パラパラチャーハンは俺にまかせろ!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:高井不二生(ライティング・ライブ大阪教室)
あの懐かしいチャーハンの味に再会したのは、10年くらい前のこと。
地方都市への出張帰りに、駅まで通じる道を20メートルほど手前で右に折れて路地裏に入ると、左右に店の看板や提灯、暖簾が並ぶちょっとした小さな通りがあった。
その中で、店から漏れている中華の香りに引き込まれるように、一軒の中華料理屋に入った。
「いらっしゃいませ~ こちらへどうぞ!」
ホールを担当しているおばさんの明るい声に招かれて、10人ほど座れるカウンターの端っこに座った。メニューを見ながら、チャーハンと餃子、そしてビールの小瓶を注文した。
初めて入る中華料理の店では、大抵このパターンだ。チャーハンの旨い店は、他の料理も旨いと思うし、何よりもこの組み合わせが大好きなんだよね。
オーダーが通ると、厨房に立っていた60代くらいの背の高いおやじさんが、
「あいよ~」と言いながら中華鍋に油を引く。
ジュワ~という音の後に、具材を炒め始めた。
先に出て来たビールをグラスに注いで、飲みながらその光景をぼんやりと眺めていた。
鍋とお玉が擦れる音と一緒に、時おり調味料を入れて具材を炒める。
(いい香りだ)
それから、ご飯を入れて混ぜ合わせていく。
(おお、パラパラだ。おいしそう)
鍋の中で踊っている米が、黄金色に輝いていた。
最後はお玉にチャーハンを掬い取り、中華皿へ盛り付ける。
「へい、お待ちどうさん!」
カウンターの向こうから、おやじさんが直接チャーハンを手渡してくれた。
手元に置くと、醤油や胡椒で炒められたいい香りがした。
レンゲですくって一口食べる。
(ん? 旨い! この味は……)
久々に出会えた特別な味だった。
僕の母は料理上手な人だけど、何故かチャーハンはあまり美味しいと感じなかった。
子供を大きく育てようとしてか、具材の肉やら野菜がたっぷりと入った、炒め飯みたいな感じだった。
そんな幼少期のある日、近所の中華料理屋に家族で入った時に食べたチャーハンの味が、家で食べるものとはまるで違って、あまりの美味しさにびっくりした。パラパラで、少し厚めに刻まれた焼き豚も脂がのっていて、最高に旨かったのを子供心に覚えている。
その後、引っ越しをしてから、中学生から社会人へと成長してゆく中で、様々なお店でチャーハンを食べたが、なかなかその時の味に出会えなかった。普段は忘れていても、お店でチャーハンをオーダーすると、あの子供の頃に食べた味を思い出していた。
その味にそっくりなチャーハンに、出張先で出会ったのだ。
感動のあまり出張から戻ると、何故かチャーハンに関する情報に注意がいくようになった。書店へ行くと料理本を手に取り、チャーハンの作り方のページを読んだり、チャーハンに関する料理番組は必ず見た。
そして、自分で作りたくなった。
あのパラパラチャーハンの味を自分で再現するために。
家にある中華鍋を使って、冷や飯を使ったり、米を炊くところから始めたりした。
家族へはサプライズを狙って、誰も居ない時にこっそり練習を重ねた。そして、ついに、自分で納得がいくパラパラチャーハンができた。子供の頃の味を完璧には再現できなかったけど、それにほぼ近い自分バージョンのパラパラチャーハンが完成したのだ。
そして、家内と息子が家に居るある休みの日。
「今夜の晩御飯、僕が作るよ」
と言うと、
「えええ~ 噓でしょ!」
家内は本当に驚いていた。
なんせ台所に入る時は、冷蔵庫の中を物色するか、妻が作る料理をつまみ食いするしかしない人だから。
「ホンマ、ホンマ。チャーハンつくるよ」
「チャーハン? できるの?」
