ハリセンボン上司とのタイマン
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:鳥平純子(ライティング・ライブ大阪会場)
「大丈夫でしたか? なかなか戻らないから、事務所がざわついてましたよ」
心配して駆け寄ってくれた後輩に悟られぬよう笑顔を作る。
「いや〜、取り調べ受けてる被告人の気分やったわ。けど、私が蒔いた種やから自分で処理するわ」
「いやいや、先輩は何も悪くないですよ。この会社がおかしいんです」
……あ、ダメだ。泣いてしまう。
今、やさしい言葉を掛けられると涙腺が崩壊する。
ごめんとポツリ言い残し、トイレに逃げ込んだ。
上司に呼び出され、2時間ほど二人きりの密室で、仕事のことや、私の考え方の至らない点を指摘された。ちょっとした映画が見れる長さだ。、
今日は母が高熱を出しているから早く帰りたかったのに。
そんなことなど知らない上司は、いかに私の行動に問題があったのかを丁寧に説明してくれた。
最後に「私、記憶力いいから忘れへんで」とトドメを刺されて終わった。
ここまで言われるようなことだろうか。
失敗したり、至らぬ点があることは誰にでもあるだろう。
注意されたことを改善しようと反省している相手に、更に追い討ちをかけて、トドメを刺した先に何があるんだ?
もはや指導の域を超えていた。
理不尽に、絶え間なくグサグサと刺さる針の痛みを抑えるためにひたすら謝り続けた。
だんだん思考が麻痺してきた。、
「ダメな人間なんだ、私は……」
もしかして、世の中で溢れる自殺や、うつ病はこうして生まれるのかな?
トイレに逃げた私の様子を見に来た後輩にも謝る。
「ごめん、こんなダサい先輩で……」
「そんなことないです。私の中ではめっちゃめちゃ尊敬する先輩なんで」
あまりにキッパリという彼女の言葉にハッとした。
この子は私のことを尊敬してくれているんだ。
いかに自分がダメな人間であるかを理路整然と説明されたせいで忘れていたが、半年前に日頃の頑張りが評価されて給料が上がったばかりではないか。
それに、少し前に他部署の同期が「他部署の人のことまで考えて仕事をしている姿勢を見習いたい」と言ってくれていたではないか。
あの上司一人が酷評なだけで、全員からではない。
何でこんなことにすぐ気付けなかったんだ。
ふと思った。
あの上司、まるでハリセンボンみたいだ。
自分の身に危険が迫ったら、針を立てるハリセンボンみたいに、自分のものさしに合わないことがあると、針を立てて攻撃する。
悪いことをしたのだから、針千本飲んで苦しめ! と言わんばかりに徹底的に刺し続ける。
思い返せば私にだけではなく、他の人にもそんな態度だった。
刺さった針を一つ一つ抜きながら、なぜ刺さったのか、そもそも、刺された真意は何なのかを考えた。
おそらく、冷静な視点というより、自分の私情や感情の要素が多い気がする。
至らない点があったことは受け止める。
でも、だからといって私の全てがダメな訳じゃない。
それに、針を刺されたとしても、私がやることは変わらないんじゃないか?
与えられた役割を全うする。
自分がいいと思ったことをする。
もし、それが間違っていたら改める。
ただ、それだけのことだ。
徹底的な攻撃を受けて思った。
何で私がこんな目に遭うんだろう。
もしかしたら、因果応報のように私が誰かに似たようなことをしてしまったから返ってきたのかも知れない。
もし、本当にそうだとしたら……
こんな恐ろしいことは絶対にしてはいけない。
相手のことを考えて、言葉や態度に気を付けないと。
針を刺さない。
針を刺されない。
針が刺さったとしても動じないくらいになりたい。
どっからでも刺してこい!
全部やさしさに変えてやる! と言えるくらいになりたい。
尊敬してるといってくれる後輩に、やっぱりあの人はかっこいいと思ってもらいたい。
よし、明日から何事もなかったかのように振る舞おう。
気持ちを立て直して会社に向かう。
「おはようございます!」
お、いい感じに明るい挨拶が出来た。
よし、いい感じだ。
後輩がそっとチョコレートを手渡してきた。
少しでも励まそうと用意してくれていたことが本当に嬉しい。
(……げ、苺のつぶつぶがあるタイプのチョコだ)
私は苺が苦手だった。とくにあのつぶつぶが。
せっかくのご厚意を無碍には出来ない。
包みを開けて、一粒食べる。
ん! うまっ!
甘酸っぱさとつぶつぶ食感のマッチが最高だ。
苦手だと思っていたが、案外いけるのかも知れない。
ふと、ハリセンボン上司の姿が目に止まった。
もしかしたら、あの人も何かに苦しんでいるのかも知れない。
針で刺されるのも痛くて嫌だが、刺す方もきっとしんどいはずだ。
いつか、このチョコをお裾分けできる関係になれたらいいな。
***
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