今度プレイするときはビアンカを選ぼうかな《週刊READING LIFE Vol.155 人生の分岐点》
2022/1/31/公開
記事:山田隆志(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「今度こそはビアンカを選ぼう」
長い冒険が終わり電源をオフにしてから、そう心に決めたのだった。
このフレーズで察することができる方は私と同時代を生きたゲーム好きといって差し支えないだろう。そうドラゴンクエスト5における人生の分岐点のことである。
ドラゴンクエスト5というのは、主人公を含めた親子三代での人生をかけた冒険である。様々なモンスターを仲間にして育て上げることが最大の売りであり、後にライバルとなるポケモンにも影響を与えたといえる。
それ以上に全国の男性プレイヤーを大いに悩ませたイベントがあった。主人公が生涯かけての冒険に「結婚」が含まれており、あろうことか2人の女性キャラを選ばなくてはいけないのである。
改めて言うほどではないが、現在の日本の法律では同時期に結婚できるのは1人だけ。ゲームの世界なら2人いた方が強力な戦力になるはずだが、選べるのは1人だけ。ドラクエの世界では重婚など認められないのだ。
「たかだかゲームのキャラクターでしょ。そんなのどっちでもいいじゃない。」
並のゲームであればそんな適当な選び方でも通用する。むしろ「どちらが戦力になるか?」で選択したって一向にかまわない。
しかし、天下のドラクエが仕掛けているのである。私を含むすべてのゲーマー男子が悩みに悩んだといっても過言ではないだろう。
ゲームの詳細は省くにしても、結婚相手がどんな人物だったのかは紹介させてほしい。
冒頭に出てきた「フローラ」は、主人公の青年期に出会うとある大富豪の娘である。
大富豪の娘ながら気取ったところもなく、プロフィールを見る限りでは最初に結婚を思い浮かべるときに理想とする穏やかで優しい性格をした女性である。それでいてラスボスまで参戦するぐらいの芯の強さを持つので冒険のパートナーとしても申し分ない。何よりもパッケージデザインで見る限りでは飛び切りの美女であり、そんな女性と結婚できるのであれば、フローラにすべてをささげるつもりだ。
もちろん、現実世界でこんな大チャンスあるわけないけど、ゲームの中ぐらいは夢を見たっていいだろう。
それにしても、人生においてそうそうお目にかかることのないフローラとどうやったら縁談になるのだろうか?
ネタバレかつ少々込み入った話になってくるのだが、お付き合い願いたい。
元々、主人公の少年期は父親のパパスと共に旅に出ており、(だいぶ端折るが)パパスが主人公たちを庇う形でゲマというモンスターになぶり殺しにされてしまう。
その後主人公は「光の教団」という極めて怪しい組織の奴隷となっており、命からがら脱走に成功した。
その父の敵討ちや自分自身をひどい目に合わせたゲマを倒すというのが、主人公の目的である。
ゲマのいる場所に行くための条件に「天空の装備」をそろえる必要があり、そのうちの「天空の盾」を大富豪が持っているので、それをどうしても手に入れる必要がある。
その天空の盾を手に入れる条件が「娘のフローラ」との結婚だ。
フローラとの結婚は主人公にとってめちゃくちゃ良い話であるのだが、大富豪に結婚相手としてふさわしいところを見せなくてはいけない。
その条件として、炎のリングと水のリングを手に入れる必要がある。
「そんなもの自分で行って来いよ」
となるべきところなのだが、この絶妙なタイミングで「ビアンカ」という男勝りだけど綺麗な女性と運命の再開を果たし、「手伝ってあげるよ」と優しい申し出があるのだ。
その「ビアンカ」というのが運命の選択のもう一人である。
ビアンカとの出会いは幼少期に旅の途中で出会い、とある廃城で幽霊騒ぎがあったのでともに冒険ごっこをしたパートナーであった。また、正義感の強いビアンカはイジメられているベビーパンサーを真っ先に庇う勝気な少女であった。