「まあ、見ててくれ」
そして、僕は米を炊くところから始めた。
パラパラチャーハンのコツその1。
炒める米は固めに炊き上げる。冷や飯でもいいが、その時はレンジでチンして温める。
その心は、パラパラにするには、炒める前にいかに米から水分を飛ばしているかが勝負だから。
そして、玉ねぎ、人参、焼き豚、ニンニク、ネギなどの具材を刻んでいく。
これは慣れてないので、家内がやるほど綺麗にカットできないけど、それも男料理の醍醐味ということで目をつぶってもらおう。それらを適度に炒めておく。
「わ~ ホントにやってる。火傷しないように気を付けてね」
なんか褒められているのか、小馬鹿にされているのか分からないが、後で見てろという気持ちで続ける。
「さ、いよいよ、ここからが勝負」
そう言って卵を一つ割り、小さなボールの中でかき混ぜる。そして茶碗に固めに炊いた米を入れる。
パラパラチャーハンのコツその2。
一人前ずつ作る。その心は、家庭のコンロの火力は中華料理屋よりも弱いから。
「へええ、なんか手際いいね」
「だろ。切るのは上手くないけどね」
コンロの上の中華鍋に、大さじ一杯の油を入れて強火で加熱してゆく。
鍋から煙が出始めた頃合いを見計らって、まず刻んだニンニクを入れ、続けて解いた卵、お茶碗一杯のごはんを投入して素早く炒めていく。お米に卵が絡まるように。
パラパラチャーハンのコツその3。
米一粒一粒に卵をコーティングすることによって、パラパラ度が格段に上がる。
2~3分で米がパラパラに炒まったところで、先に少し炒めておいた具材を混ぜて更に炒めて行き、両方が馴染んだところで鍋肌に醤油をさっと振りかける。
ジュワ~という小気味よい音と共に、香ばしい香りが広がる。醤油をチャーハンに絡めながら、塩コショウを適度に振りかけてゆく。
パラパラチャーハンのコツその4。
醤油は、直接チャーハンにかけるより、鍋肌にかけた後で絡ませる。これが香ばしさの秘訣。
「わ~! いい匂い!」
家内はちょっと感動したようだ。でも、これからあと一押しするから見てなよ、なんて思いながら、マヨネーズを取り出す。
「え、マヨネーズ?」
「隠し味さ」
そう言って炒まったチャーハンの上に少しかける。
多過ぎるとべとつくが、少ないと隠し味が出ない。
この微妙な調整が肝なんだよね。
その後、小さくちぎって洗っておいたレタスを少し加える。
「ああ、レタスだ、なるほど」
「そうそう、これでシャキシャキ感が出るからね」
火力はずっと強火に保ったまま、炒める手を緩めない。
ちょっと味見をしながら、塩コショウを足したりする。
「最後の仕上げだ」
そう言って、僕はゴマ油を取り出して、鍋肌にかける。
またジュワ~という音がしてゴマの香りが漂った後、それをチャーハンに絡ませる。
そして、中華鍋を持ち上げてゆすりながら、手首を使ってパラパラのチャーハンを宙に舞わせた。まるで、中華料理人のように。これも練習したんだよなぁ、と思いながら。
パラパラチャーハンのコツその5。
隠し味は、最後に適量を投入して味を調える。
出来上がったチャーハンをお玉で掬い、中華皿へ盛り付ける。
「へい、お待ちどうさん!」
そう言って、カウンターキッチンの上に置いた。
「え~! 凄いじゃない!」
「ふふ、まあ味見してみてくれ」
びっくりした家内は、できたてのチャーハンに鼻を寄せながら食卓へ運ぶと、レンゲで一口
味わった。
「うそ~! 美味しい!」
その言葉に、僕は得意げにⅤサインを出していた。
もちろん、この日から、チャーハンだけは僕の担当料理となった。
今では、バリエーションとして、海鮮チャーハン、キムチチャーハンもできるんだ。
***
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