週刊READING LIFE vol.160

半年だけ少女漫画の主人公になった話《週刊READING LIFE Vol.160 まさか、こんな目にあうとは》


2022/03/07/公開
記事:川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
彼と出会ったのは、3年前だった。
私がその会社に勤めて2年目の冬、彼が中途採用で入社してきた。1歳年下の、1年後輩だ。
 
第一印象は、背が高くて綺麗な顔の人だな、とかだったと思う。ジャニーズにでもいそうな、今時の綺麗な顔立ちの人だと思った。背も高いし、今までさぞかしモテてきたんだろうな、と見た目だけで判断していた。モテてきたんだろうし、イケメンの部類に入るのだろうけど、私の好みは向井理のようなシュッとした人だ。何様だよって言われそうだが、私のストライクゾーンには入っていなかったので、彼とそういうことに発展はしないだろうなと思った。
 
彼は営業職として入社してきた。私も営業で、席も斜め前で近かった。事務用品の場所やシステムの使い方など、誰も教えてあげる気配がなかったので、良かれと思って私が教えていた。教育係でもないのに、いろいろ教えてあげていると、彼も懐いてくれて仲良くなるのにそんなに時間はかからなかった。会社では年上の人が多く、近しい年代の人が少なかったので私も仲良くなれて嬉しかった。
 
仲良くなったなとは思っていたが、しばらくすると、彼の距離感がものすごく近くなってきた。
 
定時で上がっても、残業をしても、帰るタイミングが毎日一緒。そして「飲みに行きましょう!」とか「お腹空きましたよね? ご飯食べて帰りません?」と誘ってくる。私が乗り気じゃない顔をすると、「仕事のことで聞きたいことがたくさんあって……」と子犬のような顔で言ってくる。私も入社したての時、もっと先輩に仕事や会社の話を聞きたいと思っていた。まだ慣れなくて心細いから、早く会社に馴染まなきゃとか、仕事を覚えなきゃとか、みんなと仲良くならなきゃとか、そういう焦りや不安がたくさんあった。その気持ちがわかるから、乗り気じゃない日も付き合ってしまっていた。
 
私がスタバの新作フラペチーノが発売されると必ず飲むことを知ると、「昼休みに飲みに行きません?」と朝からLINEが送られてくる。
休みの日に「大阪まったくわからないんで、案内してもらえませんか?」と遊びのお誘いがくる。
仕事終わりや休日の夜にLINEが送られてくる。しばらくLINEに付き合っていると「通話しませんか? 喋りたいです」と、通話が始まる。
「このブランド好きでしたよね? 僕もこのデザインいいなーと思って、待ち受けにしちゃいました! お揃いですね!」と、私の好みにかなり寄せてくる言動を取ってくる。
 
……。
もしかして、私のこと好きなのか?
 
そんな考えが頭をよぎった。
いやでも待て私。そんなの都合良すぎるだろ。
決して自分のタイプではないけれど、イケメンが私のことを好いてくれるなんて、そんなことあるのか? いや、ない。絶対ない。そんな都合のいい話、ない。あるわけないだろう。少女漫画じゃないんだから。私のような「THE 普通女子」がイケメンに好かれる世界線なんて、どこ探したってないんだよ。ここ漫画じゃないから。目を覚ませ、私。勘違いをするな! 私!
 
「正気に戻れ!」と言わんばかりに、脳内の自分をボコボコに殴る。お花畑から連れ戻す。
私がイケメンとどうこうなんて、そんな漫画みたいな話……。
 
「あの子、お前のこと可愛いって言ってたよ」
 
そうぶっこんできたのは、仲の良い先輩だった。
「あの子」とは彼で、「お前」とは私。
一緒に泊まりの出張に行った夜、お酒の場で聞いたらしい。
「会社の中だったら誰がいい?」と。
 
またそんなしょうもないこと喋ってたんですか、と呆れ顔で先輩の発言を受け流したものの、脳内は再びお花畑へと舞台を変えていた。
 
……もしかして、あながち勘違いでもないのか……?
 
