私が息子に漢字を教える理由
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:宮村柚衣(ライティング・ゼミNEO)
子供の頃、私は漢字の書き取りの宿題が大嫌いだった。
夏の暑い日。蝉の大合唱を聞きながら、小学生の私は漢字の宿題に取り組んでいた事を覚えている。網戸の向こうに見える山の裾野が、初夏の強い陽を浴びて燃えるように青く輝くような暑い日だった。
「まっすぐ書かなあかん」
盆踊りでもらった白い団扇をパタパタ扇ぎながら、おばあちゃんは言う。
「書いてるし」
「あかん。曲がってる。消して書き直し」
「ちゃんと書いてるってっ!」
「あかん言うてるやろ」
おばあちゃんは横から消しゴムに手を伸ばし、私の書いた漢字をゴシゴシと消していった。
「ほら、ここも跳ねてない。やりなおし」
私が漢字を書く度に、おあばちゃんは文句を言った。
「ちゃんとやってるし」
ジリジリと焼けるような暑さの中、おばあちゃんの小言を聞く度に私はイライラしたことを覚えている。
お手本の漢字をなぞり、ひたすら同じ漢字を繰り返し書くなんて苦行以外の何物でもなかった。訓読みと音読みの違いも良くわからないし。なんのために漢字なんてものを勉強するのだろうか? よく、そう思っていた。
それから月日が経ち、私は年子の女の子と男の子の子供を産んだ。子供たちはすくすくと成長し、あっという間に小学生になった。昔のCMじゃないけれど、勉強なんて出来なくても良いから、のびのびと育って欲しいというのが我が家の教育方針だった。
しかしながら、ある日、息子のランドセルの奥底からクシャクシャに丸められた紙が発見されたことで我が家の教育方針は大きく舵をきることになったのだった……。
それは、20点と赤ペンで書かれた漢字のテストだった。
茹だるような暑さの中、東京のマンションの1室で私は息子を問い詰めた。
「……」
息子は下を向いたまま、黙っている。ミーン、ミーン、ミーン。蝉の声が五月雨式に降り注ぐ、暑い日だった。
「なんで出さへんかったん?」
「……」
私は燃えるような暑さにイライラしながら、息子を問い詰めるが小さな口をキュッと締め下を向いたままだった。
「20点を取った事に怒ってるんちゃうで。テストを隠してたことに怒ってんねんで」
「知ってる」
キッと顔上げ、私の目を見ながら息子はハッキリとした声で応えた。
「じゃあ、なんで出さへんかったん? 別に20点でもエエやん」
「……」
目を反らし、また下を向いて黙ってしまった息子を見つめながら私は考えを廻らせた。
息子は産まれた時から病院中に響き渡る産声をあげ、保育園時代はいつでも何処でも入りまわっている子だった。誰とでも直ぐに仲良くなり、銭湯に連れていくと「こんばんは!」と常連さんに自分から声を掛け「えらいわねー」と、褒められるのが日課だった。
そう、何かを隠したり、ズルをするような子ではなかった……。ということは、何かそうせざるを得ない事情があったのだろう。
「もしかして、20点が恥ずかしかったん?」
「……うん」
息子は小さな目からぽろぽろと涙を流しながら応えた。
それは小さな頃から人懐っこく、人の目など気にしたことなかった息子の初めての恥じらいの行動だった。自己肯定感の塊のような息子が初めて出会った羞恥心だったのだろう。
「100点取りたいの?」
「うん。取りたい」
「そしたら、取らしたる。漢字なんか、やったら誰でも100点取れるようになるねんで」
「本当?」
「うん、ホンマ」
それから、毎朝6時に起きて私と息子の漢字特訓が始まった。目標は毎週木曜日に行われる学校の漢字テスト(全10問)で100点を採ること。
私の好きな言葉は整理整頓と効率化。漢字学習についても効率的に行うべくリサーチから始めた。
読めないと書けないので、音読が大事。
漢字を効率的に覚えるには単語カードを使うこと。
漢字は覚えても直ぐに忘れるので、覚えた漢字は最低3回復習すること。
ふむ、ふむ、なるほどね。
昔のように間違えた漢字を何度も繰り返し清書するのもナンセンスらしい。間違えた漢字は書き順を含めて、漢字を正確に一度なぞり書きし、2回だけ鉛筆で書くのが効率的なのだという。
目から鱗の学習方法がいくつかあった。そして、漢字の学習そのものの必要性も知ることができた。
百マス計算などで有名な影山先生によると、小学校2年生までの漢字が読み書き出来ないと、日常生活に支障が出るというのだ。例えば、駐車場の「空」の意味が分からなかったり、街に設置されている看板が読めなかったりするらしい。そして、小学4年生までの漢字の読み書きが出来ないと社会人になった時に日報などを書くような仕事に支障が出るという。
つまり、「漢字が出来なくても生きていける」という私の考え方は「漢字が出来なくても生きていけるが、生きる幅は狭まる可能性がある」と言い換えることができるのだと気付いた。
何より、幼い息子にとって低い点数のテストを毎週返されるという行為が自己肯定感の低下に繋がるのだということを知った。
「ほら、曲がってる」
「えー、曲がってないし」
「だめ。ちゃんと書き直し」
やる気はあっても、集中力が続かずクラゲのように溶けそうになってる息子の横に座り、私は昔のおばあちゃんのように息子に漢字を教える。
「100点取りたいねんやろ。そしたら、がんばり」
ただ1つ。当時と違う事があるとすれば、漢字を勉強している本人に確固たる目標があることだろう。
それから、焦げ付くような暑い夏が過ぎ、紅葉が色付く頃には息子の漢字テストの点数はぐんぐん伸び80点や90点を連発するようになっていった。
「あと、もうちょっとだったんだけどなー」
と、悔しそうに私に漢字テストの点数を報告する姿は頼もしく愛おしかった。
そして、木枯らしが吹く頃……。
「100点だったよ!!!!!」
弾けんばかりの笑顔で息子は帰ってきた。背中から羽が生え飛んでいくのではないかと思うほどに飛び跳ねながら。
……3年後。
息子は朝の漢字特訓を止めることなく続けている。
小学1年生だった息子は4年生になり、ずいぶんとたくましくなった。学校や学童の先生の話では、テキパキ、ハキハキと行動し、下級生の面倒も良く見ているという。
それが毎朝の漢字特訓のおかげかどうかは判らないが、漢字テストで100点を取った事は彼の中での1つの成功体験となった事は間違いないだろう。
よほど嬉しかったのか、未だに頑張った事を書く作文や目標には必ず漢字特訓の事を書いて来る。
朝焼けが、にじむように東の空にひろがりはじめる頃、私と息子は漢字特訓を始める。
1つの漢字を覚えるのに四苦八苦していた息子は、すらすらと漢字を書けるようになった。80点や90点の時もあるけれど、100点の漢字テストを取って来れるようになった。
「まっすぐ書かなあかん」
そうして、私は変わらず息子に漢字を教えている。
あと少しだけ、と思いながら。
だって、息子はもうすぐ私の手の届かない所に飛んで行くのだから。
「まっすぐ書いてるんだけどなー」
足をパタパタさせ、首を傾げながら息子は言う。
きっと、これからは手伝えることなど無くなっていく一方なのだ。
だから、あと少しだけ。あと少しだけ、息子と一緒に、私は漢字特訓をする。
***
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