白蛇のつかい
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:多紀理 めい子(ライティング・ゼミ10月コース)
「私ってどうしていつもこうなんだろう……」
信頼していた人との関係が、また悪化してしまった。ちょっとした誤解から人間関係の修復が難しくなり、それがきっかけで職場を一つ失った。昔ながらの厳しいバレエ教室。大切な場所だった。私は師の信頼を失った。
あの頃その職場とは別に、老舗のスタジオでもバレエを教えていた。そこは昔ながら教室とは違って、好きな時間帯、好きな講師を生徒が選んで受講するオープンクラスだった。バレエ団にいた経験もなく、OLを経てバレエ講師になった特殊なキャリアを持つ私のクラスに通ってくる生徒さんは、目的がはっきりしている方が多かった。私は人気講師ではなかったので、いつも生徒さんは少なく、そのおかげでひとりひとりの顔をよく覚えていた。
ある日のレッスン後、たまに見かける身なりのきちんとした女性が話しかけてきた。この生徒さんはとても印象的で、センスの良いレッスンウェアに、メイクも髪型もネイルも完璧。有名な起業家の方かなと、勝手に想像していた。気さくな感じではなく、雑談もほとんどしたことのない彼女が突然、私にこう言った。
「先生、先生のスタジオの近くにある神社に行かれたらいいですよ」
あまりに突然のことで驚いたのと同時に、何かに勧誘されるのではないかと少々不安になった。私は一生懸命平静を装いながら、こうこたえた。
「ホームページ見てくださったのですね。ありがとうございます。そうなんです。近くに大きな神社があって、景色もよくて」
実はよくあることなのだが、生徒さんたちは講師のホームページや出演情報をネットでよくチェックしてくれていて、突然その話題を振ってきたるする。もう慣れたつもりだったが、この時はぎくりとした。
「先生、次の木曜日は己巳の日といって、とてもいい日ですからぜひ行ってください。きっと助けてくれますよ」
その言葉を聞いて、さらにドキリとした。私は職場を一つ失ったばかり。タイミング悪く、その少し前に勢いで自分の教室もオープンさせたばかりで、無謀なことをしたものだと焦りを感じていた。
「私、最近ちょっとつまずいていて、大事なものを失ったばかりなんです。教えてくださってありがとうございます」
私はつい素直にこたえてしまった。すると彼女は全く表情を変えずにこう言った。
「大事なものを手に入れる前には、必ず何か大きなものを失いますから。特に今年はみんなそういう時期でもあります。先生、大丈夫ですよ」
その女性は、色白で目が大きく美人だったが、その言葉でさらに神秘的に見えた。これまでこんなに彼女の顔をまじまじと見たことはなかったが、なぜだか急にその女性のことが、白蛇のつかいのように思えてきた。
己巳の日。調べると、確かに60日に一度だけやってくる神社参拝に縁起の良い日のようだ。最近のパワースポットブームもあって、そのことに関する記事はすぐに見つかった。自慢ではないが、占いや宗教にはまったことはないし妄信することもない。芸術の世界はとても厳しい。仲間のように立派なキャリアがない中、やっとの思いで仕事を得た私は、この世界では、ほかでもない自分しか頼りにならないことをよく知っている。けれどもこの時は打ちのめされていて、こんなに努力しているのに、私から人が離れていくのはやはりキャリアが足りないからだろうか。バレエを教えるには、みんなと比べて容姿が劣っているからだろうかと悶々としていた。
次の木曜日、己巳の日に私はその神社に散歩がてら一人で行くことにした。願い事をする気にはなれなかったけれど、神社は人で賑わっていてそれなりに楽しい気持ちにさせてくれた。手を合わせ、ただ目をつぶっていると、ちょうど西日が差したのを感じた。閉じた瞼に陽の光があたり、とてもあたたかかったことを覚えている。
「先生、心に浮かんだことがこたえです。合図がありますから必ずわかりますよ」
あれから二年が経った。今はあの頃勤めていた都内の老舗スタジオも、もう辞めてしまい、手元に残ったのは自分で開いた教室のみ。けれども、それは2つに増えている。気が付いたら生徒が増え、クラスが増え、教室が増えていた。
あの時手を合わせて心に浮かんだことは、もう覚えていない。けれども今にして思えば、やっと自分の心と静かに向き合えた時間だった。当時は人の目を気にして、誰かの期待にこたえようとしてばかりで、こたえられないと自分を責めるの繰り返し。本当に自分が望んでいることが見えていなかった。あの女性から言われた、「心に浮かんだことがこたえ」に耳を傾け、この二年間は目の前のことに必死になれていたのかもしれない。
例えば願いが叶う神社があったとして、なんの努力もせずいきなり叶ってしまったら、それはそれで恐ろしい。失敗しながらでも、自分の頭で考えたことをコツコツと続けてみると、やがて深い納得が訪れる。その過程を振り返った時に築かれているものこそが、自分にとっての大きな財産なのだろう。
あれから、一度もあの女性には会っていない。あの時なぜ、突然あんな言葉をかけてくれたのだろうと、今でも時々思い出している。
***
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