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エンタメ記事が分からない男が、婚約破棄された話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大村隆(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「もう、好きじゃないかもしれない」
 
婚約していた女性からそう告げられたのは、挙式まで3ヶ月を切った日の夜だった。携帯電話越しに届く小さな声を聴きながら、僕は「ああ、やっぱり」とどこかで納得していた。彼女はなんだか冷めてきている。婚約後、そう感じる瞬間が増えていたからだ。
 
ただ、その理由については分からなかった。「マリッジブルーってやつだろう」くらいにしか捉えていなかった。
 
彼女は200キロ以上離れた街で暮らしていたので、平日は電話で連絡をとっていた。
 
「疲れてない?」「悩んでいるなら、なんでも話して」「式の日をもっと先に延ばしてもいいよ」「自分のことを一番に考えてね」
 
僕からの呼びかけに、彼女は「うん」「わかった」と気のない返事を返すだけ。そんな低調なやりとりを数日繰り返したある日、めずらしく向こうから電話があった。
 
「一人で静かに考えたいから、しばらく電話もメールもしないで」
 
しばらく。
その漠然とした時間は、僕にとって果てしない沼地を歩いているようなものだった。当時は新聞記者だったので、日中は取材や原稿執筆に集中することができた。だが深夜、一人になるとそうはいかない。数分おきに携帯を手に取って、着信やメールを確かめている自分がいた。そのたびに絶望し、やり場のない孤独を酒と音楽で散らした。
 
20日以上が過ぎて「会って話したい」とメールがきた。土曜日の午後、高速を飛ばして彼女の住む街まで走り、商店街の古い喫茶店に入った。確か二人ともドライカレーを頼んだように思う。彼女は注文が運ばれるのとほぼ同時に、結論を切り出した。
 
「考えてみたけど、やっぱり結婚はやめます」
 
「ああ、そうなんだね」
覚悟はしていた。それなのに僕は、彼女を責めた。具体的になにを言ったのかは覚えていない。理由を問い詰めたり、一方的だと非難したり。そんなことをまくしたてたのだと思う。彼女は何も答えなかった。ただ泣きそうな顔をして、黙っていた。
 
一通り吐き出して我に返ると、僕は謝った。「なんか、ごめんね。君一人の責任じゃないのにね」
「いや、いいよ。直接伝えることができて良かった」と彼女は無理に笑顔を見せた。
 
冷め切ったドライカレーを食べる気にはなれず、僕たちはそのまま席を立った。そして互いに手を振って、別れた。
 
どうして婚約を破棄されたのか。自分の何が悪かったのか-。その答えは15年以上もの年月が過ぎ、フリーのライターになったことで解けた。
 
地方のWEBマガジンに寄稿し始めて、編集者から最初に言われたのが「報道系ではなく、エンタメ記事を書いてください」ということだった。エンタメ記事? 新聞記者を続けてきて「伝える文章」にはある程度の自信があった。けれど、求められているのは別のもののようだった。
 
「情報というより、印象が大切なんです。伝える文章ではなくて、伝わる文章を意識してください」
 
そう言われても、すぐには対応できなかった。何が足りないのか。どう変わればいいのか……。書きあぐねるなかで、「エンタメ記事なんて下らない」と何度も思った。「新聞のほうが、文章としてぜんぜんレベル高いだろ。なんも分かってないやつが指示すんじゃねえよ」と。
 
そんな葛藤に苦しんでいたある日、同じWEBマガジンに掲載されている記事を読んで、衝撃を受けた。女性ライターによる、あるフェルト作家についての記事だった。淡々とした文章からは、フェルト作家の佇まいのようなものが滲み出ていた。そして、読み終えると清々しい気分になっている自分がいたのだ。
 
「もしかして『情報より印象』って、こういうことなのか……」
 
何度も読み返すうちに、見えてきたものがあった。このライターは、読み手がどう感じ、受け止めるのかということをとても大切にしている。手のひらで綿を包みこむかのような柔らかな文章。そこに「伝えたい」「分からせたい」といった圧のようなものはほとんど感じられない。
 
読み手が心地よく感じることを、一番に意識している。
 
そう思い至って、恥ずかしくなった。自分はいままで、読み手の「心地よさ」を意識したことがあっただろうか、と。そしてそのとき、かつて婚約を破棄された理由が理解できたのだ。
 
僕は、自分のことしか考えていなかった。
 
「疲れてない?」「悩んでいるなら、なんでも話して」「式の日をもっと先に延ばしてもいいよ」「自分のことを一番に考えてね」
 
これらの言葉を振り返ってみても、それは明白だ。疲れさせているのは僕であり、悩ませているのも、式を延ばしてでも結婚したがっているのも僕だ。つまり、自分のことを一番に考えているのは、僕自身だったのだ。
 
婚約を破棄されて、当り前だ。
 
自分ファーストの文章でも、新聞なら問題はない。それは新聞という権威のもとで読まれるからだ。だがフリーになるとそうはいかない。読み手への配慮のない、「なんも分かってないやつ」が書く文章は見向きもされないか、読み始めても途中でフラれてしまう。
 
文章だけではない。エンタメ的視点はあらゆる人間関係、社会関係で必要だ。相手への配慮ができない人間は、社会的に見向きもされなくなり、孤立し、ドン詰まり、生きていけなくなる。
 
エンタメは、人を想う気持ちでできている。一人の女性を悩ませて、その後も独善的な生き方を続けてきた末に、その根本にようやく気付いた自分がいる。
 
 
 
 
***
 
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