勘違いでないとしたら、今までのことも「やっぱりそうだったのか」と自分の中で腑に落ちる。ただの「先輩に対しての媚び売り」にしては、ちょっと度が過ぎている気もしていた。というか、私はただの先輩で上司ではないから、そんなに媚び売っても何にもならないよ、とさえ思っていた。でも、もしそういう好意を持っての言動であったのならば、あれは「媚び」ではなく「アプローチ」だったのだ。
 
まじか。そうなのか。どうしよう。
 
どうしようというのも、会社自体がそんなに大きくないので、社内恋愛はめんどくさそうだなと思ったのが一番。そして何より、彼は5月に東京へ異動になることが決まっていた。遠距離なんて、私には想像ができない……。
 
でも、もし付き合ったら楽しいのかもしれない。
趣味は合うから買い物に行くのも楽しそうだし、車の運転ができるから遠出するのも楽しそうだ。一緒に住むことになったとしたら、インテリアを選ぶのも楽しいだろうし、一緒に料理をするのも楽しそう。夜は居酒屋に行かなくても、家でゆっくり飲めばいい。もし結婚するってなったら、東京か大阪どちらかに住んで、私は転職してもいいなぁ。
 
「想像できない……」とか思っておきながら、付き合う妄想は存分にできていた。
こうなると、もう止められない。私は彼のことが好きになってしまった。でも、彼は東京への異動が決まっている。場所は違えど、社内恋愛は上手くいかなくなったときに居心地が悪そうだ。感情は止められないが、私の理性が暴走を止めていた。そして「暴走してしまう前に、どうにか感情を押さえつけなければ」と考えた。私は彼と少し距離をおくことにした。「入社したての年下イケメンにすぐ手を出した」とか言われるのも嫌だし。典型的な拗らせ女の発想だなと思ったし、こんなことするから拗らせるんだよ、と思いながらも、会社での居心地を悪くしたくないという思いの方が強かった。
 
4月、会社の人たちでお花見をした。
結構な人数が集まって、30人くらいはいたと思う。もちろん、その中に彼もいた。
 
会社からお花見会場までは、少し歩く。いつものごとく、彼は私の帰り支度に合わせて準備をしていた。理性を120%働かせていた私は、「私、あと10分くらいかかるし、あの先輩と一緒に行くから、待たずに先行ってね」と言った。我ながら下手だなぁと思いながら、しっかり距離を取る意思表示をしなければ! と無駄な真面目さを発揮していた。
 
お花見は人数が多かったが、彼は私の近くに座ろうとしているのがよくわかった。「たまには他の部署の人とも喋ったほうがいいんじゃない? 東京に異動したら、そんなに喋れないんだし」と、もっともらしいことを言って彼を遠ざける。これは不自然じゃなかったよな、と自分で自分を褒める。
 
でもトイレに行って戻ってくると、彼は毎回、必ず私が座っていた席の横を陣取っている。私が戻ってくるのを見つけた瞬間に、まるで飼い主の帰りが嬉しくて、尻尾をぶんぶん振り回している犬のように嬉しそうな顔をする。心を痛めながらも、私は「ここいいですか~
?」と、自分がもともといた場所とは離れたところに入り込む。彼から物理的に離れることを意識しすぎて、正直、あまり心の底から楽しめないお花見になってしまった。
 
お花見の片づけが終わり、一人でボーっと立っていると、隣に大きな影ができた。彼だ。
 
「なんで僕のことそんなに避けてたんですか?」
 
「寂しかったです」と、シュンとした子犬のような顔で言ってくる。
 
「いや、だって私とはいつでも話せるし、今までもいつでも話してきたから。今日は他の部署の人たちもいっぱいいたし、普段あまり関わりのない人と喋るのもいいんじゃないかな、と思って。それに異動したらさ、そんな機会もほとんどないし」
 
自分で言っていて、少しチクッとした。そうだった。彼は来月、異動してしまうんだ。
 
あなたのことを思って離れたところにいたんだよ、と言うと、彼はまた寂しそうな顔で言った。
「僕は、先輩と喋りたかったです」
 
え、と呆気に取られる私に向かって、彼は続ける。
 
「確かに言ってることもわかりますし、そうした方がいいっていうのもわかりますけど。でも僕は先輩と喋るのが楽しいですし、面白いなって思いますし、喋りたいこともいっぱいあるし、他の人もたくさんいるけど、今日もすごく楽しみにしてたのに……。先輩とお花見したかったのに」
 
何も言葉が出なかった。なんて返したらいいのかわからなかった。
「本当は私もだよ」と返せばよかったのだろうか。
こういうとき、少女漫画のヒロインは、なんて答えるのだろうか。
少女漫画のヒロインが言われそうな、まっすぐな台詞、かけられたことない。
経験値不足の私は頭が完全にショートしていた。言葉が何も出てこなかった。
 
なんと返せば……と必死に考えていると、「帰るよー!」と声をかけられた。助かった、と思うと同時に「じゃ、お疲れ!」と彼に向かって、笑って手を振った。笑ったつもりだったが、ちゃんと笑えていただろうか。
 
そこからも変わらず、スタバの新作を飲みに行こうと誘われたり、餌付けのようにお菓子を渡してきたり、LINEが送られてきたり、彼の言動は変わらなかった。いつもストレートで、少女漫画に出てくる、まっすぐに想いをぶつけてくる男の子そのものだった。そして、その相手は私。ということは、私は少女漫画の主人公……?
 
