週刊READING LIFE vol.173

心が癒される瞬間は、あんがい近くにあるものだ《週刊READING LIFE Vol.173 日常で出会った優しい風景》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/06/13/公開
記事:izumi(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
なんだか、優しくない……。
人としての優しさがない。
会社の同僚と意見が一致した。
一緒に働いている相手が優しくないという話だ。
この間、業務改善のミーティングがおこなわれた。
ミーティング後、驚くべき事実を知った。
全員で問題点を解決して、仕事を円滑に進める目的のミーティングだ。
なのに、一緒に働くメンバーの不利になる証拠を調査している人がいた。
 
「自分たちは悪くないって、まわりが悪いからって。いろいろ調べているみたい」
 
社内の人から、教えてもらった時は驚いた。
同じ職場で働いているだけで敵、味方の関係性ではない。
だれかの不利な状況を調べているなんて、こわすぎる。
ドラマの中でよくある設定だと思っていた。
上の人間を引きずり落とすために、調査する。
現実に、わたしのまわりで起きているのだ。
表面上はニコニコしているけど、裏ではなにを考えているか分からない。
「こわい……。人として優しくない。だれが悪いという問題ではなく、今後どうしていくかなのに」
心がギスギスして、心の充電は一気にゼロになった。
 
そんな時、おばちゃんに会いたいなあとふと思った。
最近、残業が続いているので、おばちゃんの店にいけない。
店は、心のオアシスなのに。
会えるのは、残業がない日になる。
定時であがらないと、お店の閉店時間までに行けないからだ。
 
仕事の帰り、もしかしたら閉店時間に、間に合うかもしれない。
そう思うと、歩くスピードが速くなる。
お店の看板がしまっていない時は、ラッキーと心がおどる。
お店に入って声をかける。
「こんばんは!」
店主のおばちゃんは、椅子に座って何か作業している。
「どーぞー。何する?」
 
お店に入る時は、閉店作業の時間が多い。
商品を片付けはじめている。
その店は、田村漬物店という名前だ。
商店街を少しそれた場所の、3階建ての1階を店舗にしている。
たぶん、上に住居があるように見える。
「食品、つけもの」と書いてあるオレンジ色の軒先テントが目を引く店だ。
売っている商品は、バラエティーにとんでいる。
果物、野菜、卵、調味料、豆腐や味噌などがある。
店主のおばちゃんが作った手作りの味噌、甘酒、漬物、お餅が人気商品だ。
お餅は、粒あんで、白色の普通の餅、草餅があり、ちょうどよい柔らかさで美味しい。
手作りの干し柿は、スイーツを食べているような甘さがある。
石焼き芋の機械があり、冬は数種類の焼き芋が売っている。
昔なつかしい昭和に、タイムスリップした感覚だ。
 
お店のおばちゃんと、仲良くなったきっかけがあった。
マラソン大会の出場はがきを、お店に落としたからだ。
最初は落としたことに、まったく気づいていなかった。
家に帰った時に、お店から電話がかかってきたと教えてもらった。
はがきに家の電話番号が、印刷されていたのだろう。
わざわざ電話をかけてくれるのは、ありがたかった。
 
はがきを取りに行き、お礼に果物を買った。
「マラソンしているの? えらいなあ」
「うん。走ってるねん。連絡してくれてありがとう」
少し世間話をした。
わたしは、おばちゃんの中では、マラソンの人という認識になった。
 
それから、以前より通うようになった。
お店の商品は、スーパーで買うより新鮮で美味しい。
お値段は、少し高いが、価値はある。
 
おばちゃんから買い物をしているだけではない。
こうでなければいけないと一方通行の見方ではなく、斜めの角度で見てもいいんじゃないと教えてくれたことがあった。
わが家の晩ご飯は、お赤飯だった。
「ごま塩がないから買ってきて」
頼まれたごま塩は、スーパーを何度さがしても見当たらなかった。
店員に聞こうにも、レジは行列だし、聞く人がいない。
「ごま塩がないお赤飯はお赤飯じゃない。甘いだけのお赤飯はいやだ。なんとしてもごま塩を手に入れなければならない」
おばちゃんの店に行き「ごま塩ある? スーパーで探したけどなくて……」
「ごま塩はないわー。なにするん?」
「お赤飯の上にかけるねん。ごま塩がない赤飯は美味しくないやろ」
困っているわたしに、おばちゃんは言った。
「黒ごまじゃないけど、ごまならあるから、これ買って帰って。家にある塩とまぜたらいい」
あ!! そうか。
黒ごまでなくて、ベージュ色のごまでもいいのか。
ごま塩を買わなくても作れる。
思い込みで、ごま塩とは、黒色のごまだけだと勘違いしていた。
お赤飯にベージュ色のごまが、優しい色合いになった。
工夫すればいい。
 
