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リングの上に立たないと得られないもの


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:河口真由美(ライティング・ゼミNEO)
 
 
“1回の試合は、100回の練習よりも価値がある”
 
これは、お世話になっているキックボクシングのインストラクターに、以前言われたことばだ。
私は10年前からキックボクシングを続けている。ミットにパンチや蹴りを入れる爽快感が、ただただ楽しくて、やめられずに現在に至る。もっと上手くなりたい! そう思って、真面目にコツコツと練習を積み重ねてきたが、はじめてしばらくすると、私の技術は今一つ伸び悩むようになった。
そんなある日、練習前にインストラクターが私に一枚の紙を渡してきた。
 
「なんですか? これ」
 
「でましょう! 私も出るんで」
 
でましょう? 渡された紙をよく見てみると、アマチュア試合の出場申込書だった。
 
「いやいやいやいや! 試合なんて、絶対出ませんよ! 私、そこまで本気でやりたいわけじゃないんです。ジムの入会目的見ました? 選手志望じゃないですよ? ここで、ミット打ちしてるのが楽しいから、それでいいんです」
 
「でもうまくなりたいんでしょう? 絶対試合出たほうがいいですよ」
 
うまくはなりたい。でも試合は絶対に出たくない! かたくなに試合を拒否する私に対して、インストラクターはこういった。
 
「断言します! 1回の試合は、100回の練習よりも価値があります!」
 
観客を少し見下ろすリングの上で、みんなに見られながら試合をする独特の緊張感。ヘッドギアで狭くなる視野。想像以上に早くなる呼吸。1ラウンド3分という時間を異常なくらい長く感じる感覚。どれもが試合に出てみないと得られないものだとインストラクターは語った。
なぜかそのことばには特別な破壊力があって、ずっと忘れられずに自分の中に残っていた。
 
結局、私はアマチュアの試合に出ることはなかったのだが、あのときのインストラクターの言葉が、ここ最近、仕事という場面において、何度も頭の中に浮かんでくる。
 
18年間システムエンジニアとして働いてきた私は、40歳という年齢をきっかけに、ずっとチャレンジしてみたかったデザイナーへ転職した。
デザイナーといっても、美大や専門学校で専門的に学んだこともなければ、デザイン会社に所属したこともない。3年ほど前から本や動画を通して独学で学び始め、最近になってオンラインゼミでプロの先生から学ぶようになったくらいだ。
 
そんな私は、デザイナーの仕事を始めるにあたって、最大の課題があった。
それは『自信のなさ』だ。
 
なんでもそうなのかもしれないが、ある一つのことを習得するために勉強を始めると、実はその先にはたくさんの知識やノウハウが無数に枝分かれしていて、習得という道に果てがないことに気づく。
デザインに関してもそうだった。基本を学べば、レイアウト、色、フォント……次から次に専門的に学ぶ必要がでてきた。その知識を身につけていくことは楽しいのだが、学べば学ぶほど自信がつくどころか、失っていくのを感じた。きっと周りのデザイナーは当たり前に知っていることを、私は知らないんじゃないか。私には、まだまだ学ばないことがたくさんあるのに、こんな私が仕事としてデザイナーをやってもいいのだろうか?
 
私は、デザイナーの仕事というリングに、なかなか立てずにいた。
 
とはいえ、もう会社はやめてしまった。このままでは貯金が尽きて、生活できなくなる。追い詰められた私は、あるデザイン会社の業務委託の仕事に応募し、トライアルテストを受けることにした。
テストの内容は、指定された写真や文章の素材をもとに、自分でレイアウトを考え、商品を紹介するチラシや、社長のインタビュー記事を作成するものだった。
最初にテスト内容を見たときは、レイアウトに関する本はたくさん読んだし、これくらい簡単じゃん……のはずだった。
 
おかしい。なんか、ちがう。こんなんじゃない。
 
いざ作って見ると、納得がいくものができない。
あれだけ本をみて、理解したと思ってたのに、全然できない。私、ちゃんと理解できてないじゃん!
あせった私は、いろんなジャンルの雑誌を片っ端から読み漁った。タイトルはどう配置してる? フォントは何が使われている? 余白はどのくらい取られてる? 写真はどう配置してる?
それぞれの雑誌の特徴、読みやすいと思った雑誌がなぜ読みやすいのか、1週間のうちに100冊以上の雑誌を徹底的に研究した。
さすがに仕事となると、時間も限られるので、自分で勉強しているときと比べて、集中力も違う。
今の自分に足りないもの、身につけなければならない知識やスキルの優先順位がわかったことも大きかったが、ゼミの中で先生たちが言っていたことは、もしかするとこういうことだったのかもしれないと、実践を通して発見できたことも、私にとっては大きな収穫だった。
 
トライアルテストの結果は、不採用となってしまったけど、そんなことは全く気にならなかった。むしろ、そのテストを通して得たことの方が大きかった。
 
前もって自分で勉強し、知識を身につけておくことは大事かもしれないし、決して間違ってもいない。でも、それだけで終わってしまってはダメなのだ。実際にリングの上に立たないと気づけないことがたくさんある。やみくもに勉強していくよりも、実際に仕事をやってみて、そのときに必要な知識や技術を吸収する方がずっと効率がいい。
キックボクシング選手が、試合と練習を何回も繰り返していくように、きっと大切なのは、恐れずにリングの上に立ち続けて、仕事と勉強、両方を繰り返すことなのだ。
それがたとえ負け試合になってしまったとしても、それは経験となって蓄積され、確実に自分を成長させてくれるはずだ。

 
 
 
 
***
 
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2022-07-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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