致命的なミスを犯してしまったとき
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:那須信寬(ライティング・ゼミ日曜コース)
教員になった一年目。僕は致命的なミスを犯してしまった。
「先生! どうしてくれるんですか?」
「先生のせいじゃないですか!」
生徒みんなが僕を責め立てるように叫んでいた。
僕はどうしいいのかわからずその場に立ったままだった。
とある中学校で避難訓練が行われることになった。説明プリントが机の上に置かれていた。一通り目を通した。
今回の訓練の目的は「不審者対応」である。学校に刃物を持った不審者が侵入したことを想定して、先生と生徒が協力して安全を確保することが求められる。
不審者役の先生が校舎内に入る。第一発見者の先生が放送を流す。犯人を刺激しないために、放送用の合言葉が決まっていた。その学校の合言葉は
「教頭先生お電話です。〇〇〇のお電話をお取りください」
都内の公立中学校には現在、教頭先生という役職は存在しない。その放送が流れたら不審者が侵入したことを意味する。
プリントを読み終えると隣の席のベテランの先生が教えてくれた。
「うちの不審者対応は本格的なんだよね」
「そうなんですね〜」
と返したが、僕はどこか他人事だった。避難訓練を指示するのは担任の先生で、僕は副担任で教室にはいかない。だから僕は本格的な避難訓練を間近で見られる貴重な機会だと思い少しワクワクしていた。おそらくお客さんのような気持ちだったのだろう。
避難訓練当日、午前中の授業を終え、職員室でお昼を食べながら午後の準備をしていると一人の先生が戻ってきた。
「すいません、体調が優れないんです」
体温計で熱を測ると「38.5℃」
立派な風邪である。その先生が早退することになった。その先生は担任だった。午後の避難訓練はどうなるのだろう。僕は少しだけ緊張しながらもまだ他人事だった。
避難訓練担当の先生が職員室に戻り、ついに僕の目を覚ます恐ろしい言葉を口にした。
「空いてる先生は…… 那須先生しかいませんね。では那須先生、2年3組に入ってください」
え? おれ? まじで? なにも準備していない。やばい!
そこから一回しか読んでいない説明プリントをもう一度読んだ。
読んだが、緊張からか内容が全然頭に入って来ない。どうしよう。
そんな緊張を察知してくれた隣の席の先輩が
「大丈夫、去年一度やってるから生徒がわかってるよ!」
何という素晴らしい励ましの言葉!
よし、生徒を信じよう!僕は意気揚々と準備をして教室に向かった。
避難訓練の時間が始まる。教室に入ると生徒から、
「あれ? 那須先生なの? 〇〇先生は?」
体調不良だと説明すると
「那須先生で大丈夫かな?」
その発言でクラスのみんなが笑っていた。
僕は説明プリントを読みながら、放送の指示を待った。始まりのチャイムの5分後に放送が入ることになっている。
5分経った。
「教頭先生お電話です。職員室前のお電話をお取りください」
放送が入った。生徒に伝える。
「今、学校に不審者が入りました。落ち着いてください」
説明文には放送の後、
「バリケード開始!」
と書いてあった。クラスみんなでイスを持ってドアの前にバリケードを作るのだ。
僕は放送の指示を待った。
2分ほど経っただろうか。一人の生徒が
「先生、バリケード作らないんですか?」
え? 放送の合図があるんじゃないの?
僕はもう一度プリントを見た。
「バリケード開始!」 は放送ではなく担任から生徒への指示だった。まずい!
「急いでバリケード作って!」
「前と後ろはどっちですか?」
前と後ろ? あっ、そうだ。 教室の前のドアと後ろのドアの分担がどこかに書いてあった!
見つけた。
「出席番号、奇数が前、偶数が後ろ!」
そう指示を出した直後、隣の教室から大きな声がした。
「うぉおい! 邪魔だぁあ!」
隣のクラスに不審者が来ている。
ようやく椅子を持ち上げた生徒たちがバリケード作りを始めようとしたとき、勢いよくドアが開けられた!
「おい、なんだこのクラスは! バリケード作ってないじゃないか!」
椅子を持っていた生徒も僕もどうしていいか分からず呆然と立ち尽くしている。
沈黙に耐えきれなかったのか、教室の後方の生徒たち何人かが、クスクス笑い始めた。
不審者役の先生が
「何笑ってんだ! もっと真剣にやれ!」
再び静まり返ったところで、不審者役の先生は次の教室に向かった。
誰一人声を発することなく時間だけが過ぎた。放送が入る。
「全校生徒は体育館に集まってください」
僕はクラスの生徒を体育館に連れて行った。
全校生徒に向けて、不審者役の先生が避難訓練の総括をした。
「みなさん、きちんと対応していました。もし万が一、このような事態が起こった場合、今回の訓練を活かして冷静に対応してください」
そして、少し間を置いた後
「ただし、2年3組の生徒! 何もしていませんでしたね。非常に残念です。笑っている生徒もいました。ちゃんと反省して、次の訓練ではしっかりやってください!」
僕も生徒も下を向きながら、話が終わるのをじっと待っていた。
教室に戻ると、生徒たちが僕を責め立てた。
「先生! どうしてくれるんですか?」
「先生のせいじゃないですか!」
僕はなんと言えば許してもらえるかわからず、下を向いて立ち尽くしていた。
「なにか言ってください!」
一人の生徒の発言で、何か言わなきゃ、と思い口を開いた。
「今回の件で、バリケードができなかったこと。そのせいで教室で怒られたこと。体育館でもみんなの前で怒られたこと。全部、僕のせいです。すみませんでした」
僕は深々と頭を下げた。許してもらえるとは思っていなかった。思い返せば、最初にプリントを読んだときから真剣じゃなかった。自分が担当になるとわかったときでも、先輩から「生徒がわかってる」と聞いて、「生徒を信じる」という都合のいい言葉で自分の課題から目をそらした。緊張で頭に入らなくても、何度もプリントを読み返せばよかった。わからなければ先輩たちに質問すればよかった。僕が仕事を甘く見たせいで生徒たちを傷つけてしまった。僕は顔を上げることができなかった。沈黙が続いた。
すると一人の生徒が口を開いた。
「みんな、もう忘れよう! まぁ、今回は俺らが笑ったのも悪かったし」
「そうだね」「うん、忘れよう」「ほら先生。帰りの会早くして~」
口々に生徒たちが切り替えようとした。僕は必死に涙をこらえていた。帰りの会を手早く済ませると、生徒たちは明るく帰っていった。
「じゃあ、先生、また明日ね~」
僕はその日以来、配られたプリントに隅々まで目を通し、頭の中でシミュレーションをするようにした。すると、他の仕事でもミスが極端に減った。
その学校での勤務は1年で終わりになり他の学校に移ることになった。最後の日にたくさんの生徒から手紙をもらった。その中の一つにあの避難訓練のことが書いてあった。
「生徒にあんなに真剣に謝ってくれる先生を初めて見ました。私も、何かミスをしたとき、先生みたいにきちんと謝れる人になろうと思います」
ミスがないように準備することも大切だ。ただし、ミスをした後の方がもっと大切だと思う。2年3組の生徒が怒られているとき、僕は心の底から反省していた。その反省をただ、言葉にした。だから生徒に伝わったのだと思う。
僕のミスで生徒を傷つけてしまったこと、それを許してもらえたこと。
「忘れよう」って言ってくれたこと。
僕は一生忘れません。
***
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