
便利な生活と引き換えに、危機を迎える天文学。これは先ほどと同じ構図である。
では、どのようにして解決策を探ればよいのだろうか。
 
実は、中国でも同じような問題が生じた。そこで中国政府は、天文台の周囲5キロ以内に居住する住民を強制的に退去させて、電波的にクリーンな状態を創り上げたのだ。しかし、これは政府の力がとても強い中国だからできることであって、日本ではこんなことはできない。それについて、日本で実際にあった天文学と業界とのせめぎ合いを書いてみたい。
 
車に搭載するミリ波レーダーの電波は、電波望遠鏡で観測する波長がほぼ一致している。これは、電波天文学にとって大きな障害になりうる。そこで、天文学者達は、電波望遠鏡から半径数キロ以内では、車載ミリ波レーダーの機能を自動的に停止するように政府に要望を出した。当然、この要望は自動車業界にとっては受け入れがたい。せっかくミリ波レーダーを積んで衝突のリスクを下げたのに、天文台の前で自動的に機能が停止させられてしまったら、そしてその時に事故が起こってしまい、運転者や搭乗者が負傷してしまったらと考えると、天文学と引き換えに安全性を犠牲にするわけにはいかない。こうしたことを踏まえた自動車業界側の回答は、電波望遠鏡から数百メートル以内ならミリ波レーダーの機能を停止してもよいということだったが、天文台の敷地面積を考えると、これは事実上のゼロ回答だともいえる。結局のところ、電波天文学と自動車業界との間では、ミリ波レーダーの停波について何ら合意は得られていない。
 
以上のように、私たちの生活が便利になるということは、天文学にとっては必ずしもプラスになるとは限らない。だからといって、天文学が停滞してしまうことは、長期的に見れば私たちの生活にも負の影響を及ぼしかねない。それがたとえ100年の計を超えるような長い時間のスパンであったとしても、私たちは何等かの方法で、便利な生活と天文学の発展について、折り合いをつけなければならない。ミリ波レーダーだって、20世紀までは無くてもやっていけたのだから、少しくらいは不便を受け入れるを良しとはできないだろうか。
 
最後に、少し過激なことをいってみる。
今はコロナウイルス対策で、飲食店を初めとして短縮営業の動きが広まっている。関係する業界の人達にとっては死活問題であるが、これを機に昼も夜ものべつくまなく活動する生活を見直すきっかけになればと、筆者は考えている。時間がたてば、いずれは元の生活に戻るのだろうが、少しでいいので、星空を初めとする自然に親しむ時間を増やしてくれることを願いつつ、筆を置きたい。
 
 
 
 
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2021-09-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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