「むく」「むかない」論争、再び!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:パナ子(ライティング・ゼミNEO)
何の前触れもなく、魔物はいつも突然やってくる。
今回だってそうだ。夫が1週間の出張で不在のため、ワンオペ育児でバタバタしていたその最中。夕飯と後片付けが終わり、あとはお風呂に入って寝るだけだ。とホッとしたのも束の間、長男が静かにこう告げてきた。
「なんか、おちんちんが痛いんだけど」
えっ!? そうなの? いつから??
残念ながら自分が持ち合わせていない臓器のため、おちんちんの諸問題は未知な部分が多く他の体調不良に比べて一瞬ドキッとする。
とはいえ、まずは見ないことには始まらない。
「じゃ、ちょっと見せて」
リビングに立っている長男のズボンとパンツをおろし、煌々と照らす照明の下、至近距離でおちんちんとご対面だ。
あらあら。これは……。
おちんちんの先っちょが「俺、明日、花開くぜ!」と宣言するアサガオのつぼみみたいに赤く膨らんでいる。
これはまずい。放置したらきっと、やばいタイプのやつだ。
子供が鼻水出したとか、ちょっとユルい便が出たとか、すぐに病院に駆け込まなくてもいい程度の体調不良は多々ある。そういう時は本人が不機嫌じゃないかなどを気にしながら様子見することにしている。
でも今回は放置したら明日にでも花開きそうな勢いだし、なんせ未知のおちんちんの事だ。となると、やはりこれは病院の受診一択である。
でも、まてよ。何科? 未知の臓器であるため「こども おちんちん 腫れた」でググる。すると「亀頭包皮炎」と出てきた。ちがう病院の同じ科の医師たちがその病気についてそれぞれ解説してくれている。泌尿器科である。うん、だよなぁ。やっぱり。
赤ちゃんの頃は「まずは小児科を受診」と教えられ、熱や嘔吐で幾度となく駆け込んできた。しかし、子供でも泌尿器科を受診できるという説明を見て、今回は専門家にお願いしようと決めた。
「えっと……、ひにょうきか、ひにょうきか……」
リビングの床に座り込み、明日の朝、受診できる病院をスマホ相手に懸命に検索していると
「……ねえ! ねえってば!!」
呼び掛けられ、ハッと顔を上げると長男のおちんちんがこっちを見ていた。直接布が触れるとこすれて痛いので、パンツを下にずらしているのだ。一瞬おちんちんに話し掛けられたのかと錯覚するくらいの近さだった。
「これ、どうやって使えばいいの?」
長男の不意の質問に動揺を隠せない私。
「……えっ? どう使うのって……なるべく触らないようにして過ごすしか……」
おちんちんを見つめながら戸惑いの返答をすると
「ちがう、そうじゃなくってコ、レ!」
長男は右手に持った電卓を左手で指さしている。
なーんだ! 早く言ってよ。私はてっきり……。
どうやら電卓を使ってみたいらしい。
「1 たす 2 イコールってするとこの上の細い画面のところに3って答えが出るんだよ。やってみて?」
長男は大事な部分を出したまま、リビングで電卓を叩き始めた。
お風呂が沸いて子供二人と入る。最近は自分で洗えるというので、つい任せっきりにしてしまったのがよくなかったのだろうか。もしかして、ばい菌がはいったのかもしれない。
「今日はお母さんが洗うよ」と大量のボディソープの泡で念入りに洗おうとすると
「痛いたいたいたいたいたいっ! しみるしみる、やめて!」長男がもだえている。
「ごめんごめん!」
私はどうやら対処方法を間違えたらしい。
触れると痛い生地は一切纏わぬ方針を固めた長男は、風呂上がりの後も相変わらず下半身を出したまま憂鬱な表情を浮かべていた。その状態のままリビングのイスに腰掛けてお茶を飲んでいる。
人間痛い箇所があるときは、そのことがなかなか頭から離れないものだ。しかも、長男は痛みに人一倍弱い。赤ちゃんの頃から定期的に受ける各種の予防接種でも、受ける前に怖くてギャーっとひと泣き、針を打たれてワァーン! と泣き叫び、終わってもなお余韻でシクシクとしばらく泣き続けるようなタイプなのだ。次男が一瞬でケロっとするタイプだから、いつからか次男は泣いてないのに3つ離れた兄だけがいつまでも泣くという現象が起き始めた。その長男が痛いとは訴えながらも、今日は泣いてないことに密かに成長を覚える。
「はぁ~……、もうずっと痛い」
