M1と母親
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記事:山本三景(ライティング・ゼミ12月コース)
ついに壊れてしまった。
ブルーレイレコーダーのリモコンのボタンのうち、番組録画に関連するボタンだけ動かなくなってしまったのだ。
確かに少し前から調子は悪かったが何とか反応していた。
しかし、録画した番組を観るボタンも全滅し、動くのはプラスとマイナスのボタンで一つずつチャンネルを動かしていくという、私にとってはどうでもいいボタンだけである。
動かないボタンを何度も押しながら、あきらめきれず、部屋でひとり首を傾けながら色んな角度からボタンを押し込んだり、念を送ってみたりしたがダメだった。
予約録画ができないし、録画した番組も観ることができない。
新しいレコーダーを買うべきか、リモコンを修理するべきか、それとも動画配信サイトで過去の番組をみることができるのだから、ここはきっぱりとレコーダーとは決別するべきか。
そんなふうにブルーレイレコーダーの録画機能のことを考えていると、ある出来事が蘇ってきた。
今でもその出来事が起こった年をはっきり覚えている。
忘れもしない2005年のクリスマスだ。
漫才の頂上決戦と言われる『M1グランプリ』で、「ブラックマヨネーズ」(以下ブラマヨという)が優勝した、あの伝説の2005年だ。
(ブラマヨの吉田がよく「伝説の2005年」と言っているので、あえて「伝説の2005年」と呼ばせてもらう)
当時、私は実家で暮らしていて、M1を予約録画するのを忘れて出かけてしまい、途中で予約していないことを思い出した。
(やばい、予約するのを忘れた! 今から戻ると待ち合わせの時間に間に合わない)
おそらくM1の開始時間までには帰ることができると思うが、もしかしたら間に合わないかもしれない。
オープニングからしっかり観たいし、その頃、「M1は『ひつまぶし』だ!」と豪語していた私にとって、番組の録画は必須であった。
『ひつまぶし』……一膳目はそのまま、二膳目は薬味で楽しみ、三膳目はお茶漬けでうなぎをいただくスタイル。
要は3回M1を観るということだ。
私は自分で起こしてしまったミスを必死にリカバリーしようとして、携帯電話をかばんから出した。
「もしもし、今日M1予約するのを忘れたから録画してほしいんだけど……」
慌てて地下鉄のホームで母親に電話をした。
「え?」
母親は自信なさげな声で返事をする。
「もしもし? 私の声きこえてる? 今日、M1やるのは知ってるよね」
「は?」
母親が怪訝そうな声を出す。
歯切れが悪い。
電波が悪いのか?
母親にうまく話が通じていないことに、私は少し苛立ちを覚えながらも話を続けた。
「だから、もしかしたらM1のオープニングまでに帰れないかもしれないから、番組を予約してほしいんだって!」
すると、母親はこう言い放った。
「お母さん、わからんもん!」
(わからんもん……?)
わからないという言葉で、一気に血の気が引いた。
私の母親は予約録画ができるはず……ということは……
(ちがう! 私のお母さんじゃない!)
そう、私は間違えて、まったくの別人に電話をかけてしまっていたのだ。
私の母親はよくテレビ番組を録画しているので録画機能を把握しているはずである。
点と線が繋がった。
そりゃ、「え?」とか「は?」という返事しかできないのも納得だ。
携帯電話の向こう側にいる、私の母親とは別の人物は一言しか発していなかった。
私は電車が来る前に電話を終えたくて、慌てている。
そんな状況の中で妙にかみ合わない会話、いや、逆に絶妙にかみ合った会話が生まれた結果、間違い電話を自分がしていることに気が付くことができなかった。
そして運が悪いことに、きっと娘さんがいる家庭に私は間違って電話をかけてしまっていたのだ。
2005年当時、母親は携帯電話を持っていなかったので、私は家の固定電話にかけた。家の電話番号は記憶していたし、そんなに家に電話をかけることもないので電話番号をわざわざ携帯電話に登録していなかった。
そして、慌てて番号を押した結果、間違い電話をしてしまい、「オレオレ詐欺」まがいの電話をかけてしまったというわけである。
ああ、別人だ。この人は私の母親ではない。私は何てことをしてしまったのか。
間違えてしまったことを丁重に詫びて私は電話を切った。
そしてそのまま電車に飛び乗った。
ただの間違い電話だが、大罪を犯した気分になり、とてももう一度家に電話する気持ちにはなれなかった。
そして、結果としては、M1のオープニングに間に合うことができた。
そんな恥ずかしい出来事を、壊れてしまったレコーダーから思い出し、やはりM1は録画したいという考えに至った。
本体を買い直さなくても、リモコンだけ修理すれば動くかもしれない。しかし、買い換える時がきたのではないだろうか。
いや、そんなことより、久しぶりに母親に連絡してみよう。
母親から、LINEで元気なスタンプが返ってきた。
***
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