主人公という役割など、人生で経験したことがなかった。もちろん自分の人生の主人公ではあるが、客観的にいろいろな視点で自分を見たときに、決してメインキャラクターではないことは確かだった。小説や映画などの相関図があれば、絶対に枠外だろうし、ドラマに出演したとすれば、そのうちの一話にしか出てこない、しかもカフェ店員Aとか、名もない役柄だろう。そういう立ち位置なのだ、私は。そうだったはずなのだ。そう思っていたのに。
 
いきなりメインステージに放り投げられたような気持ちになった。万年補欠だったのに、いきなりエースを任されたような。今までパッとしない成績だったのに、急に予算達成率150%とか。模試でE判定しか取ったことないのに、記念受験で東大受けてみたらまぐれで合格しちゃったとか。そういう、ありえないことが自分に起こってしまったと思った。イケメンが私を好いてくれている。しかも、ほぼ確実に。これを手にしない選択肢はあるのか? いや、ない!!! さすがの私でも、これは取りに行かなければ! と思った。だって、私は少女漫画の主人公なんだから!
 
それまでは彼の誘いに乗るだけだったが、私からも少しずつご飯に誘うようになった。LINEも送るようになった。彼がいつでも告白してきやすいように、舞台は完全に整えてあげようと思っていた。だが、彼が告白してくる様子は一向に現れなかった。
 
彼が異動する3日前。私の席にやって来て「これ、どうぞ」とラッピングされた箱を渡してきた。なんだろうと開けてみると、私が好きなブランドの雑貨が入っていた。
思わずテンションが上がったが、別に今日は私の誕生日でもないし、誕生日が近いわけでもない。「これは何のプレゼント?」と聞くと、「入社してから今まで一番お世話になったので、感謝を何かで形にして渡したくて。他の人には用意してないので、内緒にしておいてください」と。私は完全に落ちてしまった。そして決めた。告白を待つんじゃなくて、自分からしてしまおうと。
 
その日、私は午後から外回りだったので、家に帰ってから彼に電話をかけた。
告白ってこんなに緊張するのか……と思いながらも、想いを伝えた。私は少女漫画の主人公だから、振られることはない……。
 
「え、僕、先輩のこと、そういう風に見てないです」
 
……?????
え、あれ? いやいや、ちょっと待て。ちょっと待て!!!!!!!!
私、振られたの? え、そうなの? 振られたの? まじで?
 
そういう風に見てないです、という言葉の意味はわかる。でもそうだとしたら、今までのあの思わせぶりな言動はなんだったんだ? 毎日のように私に退社時間を合わせて誘ってきておいて、LINEや通話をしまくって、休日は一緒にお出かけして、お花見の時の、あのドストレートな台詞を私に放った、今までのこの言動たちは、いったいなんだったんだ!? おい、説明しろ! 私が納得いくまで説明しろ! 「私も少女漫画の主人公になれたわ…!」と浮かれていたここ1カ月の私が納得するくらいの説明を、しろ!!!!!!
 
こうして私の少女漫画主人公時代(実際にはなれていない)は幕を閉じた。
私はただ、イケメンにたぶらかされていただけだったのだ。それを素直で純粋な私は、真に受けてしまったのだ。ああ、情けない……。
 
あれから3年が経ち、私たちは今も同じ会社で働いている。
変わらず営業で、私は大阪で、彼は東京で、それは変わっていないが、変わったことが一つだけある。それは、彼が結婚したことだ。そして結婚相手は、私と仲が良かった先輩だ。先輩には、彼とのことを少しだけ話したことがある。
 
いや、怖いな。イケメンって怖いな。
イケメンも怖いけど、女も怖いな。もう何を信じればいいんだよ。わかんねーよ。
 
いろんな感情に塗れながら、同僚に依頼されたサプライズムービーに使用する動画を撮影した。何の罰ゲームだ。地獄か。そうこう言いながらも「結婚おめでとうございまーす!」とはしゃいで映った私は、ちゃんと笑えていただろうか。
 
私は少女漫画の主人公にはなれなかった。モブとして生きていくのが似合っているらしい。でもイケメンにたぶらかされること自体は、悪くなかったなぁ。そんなことを思ってしまう私は、きっとまたそのへんのイケメンに簡単にたぶらかされてしまうのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。大阪府在住。
自己肯定感を上げたいと思っている、自己肯定感低めのアラサー女。大阪府内のメーカーで営業職として働く。2021年10月、天狼院書店のライティング・ゼミに参加。2022年1月からライターズ倶楽部に参加。文章を書く楽しさを知り、懐事情と相談しながらあらゆる講座に申し込む。

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2022-03-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.160

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