「あ~痛いなぁ」
「お母さん、どうしよう、やっぱり痛いよ」
だからと言って痛みを訴えないわけにはいかないようで長男は息を吐くたびに「痛い」を連発してくる。あまりにしつこいので最初はなだめていたがつい小言が口をついて出る。
「おちんちん触ってばい菌入ったんじゃない? だめよ、触ったら」
しかし、この一言がまた間違った対処方法だということに後から気づくのである。
ハミガキをしながら「こども おちんちん 腫れた」の検索の続きを見ていると、こんな事が書いてあった。
「石鹸をつけてごしごし洗ってはいけません。お湯で洗い流す程度にして……」
うわー、良かれと思って大量の泡で洗っちゃったよ。本人痛がってたし、明らかにダメだったな。
「デリケートな場所だけに子どもも何か悪いことをしたような気持ちになっています。『触ったからこうなった』など、責めたり叱ったりしないでください。親が恐怖心を与えると痛くてもすぐに言わなくなったり、病院を受診したときに先生にうまく見せてくれなくなったりします」
うわー! うわー! さっき似たようなこと言いました。すみません。
「あ、でもさ、おちんちん腫れたりってみんなよくあるみたい。大丈夫だよ、心配しなくても。すぐに治るよ!」
慌ててフォローの言葉をかけるも、心配症の彼の憂鬱は100%吹き飛ぶことはないまま、ノーパンで翌朝を迎えたのだった。
あさイチで近くの泌尿器科を受診。
「おはようございます! はい、どうされましたか!?」
この病院では皮膚科の患者も受け入れており、私は以前皮膚科を受診した。2年前にはいた先代のおじいちゃん先生が引退されたようで、今は30代半ばくらいの息子さんが院長を務めていた。息子先生は前髪もワックスで後ろにきっちり固め、ツルツルのお肌には清潔感が漂っている。マスク越しでもよく通るハッキリとした声で症状を尋ねる。
「あの、おちんちんが腫れまして。痛みもあるようです」
診察のため、ベッドに横たわり緊張している長男のおちんちんを見るなり先生が言った。
「亀頭包皮炎ですね~」
これ予習してきてなかったら「キトー……ホーヒエン??」となりそうだな。
答え合わせができて納得していると先生が言った。
「塗り薬を出しますんで、毎日2回塗ってあげてください。それで、腫れと痛みがひいたら今度は塗り薬を潤滑油にして皮をむく練習をしてあげてください」
あー、ついに来てしまった! ずっと保留にしてきた問題と向き合う時が……。
「やっぱり、むけてる方が腫れたりもしなくなるということですよね?」
「そうです! 皮がむけてる方が清潔を保ちやすいです。むく過程で出血することもありますけどねハッハッハッ!」
えー!! 出血することもあるの? いや先生笑いごとじゃないって!
やけに元気で明るい息子先生は、我が息子をガン見してにこう告げた。
「血が出ることもあるけど大丈夫だからね。じゃあ頑張れるかな!?」
脅すな、脅すな。ただでさえ痛みとか血とかに弱いんだから……。
その顔の圧に押されて息子はこくりと頷くことしかできなかった。
そう、おちんちんの皮を「むく」「むかない」問題は、実は私のなかでずーっと気になっていたものだ。というのもまだ長男が赤ちゃんだった頃、「おちんちんの皮をむきましょう」というワークショップを受けたことがあるからだ。元々はそんなことも知らなかったのだけれど、産後の体を回復させるために通っていたよもぎ蒸しサロンで開かれたので、ついでの気持ちで軽く受講したのだ。
講師の先生は女性だった。昔過ぎて肩書はよく覚えてはいないが、赤ちゃんの体や扱いに詳しいトレーナーのような方だった。そこで教わったのは「むく」一択だった。先生はイラストを紙芝居にして見せてくれたり、おちんちんを模したぬいぐるみを使ってむき方を教えてくれたりした。講座自体は明るくカジュアルな雰囲気で、まるで「バナナの皮をむいちゃおう!」みたいに簡単に言う。
講座内では、赤ちゃんの頃から優しくむいてあげることで痛みを感じにくい、中まで洗いやすくなることで清潔を保ちやすく腫れたりしない、勃起時に圧迫されないのでおちんちんの成長にもいい……というメリットのみが伝えられたのである。
大きくなって皮をむこうとすると怖がったり、痛がったりする可能性もあるというじゃないか。
(そうとわかれば、早くむいてあげなきゃ!!)
