人生の秘技「おまえは既に死んでいる」?
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記事:栗(ライティング・ライブ大阪会場)
「前立腺がんがありますね。手術もできません」
5年前に受けた夫への宣告。それはまるでドラマのようだった。
文字どおり、がーん!! 「どうして??」
それは普通とちょっと違う意味での「どうして」だった。なぜなら、夫はその2年前にすい臓に異物が見つかり、手術ですい臓ごと取っていた。以来、3か月おきにきっちり検査を受けていたのに、なんでいきなりがんができているの? という意味の「どうして」。
しかし、よく考えると、すい臓と前立腺では全く部位が違う。すい臓にエックス線やらなにやらを当てても、前立腺には当たらないのだ。今回はたまたま影が下のほうに映ったのを技師が不審に思い、再検査してわかった結果だった。
今振り返ると、その意味ではラッキーなことだった。しかし、なにせ夫はまだ40代と若く、しかも転移していて手術できないと言われてしまった。2人して頭が真っ白。
その帰り道、並んで歩きながら、夫は静かにつぶやいた。
「俺、よく生きたと思うよ……」
「そんなこと言わないで!!」
思わず涙がこぼれ落ちた。
平凡な毎日に突然やってきた悪魔のような死の影。その夜は眠れなかった。次の日、親に泣きながら電話すると、母は大阪から名古屋に飛んできてくれた。
「負けたらあかん! あんたが強くなるんや!」
ありがたいことに、私の母は決して泣き言を言わないグレートマザーだった。
それに私は奮い立ち、がんに関する本をネットでかたっぱしから買って読み始めた。医者の書いたもの、患者の体験記、がんを治すという食べ物など、とにかくいろんな種類がある。世の中にはこんなにがんになった人がいるんだな。
それが段ボールいっぱいになるころ、ある本の一節に目がくぎづけになった。著者は薬学博士で、母親のがんがきっかけで医療コーディネーターになった方だった。患者本人よりも、その家族に向けて書かれた内容の本だ。
死の恐怖におびえて逃げようとすると、よけいに患者の自然治癒力が弱まってしまうという。そういうときにどう考えるかが書いてあった。
「自分は今この時点で死んだ。この先は神様がプレゼントしてくれた貴重な時間なんだ」と考え、リセットボタンを押してしまうのだと。
なんという発想の転換! びっくりした。そんなことできるのかなと思う反面、納得できる気もした。だって、よくわからないから死が怖いのだし、怖いとますますそればっかり考えて気がめいってしまう。
私たちは、あの医者の宣告で一旦死んだんだ。だから「死にたくない」とか「生きていてくれないと困る」などと執着しなくていい。これからは神様のくれた時間と思って一日一日を大切に生きよう。
そう思うと、なぜか少し楽になった。淡々と治療に取り組めばいいし、やれることをやっていこうと2人で決めた。
それからさらに調べてみると、前立腺がん自体はほかと比べて予後がよく、生存率も高い。放射線治療をしっかりやればそれほど恐れることはないことがわかった。
食事や生活環境に気をつけて、野菜中心にしたり、散歩でよく歩いたりもした。最初は風景の色が白黒にしか見えなかった。でも、とにかく先のことは考えず、その日その日を過ごすうちに、だんだん変化が出てきた。
実際、まず周りの景色に色がついてきた。夜寝るときには「ああ、よかった、今日も無事だった」、ごはんを食べて「このおかず、いつもよりおいしくできた」などと、新鮮な喜びが湧いてきた。
よく考えると「神様がプレゼントしてくれた時間」とはなんとすてきな言葉だろう。特別にひいきされたような、得したような気持ちになれた。とらえ方一つで人ってこんなに変わるんだな。
それから5年がたった現在。夫の病気はそれほど進行しないまま、特に悪い症状もなくて経過観察で済んでいる。この状態を表すと一体なんだろう?
そう、あれだ。漫画「北斗の拳」で主人公ケンシロウが敵に言った有名なセリフ。
「おまえは既に死んでいる」
私は夫とともに既に死んでいる。ちょっと怖く聞こえるが、不安や心配はむしろない。これは不思議な感覚で、新しい意味の「余生」を生きている、生かされているともいえる。そうすると、なぜか自然と感謝の気持ちが湧いてくるのだ。
そして、この言葉はほかにも使えるのではと最近思いだした。毎日のニュースを見ていると、じわじわと心が疲れてしまう。日本は恵まれているとはいえ、次々とおそろしい出来事が耳に入ってくる。
不安がずっと続くストレスの中で穏やかに生きていくためにも、この言葉はきくんじゃないだろうか。もう死んでいるのだから、怖いものはない、そうやって開き直ればいいのだ。
「おまえは既に死んでいる」
逆説的だが、なんとなく自由になれるわざ。不安が募った人にはこの秘技をおすすめしたい。頑張りすぎないで、今日という一日を取りあえず過ごしてみませんかと言いたい。
***
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