買うものが決まっている時もあるが、たいていは決まっていない。
旬の美味しいものがないかな。
「果物は何がお勧めなん?」
「今はな、柑橘系かな。これどう?」
透明なビニール袋に、数個入った果物をお勧めしてくれる。
値段は安くはないが、品質は間違いない。
「いいお値段やん。でも買っちゃおうかな」と何度か言ったからだろうか。
おまけをつけてくれるようになった。
「これ、もうお店からひこうとしてたけど、全然食べられる。食べてみて」
いちごを、2パックくれた時は、さすがにこんなにもらっていいのかなと思った。
 
手作りのマロングラッセをいただいた時は、嬉しかった。
マロングラッセは栗を向いて、砂糖で煮るというめんどくさい作業がある。
美味しいのは分かっていても、自分で作ろうとは思わなかった。
丁寧に皮をむいて、煮たおいしいマロングラッセだ。
口のなかに含むと、甘さがふわっと広がって、思わずにんまりした。
いつも思いもよらないプレゼントをもらう。
 
梅シロップを作るために、梅を注文した時があった。
必要なものは、梅、氷砂糖、アルコール、瓶と教えてもらう。
家に梅を入れる瓶が余っていたかな? と話していたら瓶をくれた。
お店で売っている梅干しを作っている瓶だそうだ。
くれる物の数が、買う物の数に追いつきそうな勢いで、大丈夫なのかと心配になる。
 
物をもらうだけではなく、おばちゃんから癒やしももらっている。
「おかえりー今日は間に合ったやん」
「最近走っているん?」
「走ったあとは、これ食べたらいいよ」
ありのままのわたしを、受け入れてくれる気がした。
家族構成やどこに勤めているかといったことは聞いてこない。
ちょうどよい距離間で、お喋りをするのが楽しい。
 
スーパーは肉、魚、野菜と何でも売っていて便利だ。
だが、おばちゃんの店はスーパーにはない魅力がある。
お店で何がいいかと迷っていると、他のお客さんがおすすめを教えてくれる時もある。
知らない人と、お店で会話するのは楽しい。
お喋りをひとしきりして帰る人もいる。
お店とお客さんの関係がここまでアットホームな店はめずらしい。
緊急事態宣言でどこにも行けなかった時、おばちゃんのお店に行き、買い物をしてお喋りをするだけで安心できた。
親戚のおばちゃんの家に行くような感覚だ。
1人、孤独でいる人がいたら、おばちゃんの店に行ってみたらいいのにな。
自分は1人ではないんだと気づくはずだ。
 
最近は仕事帰りに店に行けないので、有給休暇の日に買い物に行った。
店の前には3階建ての駐輪場があり、1階の軒下につばめが巣を作っていた。
 
「ちゅんちゅんと鳴いているのが、つばめのひなの鳴き声かなあ。かわいいなあ」
 
おばちゃんも「そうやで。かわいらしい鳴き声やん」
つばめの巣を見ながら、ギスギスした心が温泉につかったように暖かくなる。
駐輪場のおじさんは、つばめを大切に守っている。
カラス除けの網を張って、外敵を遠ざけてくれている。
巣の下には、つばめのふんを受けるダンボール。
 
「ご通行中の皆様にお願いします。この子たちが巣立つまでもうしばらくお待ちください」
 
つばめの絵がある注意書きを作り、みんなが見やすい場所に置いている。
わたしは駐輪場を利用しているので、つばめのひなを見るのが楽しみになった。
「今日も元気にしている。よかった」
よく見ると、小さな巣に5羽ひながひしめきあっている。
つばめは、外敵から身を守るために人通りが多く、風通しがよい場所に巣を作るらしい。
駐輪場は、一日中人が入ったり、出たりしているので、巣作りにはぴったりの場所だ。
ネットで調べると、去年の巣を覚えていて、次の年も同じ場所に巣を作る習性があるのだと知った。
去年も、つばめの巣はあったのかもしれないが、全く気が付かなかった。
駐輪場のおじさんは、今年もきたぞと準備していたのではないか。
おじさんの優しい気持ちに、ほっこりした。
来年も、巣作りに戻ってきてくれるといいなあ。
 
おばちゃんの店、つばめの巣、つばめの巣を守る駐輪場のおじさん。
心が優しい気持ちで満たされる。
心がギスギスする日もあるが、自分の心がホッとする瞬間は案外近くにあるものだ。
旅行に行ったり、特別なことをしなくても探せば見つかるのだろう。
日常の何気ない日々のなかには、ホッとする瞬間があるが、気づかない時もある。
毎日、駐輪場を急いで歩いていた。
上を向く余裕がなかったのかもしれないな。
少し上を向くだけで、可愛らしいつばめを見られたのに。
もうちょっとゆっくり生きてみよう。
余裕を持って生きると、いままで見えなかった景色が見える。
昨日、いつものように巣を見上げると、ひなはすでにいなかった。
無事に、巣立ちをしたようだ。
来年もまたおいでね、待ってるから!
まるで自分の子どもが巣立ったような気分になった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
izumi(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年7月よりライティング・ゼミ超通信コースを受講。2022年1月よりライターズ倶楽部に参加。ランニング、トレイルランニング歴10年。最近山登りにハマってテント泊を実現したい。誰かの応援になる文章を、書けるようになりたいと日々特訓中

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2022-06-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.173

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