しかしながら、お互い親の旅の途中だったこともあり、幼少期の甘酸っぱい思い出となり自然な形でお別れとなるのであった。
お互いどこかで再会できることを心待ちにしていたのだが、なんということかフローラとの結婚に向けての活動の最中に再会を果たす。
再会したころにはフローラとの結婚に向けて「炎のリング」を取りにいかなければいけないのだが、なんとビアンカが手伝ってくれるというのだ。幼馴染の結婚を祝福するために奥に秘めた思いを胸にしまって健気に動いてくれるのだ。
ビアンカの協力もあり無事に炎のリングと水のリングを手に入れていよいよプロポーズを迎えることになった。
それとは裏腹にビアンカは主人公の新しい門出に、祝福のメッセージを送ろうとする。
そして運命の日を迎える。
小説や映画であればドキドキしながら次のシーンを迎えることになるだろう。
これはゲームの中の話だ。自分で選ばなくてはならない。
私も本気で一晩悩んだ。
いつでも巻き戻せるように「冒険の書」の2番に記録をして、この日はドラクエ5の一日を終えた。
翌日、部活をさぼり一目散に家に帰り、フローラを選んで再開し、長い時間をかけて親の敵討ちを果たし、フローラと息子たちと共にラスボスを倒したのであった。
というのがゲームの中での人生の分岐点と呼べるところであるが、ゲームの中の話でありそんな都合の良いことなんてあるわけないだろう。
フローラやビアンカのような魅力的な女性と結婚できるチャンスがあって、贅沢にも一人を選ぶなんてありえない。
ところが人生何がおきるかわからない。
現実世界でも同じようなことが起こったのです。
さかのぼること15年くらい前、地元の街コンでとある女性と1年ほどお付き合いすることになった。28歳の社会人として仕事にも慣れ、仕事もプライベートも充実したころだった。
その時に出会った彼女はとてもかわいくて性格もよく、一緒にいて楽しい日々を過ごしていたと今でも振り返ってみるとそう思うのだ。その彼女のことを「ビアンカ」と呼ぶ。
しかし、28歳ではまだまだ自分の時間というものを優先したいという気持ちがお互いに強く、結婚というものを全く考えていない中での恋愛をしていた。
将来のことよりも今一緒にいることの幸せを感じているといいながら、振り返るとめちゃくちゃわがままに振舞っていたと思える。
そんなことをやっているから、付き合って1年半後に唐突に電話が入る
「あなたの家に置いてあるスリッパ返して」
合鍵こそ作っていないものの当時はビアンカが私の家によく遊びに来ていたので、私物が置かれていることもあった。その時に置かれていたのがスリッパである。
「わかった。持っていくよ」
ビアンカの家まで、スリッパを車に乗せて向かった。よくない胸騒ぎを感じながら。
「もう別れよう」とビアンカの言葉があり、予想された出来事だと思ったのか、すんなり受け入れてしまった。
その割には、翌日泣きながら会社に向かい、一日中上の空だったことを覚えている。
こうして、ビアンカは地元を離れ、新たなる人生のスタートを切ったはずだ。
あれから別れて3年間、私は誰とも付き合うこともなく普通に仕事をしている傍ら、ふらふらと飲み歩いている生活をしていたのだったが、私は今も昔も女性に不自由しない生活をしているわけではない。彼女がいないことが普通のことなので、あの時の1年が浮かれていたといってもよいのだ。
そうはいっても30を超えると周りの友達や会社の同僚も次々の結婚の話が出てくる。こんな私でも「結婚しないとまずい」といった妙な焦りも出てきた。
ここまで行くと、いよいよ本格的に結婚を考えなくてはならない。
こうして、焦りと共に結婚相談所に登録し、いわゆる「婚活」が始まった。
「婚活」というとどんなイメージを持つのだろうか?
