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セミの交尾、それと生きること。


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記事:鈴木喜勝(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
交尾中のセミを発見したことがある。
「先生! お尻とお尻くっついてる! これ何してるの?」
 
あれは、真夏の園外保育中だった。たまたま5歳児クラスに入っていたときのこと。
保育園の近くの公園。自然も豊富にあって、夏にもなれば虫取りがよく出来る。
 
男性保育士という存在は、子ども達にとって「虫を怖がらない人」という存在のようだ。だいたい虫を捕まえるのが好きな子は、私の所に持ってくる。私も、虫は好きだ。一緒に草むらに入って、よくわからない虫を手にしては子ども達と「なんじゃこりゃ?」と考えている時間が結構好きだ。
 
けれど、交尾中のセミを発見した時は困った。
 
未熟な保育士である私が、“交尾”をいうものを子ども達に教えることは到底できなかった。
「仲の良いお友だちと、手を繋ぎたいことあるよね? きっとセミさんも、そうしたかったんじゃないかな?」
「手は繋ぐけど、お尻は繋げないよ」
5歳児ともなると、鋭いことを指摘してくる。それ以上、私は何も言うことが出来なかった。
 
保育の仕事をしていると、そんなことばかりだ。
例えば「生」について。
今度、あの子はお兄ちゃんになるんだって。あの子のママ、お腹に赤ちゃんいるんだって。
そんな話題の時に「赤ちゃんはどうして生まれるの」と聞かれると、大いに困る。
 
他にも「死」について。
近くで飼っていたヤギが死んでしまった。みんなで育てたカブトムシが動かない。
そういう時も、とても困る。「お星さまになったんだよ」などとはいうものの、きっと、それらのことを本当に理解するのはもっともっと先のことなのだ。
 
真夏のセミは、「その行為」をするために鳴くということを、この子達が知る時はあと何年後だろうか。
土の中で7年。明るい世界での時間は1週間。暗く、狭い土での生活の後。明るい世界に飛び出し、生の喜びを表すように鳴くのか、それとも、生きることの儚さを嘆いて鳴くのか。
 
「こんな世界に生まれた子どもはかわいそう」
ツイッターを見ていて、そんなことをつぶやいている人がいた。
この世は苦しみである。苦しみの世界に子供を産み落とすことは、親のエゴであり、子どもを産みべきではないという主張を、よく聞くようになった。
 
反出生主義。反出産主義。そんな風に言われているようだ。
 
確かに、生きていれば、苦しいことは多い。お釈迦様だって「一切苦役」この世は苦しみですって言っている。
私の子どもが生まれた時、私は幸せでいっぱいだった。けれども、この子が大きくなった時に「どうして頼んでないのに僕のことを産んだの!」なんて、言われてしまう時が来るのだろうか。親ガチャに失敗したなどと、言われてしまうのだろうか。考えるだけでも、気が滅入る。
 
思えば、確かにどの時代も苦しいことはあった。大人になれば、きっと今の苦しみはなくなると思っていた。
けれど、大人になるにつれて苦しみの質も変わっていく。ニュースやらSNSやらを見ているのも、暗い話題が多すぎてしんどくなってくる。
 
虐待によって命を亡くす子ども。お金がなくてごはんが食べられない子ども。親のいない子ども。いじめで自ら命を絶つ子ども。苦しい環境にいる子ども、いや、子どもだけじゃない。苦しい環境にいる人はもう途方もないくらいいる。
 
本当に、生まれて来ないほうがよかったのか?
苦しみの世に生まれた子は、かわいそうなのか?
残念なことに私は哲学者じゃない。もう何百年も前から、人が生きることについて真剣に考えている頭のいい方々の文献などもたくさんあるが、自分はそれを読み解くほどの力もない。
 
だが、私自身は、生きていてよかったという時間も、苦しみの合間に確かにあった。
 
友だちと共に、未来の夢を語り合りながら歩いた真夜中の日。
大好きなスポーツの練習に明け暮れた日々。
土砂降りの中、何が面白いのかわからずに笑いながら走った小学生の頃。
今は亡きおばあちゃんにもらった、黒糖の飴。
こんな情けない男といっしょにいてくれる妻。
 
どうしようもない人生だったけど、これらのことを私は否定したくない。
 
あの日もそうだった。
セミの交尾を興味深そうにじっと見つめる男の子。炎天下の中で、汗びっしょりになりながらヒーローごっこをする子ども達。木々の陰に隠れておままごとをする女の子。そして、30歳を過ぎても全力で虫を捕まえようとする自分。
 
あの時間だって、否定することは出来ない。あの子達を見て「生きていることがかわいそう」とは、到底思えない。
 
そういう時間が、誰にでも多く訪れるといいなと思う。
「生まれてよかった!」というよりかは「なんかいい感じ」と思える毎日が、誰にでも感じられるようでいてほしい。どんな小さなことでも、「なんかいい感じ」とは思えるはず。私がただの虫取りで、そう感じるように。
 
そういえば、セミについて調べてみた。
「セミの幼虫は7年土の中で暮らす」というけれど、種類によっては2~3年くらいで成虫になるらしい。寿命も1週間というが、中には1か月生きるものもいるとか。暗く冷たい土の中にいる時間も、そんなに長くはない。明るい世界に羽ばたく時間も、そんなに短くない。
暗く冷たい世界に、ずっといたとしても、セミのように明るい世界に出られる。たとえそれが、一瞬の命の輝きだったとしても。私は、そう願いたい。
 
セミの交尾を見た男の子を、お迎えの時も見た。
お母さんに、セミのことを伝えていたが、お母さんは虫が嫌いなようで必死で話題を変えようとしていた。
あの子が大きくなった時。こうしてお母さんが迎えに来たこと、一緒に帰ることも、「なんかいい感じ」と振り返られる時が来たら、きっとセミの交尾というものが何か、そして、どれだけ私達大人がその問いに対して困ったかを、きっと知ってもらえるだろう。
 
 
 
 
***

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2022-06-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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