料理ができない劣等感を救ってくれたのは出汁だった
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:赤羽かなえ(ライティング・ゼミNEO)
唾を、ごくり、と飲んだ。
この目の前にいるママ友は、私の悩みを払拭するスゴイ答えを持っているかもしれない……。身を乗り出し過ぎないように気をつけながら、さりげなく深呼吸をした。ごく普通に振舞わないと驚かれてしまう。
「そんなの……」
そんなの、何なの?
「普通にお店で売ってる、粉末だし使ってるよ!」
その言葉を聞いて、脱力した。え、それってアリなの?
料理が得意だという友達に、聞いてみたのだ。出汁はどうやって取っているの? と。私は、料理ができる人は、ちゃんと出汁を取っているのだと思い込んでいた。私は、出汁のとり方すらわからないから、料理に対してどこから手を付けたら得意と言えようになるのか、そのプロセスが知りたかった。
粉末出汁を使っていても、料理が得意、とか、料理が趣味って言って、いいんだ……。
あっさり言い切ったママ友を見ながら、気づかれないようにため息をついた。でも、少し途方に暮れてしまった。
そうしたら、私は、なんで料理ができないという劣等感を抱え続けているのだろう?
料理が得意、と言ってみたかった。家族がいる限り、食事は何回も作らないといけない。それなら、得意な方が気持ちは楽じゃないか。
結婚、という人生の一大イベントを境に「デキル女」のものさしは一転する。主婦になったら、それはなおさら。まるでオセロゲームのように、自分がコツコツと積み上げて来た実績が、あっという間にひっくり返るのを呆然と眺めるしかなかった。
主婦という職業はエベレストだ。私は、転職してレベル0の状態から、遥か高みを目指さなければいけない。
小さい頃から親に言われたことは、それなりに忠実にこなしてきた。学校の勉強の成績がよかったから、中学から私立の学校に進学した。中学に入ったら今度は、いい大学に行きなさい、と言われて、家事手伝いより勉強が最優先だった。
でも、それは、私にとっては寂しかった。
小さい頃、料理の手伝いをしたかった。けれど、母は働いていたし、とにかく家事が早くて上手な人だったから、子どもが近くをウロチョロするのは、足手まといでしかなかったのだろう。いつしか、上げ膳据え膳が当たり前になり、母親が「あんたは、何もしてくれない」とぼやきながら家事に奔走している横で、何もせずにテレビを見ている大人になった。
思い返せば、母だって、料理上手だけど顆粒の出汁を使っていた。だからあえてそこにこだわる必要はなかったはずなのに、母からため息交じりに「だから、もっと料理とかだってしておけばよかったのに」と言われた暁には、「今更、どこの口がそんなこと言っているんだ」と反発しかできなかった。
私は、独学ですごい料理をして、母に認められるんだ。
そう、片意地を張ったあげく、どこから手を付けていいのかわからなくて、私の迷走が始まった。
料理を得意、と言っている人達は、いったいどんな料理が上手なんだろう?
洋食? 中華? イタリアン? やっぱり日本人だから和食かな? 定番と言えば、コロッケや餃子あたりなのかな? でも、作る行程を頭に思い浮かべるだけで一日かかりそう。唐揚げは? ……揚げ物は片付けが大変だからパス。カレーや麻婆豆腐はルーや市販のタレを使えば簡単にできるから、得意とは言えない。
やっぱり、和食なのかな? 和食となると、お出汁のとり方がわからない。
出口の見えない迷路にハマった私は、結局、野菜炒め、とか、干物を焼く、とか、何種類かの料理をローテーションするのが精一杯だった。作るものを考えるだけで疲れてしまって、夫を外食に連れ出す、ということもしばしばだった。
母の圧勝なのは明白だった。でも、それ見たことかという母の表情を思い浮かべて、勝手にすねて、こじれていた。
その状況が一変したのは、子供が生まれてからだった。初めての子育てに右も左も分からなくて、子どもの顔にできる湿疹に一喜一憂していた時に、母乳指導の助産師から、食べたものが身体を作ること、特に和食を中心にすることが大切なんだ、ということを教えてもらった。
それ以来、極力、和食中心の食生活を志すようになった。色々調べているうちに、旬の素材にこだわったり、伝統製法で作られた調味料を使ったり、味噌や発酵食品を自分で作るようになったりした。途方に暮れていた当初に比べたら、格段に料理のレパートリーも増えるようになった。そして、飲食関係の仕事にも関わり、自分が講師として人に料理を教えるような機会も増えた。
それでも、どうしても料理が得意だとは言えなかった。周りの人にどんなに褒めてもらっても自分に自信がないことには胸が張れなかった。ここまでやっても、私は、まだ料理を得意だと言えなかった。
そんな折、とある方と出会って話を聞く機会があった。その方は、ご両親が有名な料理研究家で、ご自身は料理のプロデューサーをしていて、両親が大切にしていたお出汁の文化をもう一度広めたい、という熱心な思いを持っている方だった。
その方から、「お出汁のとり方って実は簡単で、ただ、毎日それをやるか、習慣化できるかというのが問題なだけ、料理は香りから始まっている。朝一番でお出汁を取ってみたらわかるから」と言われて心が動いたのだ。
家庭でとれる簡単なお出汁を取る方法を教えてもらい、求めていたものはまさにこれだと確信した。
翌朝、5分早起きをして、キッチンに立った。水の分量をはかり、昆布を入れて沸騰直前で引き上げ、量ったかつお節をいれて一煮立ちさせ、火を止める。かつお節が沈んだら濾す。これが一番出汁。濾した具材と水をもう一度鍋に入れて取る二番出汁。たったこれだけだった。一番出汁だけなら、ものの10分ほど、二番出汁までとっても30分でおつりがくる。
キッチンに立っている最中に、子供達が集まってきた。
「すごい、いい香り! 飲みたい!!」
具も何も入れる前に、椀によそった一番出汁を子供達はあっという間に飲み干した。
「まず、香りがないと食欲はわかないよ。出汁の香りで嗅覚を育て、飲んで旨味を知る。そんな食生活で育った子供達はきっと幸せだと思うんだ」
その方が穏やかな語り口で話してくれた言葉を思い出していた。
そうだ、私も、母が料理をする香りが大好きだった。小さい頃に台所に近づくと、物を切るリズミカルな音と、湯気がわくフワッとした蒸気や煮物から漂う香りがあって、お腹が空いてからご飯の時間が待ち遠しかったんだ。
そして、きっと母は家族が「美味しい!」という言葉に一日の疲れを癒していたのだろう。
一杯の出汁は、私の食事が楽しみでたまらなかった幼少期の気持ちを引き出してくれた。
どんな方法だっていい、難しい料理じゃなくていい。
家族が喜んでくれれば、どんな料理でもオッケーじゃないか。
一杯の出汁が家族の笑顔を引き出してくれた。だから、私は、この出汁から作る料理を大切にしていけばいい。まだ料理が得意だと言えるようになるかはわからないけど、自信がなくなったら、私はまず、この出汁に戻ろう。
清々しい気持ちで、私も椀の一番出汁を飲む。かつお節の香りが鼻をくすぐり、口には旨味が広がって、気持ちがホッとする。
不意に、母の料理を食べたいな、と思った。
***
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