思考を止めるな!
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:橋本 とおる(ライティング・ゼミ12月開講コース)
夢に出てくる人物で、『ドキッ』とする人はいるだろうか。心ときめく『ドキッ』ではなく、冷や汗が出るような『ドキッ』である。
「ヤクザみたいで怖い」
T先生はそんな印象だった。
陸上部の部活見学に行ったとき、部員を怒鳴り散らしている先生が目に入った。サングラスをかけていて表情がよく見えない。身長は平均男性より低めだが、そこにいるだけでオーラというか……異様な凄みがある。
中学校に入ったばかりの私はバスケットボール部に入りたかった。ところが、ちょうど私が入る年に廃部になってしまったのだ。私が入部できる部活は、陸上部、卓球部、”文化部”という3つの選択肢しか残されていなかったのである。「T先生はすごい人だから面倒を見てもらったほうが良い」という兄の言葉を受けて陸上部に入部した。
陸上部の練習は問題なくついていくことができたし、人間関係も良好とは言えなかったが、素敵な仲間ができた。与えられる練習をこなす日々の中、”それ”は突然起こった。
「集合!」
先生の怒鳴り声に何事かと思い集合すると、5分くらい罵声を浴びせられた。お説教をされたようだが、なにを言っているのか全く理解できなかった。捨て台詞のように「考えろ!」と言い残し、去っていってしまった。
先輩たちの顔を見ると「またか……」「で、どうする?」という心の声が聞こえてきた。えっ! そんな何度も起こるものなんですか?
部活どころではなくなってしまったため、そこから炎天下の中、話し合いが始まった。「自分たちの何がいけなかったのか」「これから自分たちはどうするべきか」などの考えをまとめ、男女の代表が先生に報告しに行く。ちなみに部長はこの部活には存在していなかった。理由は「部長を務められる人間がいないから」だそうだ。
―とんでもない部活に入ってしまったかもしれない。
心底後悔したが、「辞めます」と言い出す勇気はなかった。入れる部活が3つしかない小さなコミュニティーである。これからの学校生活に支障をきたしかねない。なにより先生が怖すぎて言い出せない。
……やるしかない。やりきるしかない。
炎天下の話し合いは3日続いた。熱中症になりかけて意識が朦朧とする。普段使わない頭を使い、考えて出した答えは覚えていないが、ようやく姿を現した先生は諭すように話し始める。
「練習ができることを当たり前だと思うな」「自分がいるこの環境を当たり前だと思うな」「自分を支えてくれる人たちに感謝して、お前たちは励まなければならない」
―ああ、そういうことを伝えるために……
言っていることは頭では分かった。分かったが……その伝え方というか、やり方に納得できなかった。多少イライラしたけど、やっと解放されていつもの練習ができることに安堵した。
「お前らは気がつかない」「お前らにはフィールド競技をやる資格がない」「帰れ!」
3~4ヶ月に一度、この指導はやってきた。
「帰れ!」と言われたら「あ、帰っていいんだ」と思うかもしれないが、帰る人は一人もいなかった。本当は帰りたかった。
1年たっても2年たっても、先生の真意を全く理解できなかった。言っていることはめちゃくちゃだけど「なるほど」と思うこともあった。でも、伝え方はやっぱり納得できなかった。どんなに実りある話をしてくれても尊敬できなかった。先生の車が視界に入ったり、先生の足音が聞こえると緊張で息が苦しくなった。先生と話をするたびに声が震えた。部活が始まるころには腹痛に襲われ、先生が声を荒げると委縮してしまうくらい恐怖の対象になってしまった。
しかし、そんな先生の言葉を理解できる人が何人かいた。
彼らは先生の言葉を自分なりに考えて行動に移すことができた。当然『気づき』があった人のことを、先生は目をかけて指導する。呼ばれ方が、”苗字”から”名前”に変わるのがその証拠だった。
朝練前に毎日グラウンドを走り続ける人、陸上業界の情報収集をして自分を分析する人、「幅跳びがやりたいので、課題をクリアしたらやらせてほしい」と直談判に行く人……
言うまでもなく、彼らは大会で好成績を残した。
私は、陸上競技をすることに目的を持っていなかった。入部の理由もなんとなく、兄に勧められたから。毎日先生の顔色を伺いながら与えられる練習をこなしていく。目標はあっても、達成するために人並みの努力しかしていない。
「練習ができることを当たり前だと思うな」「自分がいるこの環境を当たり前だと思うな」「自分を支えてくれる人たちに感謝して、お前たちは励まなければならない」
その言葉を受けて、その先まで考えて取り組まなくてはならなかったのだ。
私は退部する直前になって、ようやく気がついた。
時は流れ、社会人として働きだした私は絶望した。
『この世は理不尽なことで溢れている』
自分のせいじゃないのに一方的に責められたり、同じ仕事をしているのに正社員と待遇が違ったり、規定通りの服装をしているのに「気に入らない」と注意される……
たくさんの理不尽に直面した。
”学生”の仮面を外して社会に出た途端、理不尽の海の中に投げ込まれるのだ。生きて行けるだろうか。
―その時「ハッ!」とした。
先生はあの時、わざと理不尽な状況を作って、どう対処するのかという予行練習をさせていたのではないだろうか。
だから常々「考えろ!」と言っていた。
それに気がついてからは、見える世界が変わった。
度数が合わないメガネをかけ替えたみたいに、世界がはっきり見える。
中学生の私は先生の真意が理解できなかった。時間がかかってしまったけれど、大人になってからようやく分かった。
『考えることは、生き抜くために不可欠だ』
T先生が夢に出てくるたびに背筋が伸びる。自分は常に考えて生きているか。
自分は本当にこのままで良いのだろうか……
様々な思考を巡らせながら、今日も私は生きていく。
***
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