メディアグランプリ

誰かに話したくなる不倫の話


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ウチヤマトモコ(ライティング・ゼミ8月コース)
※この記事はフィクションです
 
 
彼女はカフェの席に座るなり、最初からその台詞を用意してきたかのように「私、好きになってはいけない人を好きになってしまったんです」と言った。彼女が不倫の関係に悩んでいることは事前にメールのやり取りで知っていたので驚きはしなかったが、こんばんはの挨拶もなしに語りだしたことには、一刻を争うほどに誰かに話したかったのかと驚いた。
 
彼女が「おばちゃんレンタル」のホームページから私を指名して相談を申し込んだのはおそらく偶然だ。たまたま沿線が同じで安い時間料金を設定していたから目についたのだろう。
世の中は副業流行りで誰も彼もが自分のスキルを活かして稼ぐ時代になったようだが、私には誰かの役に立てるような特殊な技能は無く、ただこれまで客商売でいろいろな人の話を聞いてきたので話し相手になることくらいはできるだろうと思いこの副業サイトに登録していたのだった。
他にも華麗な経歴があり人生経験豊富な女性たちがキラキラと画面を彩る中で、私のような普通のおばさんに人生相談を持ち掛ける依頼は少なく、ちょっとした家の掃除など便利屋のような簡単な手伝い仕事が多かったが私はそれに満足していた。
 
彼女の話は唐突に始まり、息つく間もなく続いている。
会社の上司と約1年も付き合っているのだが、実はその上司にはもう何年も一緒に住みお互いの家族も公認している事実婚のような恋人がいるという。彼女との付き合いが恋人にバレると男はすぐに彼女に別れを切り出し、彼女がそれを断るとその男はパニックになってあろうことか親に相談し、その親から彼女が訴えられそうになっているらしい。
そもそも不倫ではないのに親まで出てきて何を理由に訴えるのか、と口を挟みたくなるが彼女の話には続きがありそうなので頷きながら先を促す。
 
実はその男は彼女に別れを切り出した後、性懲りもなく彼女の後輩の女の子と付き合い始めたことが判明したのだと言う。
入社したての後輩はアイドルのように可愛いく純粋無垢で、名前の漢字の一文字をとって「姫ちゃん」と呼ばれているらしい。仕事の失敗も多いが周囲の男性が寄ってたかってフォローするので、逆に一体感が生まれて職場の雰囲気が良くなっていると会社の評判も上々だという。
 
なんでそんな最低な男と別れないのかと聞くと彼女は言った。
「だって負けたくないじゃないですか! 恋人にも、会社の後輩にも。結婚もしていないのに長く付き合っているってだけで自分のものだと安心している人にも腹が立つし、若くてちょっと可愛いからって男に媚びまくっている子にもムカつくし」
「あなたには分からないかもしれないけど、彼は私を一番好きだったし、私を本当に必要としてたんです。私じゃなきゃダメなんです」
 
その言葉を聞いて私は彼女の今日の目的がやっと分かった。
会うなり言ったドラマの台詞のような言葉もいまの発言も、彼女は自分が主人公のラブストーリーをいち視聴者に披露して悲劇のヒロインを存分に演じたいだけなのだ。そして、ひどい、そんな男と別れるべきだ、もっといい男が世の中にたくさんいる、と慰めや男への批判を集めてその甘い言葉に浸りたいだけなのだ。これも承認欲求というものなのだろう。
 
そしてあわよくば、私はこんなに愛されているのだと世の女性にマウントを取って見せつけたいのだろう。こういう女性はSNSに不倫を匂わせるような投稿をしている。
不倫という危険を冒してまで熱烈に愛されている自分。その背徳感を味わいながら逢瀬を重ねることの喜びは私だけが知っている。こんな気持ち、普通の恋愛しかしたことない人にはわからないでしょう。そんな自己愛が彼女の瞳からあふれ出してくるかのように、時には涙を浮かべながら話し続けていた。
 
彼女の目的を果たすには、私のような地味なおばさんがうってつけだったのだろう。社会的地位のある女性に真っ向からお説教をされるのでは彼女の自尊心は満たされない。さえないおばさんから興味津々に話を聞きだされることも望むところだっただろうし、もし仮に不倫は良くないと諭されたとしても、あなたと私は違うと切り捨てることでプライドが保たれるのだ。
 
ここで私がするべきことはただ一つ。おばちゃんレンタルの評価点を上げるため、彼女の目的を果たすべく「あなたはまだ若くて綺麗なんだからいくらでもいい男に出会える。そんなバカな男とはすぐに分かれて次の恋をするべきだ」と彼女を褒めそやしながら励ますことだった。
 
2時間の契約時間が終わると、彼女は私への報酬支払とカフェの会計を済ませて満足そうな足取りで帰っていった。きっと帰りの電車の中でSNSに「もっといい女になってあんな男を見返してやる!」とでも書き込むのだろう。そんなありふれた言葉でも「いいね」はいくつかもらえるのだろうか。
 
 
こういう人生相談みたいな依頼は思ったよりも精神を消耗する。私は彼女の持っていた重い荷物を代わりに持たされたような気持ちでとぼとぼと家に向かう。
玄関の鍵を開けると部屋はまだ暗い。パートナーは帰ってきていないようだ。実家にでも顔を出しているのだろうか。
1年前に管理職になったばかりの彼は仕事が忙しくなったと言って帰りが深夜になることも多い。職場に面倒な部下がいて手がかかるんだよとぼやいていた。大企業の管理職というのは大変だなと思っていたが、どうやら違う理由があったようだ。
 
バッグの中で携帯電話がSNSの新着通知の音を鳴らした。
「親友と夜カフェ。3股男と別れて次の恋見つけるぞー!」
さっきまでいたカフェで彼女が飲んでいたチョコレートドリンクの向こうに私が着ているグレーのパーカーが写りこんでいる。ありふれた服装で行って良かったと胸をなでおろす。もっともパートナーがこの投稿を見ることはもうないのだろうが。
 
着替える気力もなくソファに座り込み買ってきたビールを一口飲む。苦みが喉を通り過ぎるのを感じながらSNSに「姫ちゃん」と入力して検索ボタンをクリックした。
 
 
 
 
***
 
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2022-09-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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