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インスタントなピカソとクリエイティビティの行方


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:菅原裕恵(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
最近Twitterのタイムラインを賑わせている「Midjourney」をご存じだろうか。
端的にいうと、Midjourneyは画像生成AIである。
キーワードを入力するとAIがそれらの要素を絶妙に組み合わせて絵画を生成してくれる。
無料で使えることと、「たった1分で、プロのような芸術的な絵が描ける」と言われるほどの完成度で瞬く間に話題になった。
 
「ピカソ」「ゴーギャン」などと偉大なる作家の名前をキーワードに含めれば、今は亡き巨匠の新作が生み出されたような絵がものの数分で書き出される。
生涯で15万点弱という驚異的な数の作品を産んだピカソだって、単純計算をしても1作品3時間はかかったはずだ。
それが数分、しかも素人の手で。
 
ごめん、ピカソ。
曲がりなりにも美術大学で学んだわたしは、自分が作ったAIでもないのに勝手になんだか申し訳ない気持ちになり、そして「人間が絵を描く時代は終わったのか」と寂しく思った。
 
これは絵画・イラストの世界だけで起きていることではない。音楽業界でもヒット曲のデータを学習させたAIが作る音楽は、聴いた人のうちかなりの割合が好意的な反応を示すらしい。
授業中にこっそりデッサンの練習と称してページいっぱいの楕円を1200個描き続けた高校時代。昼休みにどのコード進行が一番エモいかで盛り上がる軽音部員たち。
何かが形になる前の、あの謎のエネルギーに満ち満ちた時間。
これからはそんな光景も少しずつ無くなっていくのだろうか。
 
いや、そんなはずがあろうか。人は言葉を持つ前から絵を描いてきたのだ。まだまだ人だけが持つクリエイティビティがあるのではないか。いや、あってほしい。ものづくり勢の端くれとして、諦めきれないわたしは思案の末、カンボジアのコンポントムという街でおばちゃんからカゴを買った時の話を思い出した。
 
カンボジアのほぼ中央部にあるコンポントムは、首都プノンペンと観光都市シェムリアップのちょうど中間地点にある。主たる移動手段である高速バスの乗客たちの「サービスエリア」としても人々が行き交う街である。休憩中の乗客たちに向けて、果物やおやつを売る人々。その中で籐のカゴに出会った。
 
籐でできたカゴ細工はカンボジアではごく一般的で、大抵どの観光地でもビニールひもに吊られたり、乱雑に重ねられた状態で売られている。生業というよりは「生活の足しに」と雑事の隙間で作っている人が多い印象だ。
 
ここにもカゴを売るおばちゃんたちが何人かいて、地べたに座りながら各々が作ったと思われる商品を目の前に積み、熱心に売るでもなくおしゃべりをしていた。
そのちょっと歪んだり、謎のハート柄に編まれたり、何に使うのかよくわからない形をしている様々なカゴたちの中に、ひときわ目を引くものがあった。
圧倒的に編み目が細かく、一つの編み目にもズレや間違いがなく、完璧なプロポーションで丁寧に編まれたそのカゴ。
よくよく見ると、その作り手と思われるおばちゃんのカゴだけ目が細かいようだった。
だが不思議と値段は他の人と同じだ。
 
カゴ編みはマフラーを編むのといっしょで、素材が細ければ細いほど時間と材料がかかる。編み目の細かさがどうのこうのというわたしのようなカゴマニアもそういるとは思えないし、最終的に他の人と同じ値段で売るなら編み目を粗くして、早く、少ない材料で作れたほうが合理的だろう。
でもこのおばちゃんはそうしなかった。
「せっかく作るならきれいな方がいいじゃない」と。
わたしはその美意識とカゴの佇まいに魅せられて、そのおばちゃんが作ったカゴだけを幾つか買い大切に持ち帰った。
 
「せっかく作るならきれいな方がいいじゃない」
カゴの魅力の源泉は、間違いなくこの言葉だ。
これはカレーの仕上げに振りかける「追いスパイス」みたいなものだ。これを調理の最後にさっと混ぜるだけで、誰もが共通体験として持っていそうな「ありふれたカレーライス」を一気に本格的な味わいにアップデートしてくれる。
なくてもおいしい。でも、最後のスパイスのおかげで「あの時のカレーは美味しかった」と、ありふれた日常から一つ頭が飛び出た体験として記憶されるようになる。
いつものカレーでも十分おいしい。でもせっかくなら美味しく食べたい、食べてもらいたい。このほんの少しの「せっかくなら」が、体験をいつもと違うものに変えるのだ。
 
「せっかくなら楽しい方がいいじゃない?」
「せっかくならこの方が気分がいいじゃない?」
「せっかくなら新しいことしてみようよ」
 
なくてもいいのだ。
なくても満たされている、そこをあえて一捻りしてより豊かにする、そんな行為だ。
涼しさを耳で感じる風鈴、コーヒーに添えられる1かけらのビスケット、綺麗なインクで手書きされた一筆箋。
「せっかくなら」には人間らしさが滲む。その時間をどう豊かにしようとしているかに「その人らしさ」を感じるとき、人の心を揺さぶる。
100%を一捻りして120%にする、非合理なスパイス。
それが降り積もることで価値観がつくられ、やがて文化になってゆく。
これは、「その人らしさ」を持たないAIには創りえないものではないか。
 
価値観や文化は非合理な人の「せっかくなら」から生みだされる。それこそが人だけが持てるクリエイティビティなのだ。
今はまだ、そう信じていたい。
 
 
 
 
***
 
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