エビチリと酸辣湯と、みりんの夜
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:ロビンソン安代(ライティング・ゼミ6月コース)
蒸し暑い木曜日の午後だった。
「今日の晩御飯、何にしよう」
今まで何千回としてきた自分への問いかけだ。毎日のめんどくさい時間。
今日は何も食べたいものがない。冷蔵庫を見ても、これといったものもない。
冷凍室に、夫が巨大スーパーで衝動買いした、大量のむきエビが
カチンコチンのまま鎮座しているだけだ。
私の携帯が鳴った。
娘からのラインメッセージだった。
「今日、酸辣湯が食べたい」
酢っぱくて辛い中華スープ。ふむ。自分で作ったことはないけど、好きなスープではある。
「作ってみようかな」
いくつか足りない材料を買い足せばできそう。冷凍庫のエビも使えば、
ちゃんとした中華めしになるだろう。エビと言えば……、エビチリ!
これも自分で作ったことはないけど好きな料理だ。
「よし!エビチリと酸辣湯で決まった!」
私の、数少ない料理レパートリーによるヘビーローテーションが日常の、我が家の食卓。
今日はほんの少し変化を持たせてみよう。
普段、私の献立を決める際の基準は「洗い物が少なくて済む」 「ボリューム有り」
「栄養バランスが良い」 「予算内」 だ。
これを網羅するものとなると、たいていは肉野菜炒め系か、シチュー/カレー系か、
焼き魚/煮魚系に、 汁物と何か野菜料理 という感じになる。
料理レパートリーを増やす試みって、良いアイデア!
私は珍しく夕ご飯作りに前向きだった。
スマホでレシピサイトを見た。良い時代になったな。
動画で作り方を教えてくれてわかりやすい。
ほうほう……。そんなに難しくなさそうだね。
4人分の材料も書いてくれてあった。メモをとる。
娘が、近くのスーパーでキクラゲとタケノコを買ってきてくれた。
良かった。今日は娘の機嫌が良い。幸先が良い。
でも定期テスト前だから、料理の手伝いはしないとのこと。
ちっ、こんな時だけテストを前面に出してくる。
まあ良い。私には親切なレシピサイトが付いている。
私は、エアコンの設定温度を下げ、風量を「強」 にした。
まずは酸辣湯を作ろう!
色んな材料を切り、湯を沸かし、中華だしパウダーを入れ、
具材を煮込んでアクとって、味付けをしたらとろみ付け。1品完了。
順調だ。楽勝じゃないか? 私もなかなかだ。
お次はエビチリだ!
エビは下処理が必要だ。
これだから私はエビ料理をあまり作らないんだよなと思いながら、1尾1尾背ワタ除去。
4人分、36尾の背ワタが取り除かれたが、それと引き換えに私の肩と首には痛みが乗った。
肩こり・首こりさん、こんばんは。また今日もお会いしましたね。
気にしない。すべてはおいしいエビチリのためだ。行くぞ。今日の私は良い調子なのだ。
レシピを確認していて声が出た。
「しまった。合わせ調味料が必要な料理だったか」
全く手順の悪い奴だ、私は。
普段、炒めるだけまたは煮るだけ&調味料を振りかけるだけ、の料理ばかりしているから、
ちゃんとした中華料理の手順に慣れていない。
小さなボウルにケチャップ、砂糖、塩などを入れていく。よし、合わせ調味料完成。
さあ、エビを炒めていくよ。
ジュー、ジュー 良い音だ。いいぞいいぞ。
おっと、フライパンのすぐ横にさっき使ったお酢がある。しまっておこう。
片付けながら料理をする私=できる女。うふ。
傍から見たら、気持ち悪くニヤリとしていただろう私は、
キッチンの端にある、背の高い調味料用の引き出しに
酸辣湯で使ったお酢をひょいっと入れた。その時に何かのボトルが倒れた。蓋の部分に若干の違和感があるように感じなくもなかったが、気のせいだろう。後で戻せばよい。
どうせ今すぐ使うものではないし、エビちゃん達が私を待っている。
―しかし、ここで私は気にするべきだった。様子を確認しておくべきだった―
快調にエビをいためて色がだいぶ変わってきたころ、私は調味料の引き出しの前を通過して
異変に気付いた。私の足が何かの液体でぬれたのだ。ヌルっとした。
なんだろうと視線を床に落とすとそこに水たまりが広がっていた。
恐る恐る調味料の引き出しを開けてみたら、倒れたみりんのボトル。
蓋が開いている……。
お酢も、料理酒も、ピクルスも、みんな底が浸かっている。まるでみりんの足湯だ。
物を言わないボトルたちが私を見つめてくる。
おまけに引き出し奥には、いつの間にか誤って入り込んでしまったであろう
麦茶パックが1つ。全身浸かって、こちらは入浴中だ。周りに茶色の色を出し始めている。
私は固まった。時が止まった。落ち着け、私。
瞬時に判断をしなくてはならない。どちらを先にする?
みりんの片付けか、エビちゃん炒めか?
エビは火を通しすぎると固くてパサパサになる。エビ料理は火加減が命だと、
NHKのガッテンガッテン言う番組で言っていたのを思い出した。
ゆえにエビちゃん達を放っておくことはできない。
私の心は決まった。足裏を急いで拭き、エビちゃん達のもとへGOである。
のぼせたような色味のエビちゃん達を炒めながら、
みりんの水たまりを横目で見て考える。
娘に手伝いを頼むべきか?
基本良い格好したがりの私。通常この手の失敗は、こっそり自分一人で処理をする。
子どもが大きくなってきて私の威厳が失われつつある最近は、特に意識して、そうしている。
しかし今の私は、肩こり、首こり、みりん湯場の始末、エビちゃん=時間との勝負
を抱えている。背に腹は代えられない。
大声で叫ぶ。
「娘~! ヘルプぅ~!!」
いつもの母親とは様子の違う声に、娘が応じた。
キッチンに駆けつけ、みりんの水たまりと足湯に唖然とする娘。
遅れて駆けつけてきた犬。こちらはみりんの水たまりをなめようとしている。
「申し訳ない。こういうことなもんで、お願いします!」 と私。
絶賛反抗期中の娘だが、さすがに手伝ってくれた。まずはみりん足湯の引き出しから……。
かくして、何とかエビチリは完成。エビは少し固かったが味は良かった。
みりんによる洪水も片付き、晩御飯はおいしく食された。
ごくごくありきたりの夕方がドタバタ劇となった。
優れた作品には必ず名脇役の存在があるというが、今日の名脇役は間違いなくみりんボトル
だろう。大げさか? 蓋をきちんとしていなかった私がただ単純に悪い。ただ、それだけだ……。
でも、なんだか楽しかった。みりんで足を濡らしながら慌てふためく自分が滑稽だったし、
娘と協力して困難を乗り越え、母娘のつながりも深まったように感じた。
(娘は全くそんな風には感じてはいない)
調味料入れの引き出し内部は以前よりもきれいになり、引き出しの向こうからは、
なくなっていたしゃもじが見つかった。床もピカピカだ。けがの功名である。
私の日常はつまらないものだと思っていたが、
日常の中に、意外とドラマは眠っているのかもしれない。
いや、ドラマと感じられた私がイケていただけか?
明日はどんな出来事が待っているだろう? 楽しみになってきた。
そして近いうち、エビチリのリベンジを果たそう。
火を通しすぎていない、プリプリ触感のものを作ってやろう。
そんな闘志に私は今、燃えている。
日常に、ドラマあり。
***
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