昔からの悪い癖がこういう時にも出る。「今しかない」とか「早いうちに」とか今だけの限定品みたいな言われ方をすると変な焦燥感が沸き起こってしまい脳内がそのことでいっぱいになる。子供の事となると尚更だ。もう少し冷静でありたいと願うのに、なかなかそれができない。
その夜、帰宅した夫をつかまえ早速「おちんちんの皮を一刻も早くむいてあげることの重要性」を熱く説いてみる。しかし、残念ながら結果は空振りに終わった。
「まあ、そんな無理にやらなくてもいいよ」
「大きくなったら自然とむけることの方が多いし」
「大体、仮性も含めると日本人の8割くらいが包茎だしね」
夫のデータが正確なのか定かではないが、のらりくらりかわす様子に次第に私の熱が冷める。と同時に夫に対して若干不信感が生まれる。可愛い我が子のおちんちんが腫れてもいいのか!? おちんちんの成長にもいいといわれることをしなくていいのか!? こういうところからだぞ、父親と母親の育児の姿勢に断裂が生まれるのは!
いや、しかし、もしかしたら私におちんちんがないせいで、逆に心配が募って熱く語ってしまうのかもしれない。あー! 私にもおちんちんがあればもっと対等に話ができるのに! 専門外というのは立場的に弱いものだ。
ワークショップを受けてしばらくは長男との入浴時に、こっそりとむいてみたりしていたのだが、おちんちんを触ることすら嫌がられてなかなかうまくいかないし、そもそもバナナみたいにスルっとむけるものでもない。そのうちに未知の領域に足を踏み入れるのが怖くなってやめてしまった。こうして長男のおちんちんは開かれたことのない洞窟の扉みたいになってしまい、今に至る。
さて、やたら顔の圧が強い院長に「頑張れるかな!?」と脅された息子である。
はっきり言ってあの声援はまるで効かず、むしろ逆効果だったのかもしれない。おちんちんの皮むきへと誘おうとすると「やだ! やだ! やだ! やだ!」と完全拒否である。というか私だってビビっているのだ。先生は血が出ても大丈夫だとは言ったけど、血が出るってことはそれなりに痛みを伴うということだろう。息子も私もそんな事態に陥ったら平静でいられる気がしない。
とりあえず薬だけは塗って過ごした数日後、夫が出張から帰宅した。
「○○のおちんちんが腫れてね。受診したら、やっぱり皮をむいてあげたほうがいいって言われたよ」
そう伝えると夫はこう言った。
「まあ、そんな無理にやらなくてもいいよ」
「大きくなったら自然とむけることの方が多いし」
「大体、仮性も含めると日本人の8割くらいが包茎だしね」
デ……、デジャブ?? 約6年前と何ら変わりない答えが繰り出されたあと、さらに追加でこう言った。
「真性の場合だったら手術が必要になるくらいのことだからね。もし、そうだとしたら逆に無理にむいたら痛くて大変なことになるよ」
そうなの!? そういうこともあり得るの!? 私は恐怖心を煽る形で対抗してきた夫からのカウンターをもろに受け、トークバトルに敗北を喫した。そして、完全に戦意喪失したのだった。
「むく」「むかない」問題についての見解は小児科や泌尿器科のさまざまな医師がネットで語っているのを読んでもまさに賛否両論で、意見は割れる。今回受診した病院では血が出てもむいてと言われたが、それをすると逆に癒着を起こすこともあるので危険と言っている医師もいる。聞けば聞くほど、読めば読むほど、「むく」「むかない」問題は奥が深すぎるのだ。
こうなると、医学的にきちんとした知識を持っており、なおかつご自身の経験に伴う「むく」「むかない」問題を鮮やかにクリアした人に伺いたくなる。
息子が受診した泌尿器科のやたら元気なあの先生に聞きたかった。
「で、実のところ先生はどうされたんですか」と。
いやー、聞けない、聞けない。
私が公に「おちんちん」と言えるのはまだ小さい男児を育てる母親だからであって、息子のおちんちんに関してのみモノ申すことが許されるとしても、それ以外はご法度なのだ。そんなことしたら捕まるかもしれない……。
あぁ、またこの問題は結局棚上げすることになりそうである。こうなるともう祈るしかない。どうか息子のおちんちんが再び腫れることのありませんように! そして、将来的におちんちんで困ることがありませんように!
あー、早くこの「むく」「むかない」の無限ループから抜け出したい!!
自分とは完全に違う、生物としての男児を育てるものとして、これからも悩みは尽きそうにない。
***
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