メディアグランプリ

真実の広島


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:赤羽かなえ(ライティング・ゼミ書塾)
 
 
県外出身者の私にとって、8月6日はテレビの中の出来事だった。
 
朝のニュースのトップで、平和記念公園に座っている沢山の人が映し出され、何年目を迎えました、というアナウンサーの声を聞く。いつもよりも少し沈んだトーンで厳かに原稿が読み上げられる様子に、その日が8月6日だということに気づく、その程度の日でしかなかった。
 
私は、全く知らなかったのだ、四角いテレビの枠から外れたところに存在する、どこまでも暑い本当の広島の8月6日のことを。
 
広島に住むようになって、まず一番最初に驚いたのは、原爆関連のニュースが実家のあった関東よりもかなり長時間にわたって流れる、ということだった。また、広島の公立の学生にとって8月6日は登校日で、平和学習がある。広島にとって8月6日という日はただの365分の1日にはなりえない重みのある1日だ。8時15分になったら、市内は物々しいサイレンの音に包まれ、1分間、多くの人があの悲惨な時を思って黙とうをする。
 
ここ数年は、8月6日に平和記念公園に赴くようにしている。もしこの電車が、77年前の8時15分に走っていたら……、私は、これが家族に会う最後だったとしても後悔しないだろうか、などと思いながら、市内を走る路面電車の振動を全身で感じる。
 
原爆ドーム前という市電の停車場を降りてゆっくりと平和公園に向かっていく。正面の原爆ドームは、当時の悲惨な面影をさらしながら立っていて、いつもよりも沢山の人が、その痛々しい建物を見上げながらそっと手を合わせている。
 
ニュースの画面からは見切れたところでリアルの8月6日が展開している。
 
いくつもの団体や家族がお坊さんたちとお参りしている。暑い中を喪服に身を包んだ人達が沢山歩いている。あるいは、白い衣装に身を包んだ舞踏家や芸術家たちが、めいめい自分のできる精一杯の手段を使って平和の祈りを捧げている。ボランティアによる無料ガイドのサービスもあり、8月6日を知ってもらうための工夫もなされている。
 
一方で、平和という言葉の解釈の違いから色々な団体が自分の主義主張を繰り返し叫んで、時には衝突したりもしている。なんで、平和を祈る日に平和の在り方をめぐって争っている人達がいるんだろうとかなり呆れながら、平和ってなんだろう、と改めて考えさせられる。
 
どういう経緯があってこの平和記念公園という場に集まっているのか、一人一人に聞いているわけではないけれども、ここに集う誰もが、8月6日という日を意識して集まっているということだけは間違いなかった。
 
今年は、知り合いから声をかけてもらって、とある写真家が原爆ドームを背景にして写真を撮るプロジェクトに参加した。その写真家は被ばく2世で、2000年から日本人、外国人問わずたくさんの人を撮り続けて、その写真をもとに、個展を開いたり、写真集を刊行したりしているのだそう。
 
「プロに撮ってもらえるなんて滅多にない機会だし、家族5人で撮ってもらおう」
 
そう決めて、家族5人で現地までむかった。
 
けれども指定された時間は14時半だった。照り付ける太陽と照り返す地面の熱で、電車を降りて1分もたたないうちに汗が滝のように体を流れて止まらない。
 
プロジェクトのコーディネーターとうまく落ち合えず、うろちょろしていると、小3の長女が一気に不機嫌になった。
 
「なんでこんな日にこんなところにいなきゃいけないの!」
 
腹を立て始めると、どうにも収まりがつかなくなる娘に嫌な予感しかなかった。
案の定、いざ写真撮影、という段階になっても、彼女だけがへそを曲げて、頑として撮らないとつっぱねた。
 
炎天下だし、思い通りに運ばないし、写真家さんも待たせているし……腹立たしさと情けなさががまじりあって汗と共に吹き出す。世界平和を祈ろうとしている日に、家族ひとつまともにまとまらないなんて皮肉にもほどがある。
 
結局、長女のことは放っておいて、4人で写真を撮ってもらった。
 
私達が写真を撮ってもらっている間に、娘はスタッフの方と日陰に避難し、ハンディタイプの扇風機を貸してもらって、すっかりと機嫌が良くなっていた。
 
「なんか、さえんね」
 
夫が苦笑いしながら、残念だねというようなニュアンスの広島弁で私に言う。
 
「でも、なんか、いいのかも」
 
私がそう答えると、夫が不思議そうな顔をした。
 
「この写真には4人しか映っていないけれど、嫌なのに無理やり写真に入らなくても、向こうで笑ってくれているんだから、それが本当の平和というものなのかもしれないよ」
 
いままでの私だったら、長女の意志に関係なく、なだめたりすかしたり、物で釣ったりしながら無理やり一緒に写真を撮ろうとしていたはずだ。
 
でも、今回、彼女をフレームの外に出してあげたことによって、写真に写った4人も笑顔だったし、待っている彼女も機嫌が直っていた。
 
5人でそろって笑顔の家族の写真が撮れるのが理想だけれど、所詮、親が勝手に思い描く幻想にすぎない。
 
逆に、4人しか写らなかったからこそ、撮ったときのことが思い出に残って、あの時に彼女がどうして撮らなかったのか、ということまで鮮明に記憶に残る。それはそれで笑い話になるじゃないか。
 
私達の写真も、関東で流れていたニュースと同じ。そのフレームに淡々と写っている光景は、事実だけど、真実ではない。そのカメラの外でいろんな人たちがいて、それぞれが2022年の8月6日という1日を大事に過ごしている。
 
今、私達の手には、まぎれもない平和がある。
でも、その平和は、案外簡単に壊れてしまうかもしれない、ということもなんとなく感じている。
 
できたらいつか、8月6日に広島へ来てみてほしい。一人でも多くの人がテレビの外にある8月6日の広島の重さを肌で感じて、自分の中の平和について考えるきっかけになったらいいな、と願っている。
 
 
 
 
***
 
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2022-08-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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