大事にしすぎると……
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事::Pauleかおり(ライティング・ゼミ6月コース)
「お兄ちゃん! ひどいーーーーー! 返して、私のブドウーーーー」
小学3年の私、時は秋。
まるまるジューシーな房がたくさんついた巨峰が送られてきた。
10歳離れた兄は、箱から葡萄を取り出すなり、私にいった。
「全部、一個づつ皮剥いてあると、食べるのがラクでいいよー」
今でこそ皮ごと食べられる巨峰はあるけど、その当時は全くない。
さらに小さいタネまで2〜3粒は入っているというとんでもなくめんどくさい、けど滅多に食べられない代物。
「そっか! なるどー」
従順で無知な私は納得した。
兄の姿が消えたダイニングテーブルの上で、せっせと、一つ取っては皮を丁寧に剥がし、指を突っ込んで種を探し、取り除く。
一体どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
大きなお皿には、皮なし、種無しのブドウの身だけが、美味しい果汁のスープに浸りながら、ピラミッド状態に完成した。
あとで思いっきり食べる姿を想像しながら、じーーといろんな角度から眺めた。
食べたい気持ちを抑えて。
お兄ちゃんが戻ってくるまで、待っていよう……。
思っているうち寝てしまっていた。
「ずるっ。ずず〜っ」
妙な音に目が覚めた。
え?兄が皿に顔を近づけ、掃除機のようにブドウを大量に吸い込んで食べているではないか!
あんなにたくさん積み上げられていたブドウたちは、ほとんど無い!
兄の顔を皿から引き剥がそうと両手で押し続け、割れんばかりの声を張り上げて、泣き叫んだ。
返してくれと、口に手を突っ込もうとするが、相手は10歳も上。到底叶わない。
「お兄ちゃんなんて大っ嫌い」
兄は言った。
「どうせ剥いてる時に食べたでしょ? いいじゃん」
「もういらないから置いてるのかと思った」
滅多に食べられない、苦労して剥いたブドウ……。 一生忘れられない。
それから季節は変わり、ある日のこと。
私が大好きだったおばあちゃんが亡くなった。
おばあちゃんの家で、母を含む姉妹が集まり、遺品の整理をしていた。
押し入れに首を突っ込みながら、姉妹たちのしゃべる声。
「これ、健ちゃん(先の兄)が初めて行った海外旅行の時のお土産だね」
それは、初孫からの外国製品の香水だった。
世の中はまだまだ海外に行く人は少なかった時代。
おばあちゃんは、封も開けることなく、ビニールで覆われた箱のまま押し入れに、大事にしまっていたのだった。
「こんなの見たこともない」 綺麗な箱にうっとりしながら、おばあちゃんはよく言ってそうだ。
そんな話に聞き耳を立てながら、おばあちゃんの遺品たちを見つめ、胸がギュッとなった。
この香水がどれだけおばあちゃんにとって大切なものだったのか、それなのに、一回も使わずあの世に行ってしまうなんて。
おばあちゃん! 意味ないじゃん。
心で話しかける私。でももう1人の私の頭の中では、あのブドウの事件のことが蘇っていたのだった。
どんなに大事にしても、「後で」 と言って食べなかったら、もう食べれないかもしれないじゃん。
どんなに大事にしていても、「いつか」 と言って使わなかったら、もう使えなくなるかもしれないじゃん。
人間なんて、いつどうなるのかなんてわからないんだから、さっさと食うべし!さっさと使うべし!
心は決まった。
早速家に帰って、何年も大事に集めていた可愛いシールたちを使うことにした。
シートから剥がしては、机や、玩具箱、ノート、ありとあらゆるところに貼っていった。
が、しかし!
貼っても、貼っても、背くようにペロンと剥がれていってしまう。
次のシールは、台紙からも剥がせない。
何年も長い間保管していたせいだ。
綺麗な箱に大切にしまって、眺めて、使える日を夢見ていたのに。
…… ただのゴミになってしまった。
四隅が黄ばんで、粘着力のなくなったシールたちを一枚ずつ手で伸ばしながら、泣いた。
どんなものにも寿命はある。賞味期限、消費期限があるのだ。
だから、いつかというのはやめよう。
大事なものほど、大好きなものほど、さっさと使おう。使い倒そう。
自分にとっての絶好のタイミングを大切にしよう。
あの日から、すっかり私の教訓になってしまった。
時は何十年も過ぎ、近年に大きな引っ越しを3度やって、改めて気づいた。
好きなもの、大切なもの、大事なものへの教訓は守られていたが、
その代わり、特に大切じゃないもの、日常的なものに関しては、別の扱いにしていた。
例えば、デパートや洋服屋さんなどでもらう大小様々な綺麗な紙袋、洋服についてくるスペアボタン、洋裁で使った布の残り、ホームパーティなどで使用するための紙皿・紙コップ・割り箸、芋掘りや引っ越し用に使える軍手、鮮魚など買うたびについてくる保冷剤など。
引っ越すたびにこんなに同じものが…… 状態はよくある。
いずれも、「いつか使うから」 呪文にかかってしまうものたちだ。
しかし、結局ほとんど使うことがないまま、何年も物置の多くの場所を牛耳っている。
いつかとお化けは出てこない。
あのシールの時と同じだ。
結局、布は色褪せるし、スペアボタンの出番がないうちに処分されているし、紙コップや紙皿も湿気を含んでよれっているし、割り箸も色が変色している。
たくさんあった軍手も、よし使おう! となったら、ゴムが風邪をひいている。
保冷剤で埋め尽くされて、肝心な冷凍品が縮こまっている。
日常的なものに関しても、やはり、使える時に、使い切ってしまおう。
リサイクルできるものは、面倒でも利用しよう。
それでも余るのなら、綺麗なうちに誰かに差し上げてしまおう。
必要とされる場所へ。
人生も後半戦になってから、ようやくスッキリ度が加速して、その恩恵を受けている。
今、使うものしかない空間になるので、ものを探すストレスはフリーになった。
そこから気づいた「今」 への意識。
今必要か? 今欲しいか? 今好きか? 今大切か?
過去でも、未来でもなく、今、そのものに対してどんな気持ちを持っているのか。
また持ちたいのか。
自分に聞くことができるようになって、人生は前よりもっと楽しくなった。
大事にし過ぎて残念な目にあったおかげだな。
感謝。
***
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