確かに素敵な女性と出会いお話ができるのはとても幸せで楽しい
しかしながら、私のような凡人にとってはお断りされる方が圧倒的に多く、お断りされるときは毎回毎回気分が落ち込んでしまう。
婚活というのはいつもテンションが上がったり下がったりで忙しいのだ。
さえない男目線のレポートで恐縮だが、お見合いできる候補の上限いっぱいの20人を選択して、全員から断られることも1度や2度ではない。そのたびに写真やプロフィールを変え自分なりに悪足掻きをしていた。
人生においての本気の写真を手に入れるため、美容院でカット・パーマ・カラーリング・セッティングなど髪の毛に最大限のパワーをつぎ込み、そのチート状態のまま、プロカメラマンのもとへ直行した。わたしを知っている人は、口をそろえて詐欺とよぶ。
私のお見合いできたペースは客観的に見て10人選んで1回成立するかどうかのペースであり、毎月1回お見合いしてきたことになる。
そのお見合いしてきた女性の方は、ほとんどが素敵な方で楽しくお見合いができたと思っている。中には何を話せばよいのかわからずに、いわゆる「尋問」になってしまうこともあったのだが……
しかし、楽しくお見合いができたというのがまたみそであり、そう思っているのは私だけで、かなりの確率で翌日のメールでお断りを受けている。
お付き合いまで発展したこともあるけど、2回目の食事でお断りのケースも多々ある。
相談所からのメールを開くのが怖くなり、メンタルもボロボロになる。
「最後の手段となる結婚相談所でもダメなのか……」
こうしてあきらめの気持ちを持ちながら活動して1年が経過し、ルーティーンワークのようにお見合いをこなす。
いつものように、お見合いの席ではお互いの仕事のこと住まいのことなど、当たり障りのない話題から始まる。そのままの流れでお互いの趣味の話をすることになる普段通りの流れだ。
ところで私の普段の生活は、暇さえあればゲームや漫画に没頭し、たまの休みにプロ野球観戦に行くぐらいの趣味である。私の悪い癖で、女性の趣味についてあまり関心を示さずに自分の趣味についてしゃべりすぎてしまう。
私がこれまで断られてきたのは、こういうところであり、決してジャニーズとは程遠い顔であることばかりではないのだ。
しかし、プロ野球観戦が大好きな女性はやっぱりいるものである。お互いプロ野球マニアではないものの、お互いが観戦したことのある試合について、ものすごく盛り上がりお互い共感することができたのである。
こうして無事にお見合いした翌日に相談所から「お断り」のメッセージを受け取らずに済んで、ほっと一息を入れることができた。
その野球好きの女性を(わずかばかり抵抗があるけど)「フローラ」と呼ぶ。
「婚活」というものには、「2回目のデート」という鬼門があり、実はこの壁に何度か阻まれている。
本格的にデートとなるとお互いの本性が見えやすくなり、「やっぱりこんなはずじゃなかった」といってお断りになるケースに散々阻まれてきた。
ついでに言うと「2回目のデート」っていうのは、決して彼氏彼女の関係ではなく、友達同士でもない。では何と呼べばいいのか、この状態を表す言葉が見つからない。
でも、ドラクエ5の主人公とフローラだってお見合いだ。同じようなものだろう。
こうやって私も新しい人生に進もうとしているときに、突然一本の電話がかかる。
「久しぶりだね。私のこと覚えてる?」
忘れているわけないだろう、電話の主は数年前に別れた「ビアンカ」だ。しかも相手は別れた直後に地元を離れたはずだぞ!!
いったい何の用だと思いながらも、昔の懐かしい話に花を咲かせて、何度か食事に行くことになる。
その思い出の話をしながら、「ビアンカ」は彼氏の愚痴を私にぶちまけている。
とりあえず、私は数年ぶりの再会をしながらじっとビアンカの話に耳を傾けていた。
こうしているうちに、私は「ビアンカ」と一緒にいてもいいかなと思い始めている。
このまま幸せなひと時を過ごせるのではと思うが、何しろすこぶるタイミングが悪い。
「フローラ」がいる
ただいま、絶賛2回目のデート中であり、お互いのことを探りあっている最中だ。このまま私が良い人と思われたいのに必死だ。
そのために、Tokyo Walkerのような地元のタウン雑誌やいわゆるモテるための男性誌、果ては男のくせにananを読みだしているぐらいだ。
さらには、気の利いたデートスポットをろくに知らない私は「ビアンカ」におすすめのレストランの場所を聞いてしまってるありさまだ。
そんな、優柔不断の状態で半年が過ぎようとした。
結婚相談所から悪魔のメッセージは今のところ来ていない。
その代わりに結婚相談所からこんなメッセージが来た。
「これからどうするのかはっきりさせなさい!!」
これは人生において最も難しいミッションだ。
仮に一人だけだったとしてもとても難しいのだろう。
さらに悪いことにもう片方に決着をつけなくてはいけないのだ。こっちの方がずっとつらいのである。
ドラクエ5では1日だけ考えたけど、現実はズルズルと返事を先延ばしにしている。
そして、私の選択は……
こうして私は「フローラ」との生活を選び、ともに幸せに生きることを誓い合った。
あれから数年がたち私は何をしているのかというと?
どこで歯車が狂ったのだろうか?私のもとに「フローラ」はいない。
今は一人で新しい人生を満喫し、新しい可能性への旅の途中だ。
決して「フローラ」のことを悪く言うつもりはないのだが、今度プレイするときはどちらを選択することになるのだろうか?
□ライターズプロフィール
山田隆志(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
2021年天狼院ライティングゼミ夏季集中コースに参戦、10日間にわたり毎日2000文字の課題を欠かさず提出する。2021年クリスマスにライターとしての再起をかけ、ライターズ倶楽部の入試を受講し奇跡的に合格を果たす。2022年1月よりライターズ倶楽部に参戦する。
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