メディアグランプリ

セカンドOLになりそこねた私のイソップ寓話みたいな体験


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:伊藤ゆずは(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「チーン!」
短い着信音とともに届いたのは、一枚の写真。送り主は塾に出かけたはずの長男だった。
 
塾の最寄り駅にある売店の「販売スタッフ募集」の貼り紙。添えられた言葉は、「募集してた」の一言……。私もすぐさま「ありがとう」とだけ返信をして、土曜朝イチの親子のやりとりはひとまず決着を見た。だがしかし、このメールは、私が重大な決断を下す、最後の一押しとなった。
 
昨春、私は11年ぶりに会社員になった。小学5年と2年の息子たちの妊娠・出産・子育てを経てからの本格的な社会復帰。細々とフリーランスで仕事を続けてはいたが、基本的には子育て中心の毎日を送っていた。コロナ禍の再就職活動は想像以上に厳しかったけれど、なんとか正社員の職を得ることができた。これで私もセカンドOL!(セカンドOL=子育てが落ち着いたり、40代を迎えて何か新しいことに挑戦しようとしたりして再就職をする女性のこと)なんだと、張り切っていた。
 
在宅勤務の夫と息子たちも、始めは新生活を楽しんでいるようだった。口うるさい妻/母がいないから、各々マイペースにやりたい放題。息子たちに託したお風呂掃除と洗濯ものの取り込みは毎日必ず実行されていたけれど、リビングも子ども部屋もしっちゃかめっちゃか。思わず「今日、泥棒入った?」と聞いたことも一度や二度ではない。夕食は私が通勤前に仕込んで家を出るのを常としていたけれど、週に1・2回は男3人で外食。「今日の〇〇ずし、うまかった~」「来週は〇〇ステーキがいい!」などと大はしゃぎだった。
 
ところが、研修期間が終わってたびたび残業が続くようになると、子どもたちから不満が漏れ始めた。「ママはどうして朝早くから夜遅くまで家にいないの?もっと家にいてよ」と次男。コミュニケーション手段の一つに……と思ってキッズ携帯を持たせた長男からは、定時を過ぎると毎日「今日何時くらいにかえってくる?」とメールが送られてくるようになった。慣れるまでの辛抱だよ、と子どもにも自分にも言い聞かせながら、なんとか日々をやり過ごそうとしていた。
 
瞬く間に春が過ぎ、夏がやってきた。小学校が夏休みに入ると、子どもたちは近くの実家に
入り浸りになった。始めこそ孫可愛さにどうぞ、どうぞと喜んで息子たちを迎え入れてくれた母だったけれど、次第にクレームが届き始めた。ケンカもすごいし、言うことをちっとも聞かない、と。メールや電話の終わりはいつも決まって、「二人ともママがいなくて寂しいんじゃないの。会社、辞めたら?」のフレーズだ。
 
母親業はもちろん最優先事項だ。このままじゃマズイ。何とかしなくちゃ、と頭ではわかっていた。でも、子どもを理由に仕事をおざなりにすることだけは絶対にしたくなかった。在宅勤務を利用したり、オフィスでの残業は極力減らして自宅作業に切り替えたり、できる限りの努力はした。それでも遅く帰った日にはやはり、先に寝てしまった子供たちの寝顔を見ながら何とも切なく、申し訳ない気持ちになった。少し前に見たアメドラの「罪悪感に襲われたことのないワーキングマザーなんていないのよ」というセリフを思い出す。
 
何ごとにもストレートな性格の次男には、「ママ、会社辞めて。またおうちでお仕事すればいいじゃん」と何度も詰め寄られた。その度にのらりくらりとかわしてきたけれど、秋も半ばになると、とうとう見過ごせない事態に陥った。次男が「学校に行きたくない」と言いだし、不登校気味になってしまったのだ。夫や母はいじめや体調不良を心配したけれど、私には原因が分かっていた。私が仕事を優先することへの次男なりのストライキだ。
 
「正社員じゃなくてもいいかもね。それか、もっと近い職場で働くとか」と夫。「ちょっと社会復帰が早かったんじゃない?あの子たちのママはあなたしかいないんだから」と母。家族中から引導をつきつけられながらも、私は仕事を続けていた。40歳を過ぎて仕事を失うことへの恐怖なのか、はたまた意地なのか。もちろん、責任ある仕事を任せてくれた会社に対しての後ろめたい気持ちだってある。次第に自分の気持ちも、引き際もわからなくなっていった。
 
そんな時に送られてきたのが、件のメールだった。なぜだか「あぁ、もう終わりにしよう」と素直に思えた。週明けの月曜、私は上司に退職の意思を伝えた。かくして私のセカンドOL生活はわずか1年で幕を閉じた。即断即決型の自分にはめずらしくあれほど決断に時間がかかったにもかかわらず、後悔はゼロ。
 
毎朝息子たちとともに家を出て、小学校近くまで二人を送るのが現在の私の一番大切な日課だ。仕事を再開したい気持ちはあるが、今度こそ無理なく、家族も自分もハッピーでいられる職に就きたいと考えている。
 
いまにして思えば、あの日の長男からのメールはまるで『北風と太陽』の太陽みたいだ。人の心を動かすものは強い言葉でも涙まじりのそれでもなくて、案外飾り気のない、心のうちをそのまますくいとったかのような単純な言葉なのかもしれない。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~21:00
TEL:029-897-3325



2022-02-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事