クラスで一番負けず嫌いの甥っ子を見て、羨ましいと思った話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:神田 銀平(ライティング・ライブ東京会場)
「ねぇ、おじちゃん、ゲームして遊ぼう!」
この子はT君。小学校1年生の甥っ子、6歳だ。
そして僕は32歳。気持ちはまだお兄さんだが、立場上はおじちゃんだった。
訂正してもらいたい気持ちもあるが、もう大人なので、訂正はしない。ちょっと悔しい気持ちもあるが、受け入れよう。争う必要もない
「僕のことはお兄さんと呼ぶんだよ」と言ったところで、僕の従姉にどう思われるのかを考えると、やっぱりこのモヤモヤは胸にしまっておくことにした。
この前、親族集まっての食事会があり、従姉の家族と焼肉屋に行くことになった。従姉に子供が生まれたことは知っていたのだが、しばらく会っていない間にもう6歳になったという。その日は雨で、サッカーの練習がなくなったらしく、T君は元気を持て余していた。トングで肉を焼きたがり、焼いた肉は一番に食べ始め、飽きてきたと思ったら、掘りごたつの机の下に出たり入ったり、元気いっぱいの子供。という感じだ。
子供というのは本当に自由なもので、やってみたいと思ったことは何でもする。自分も子どもの頃はこんな感じだったのかもしれない。
みんなが食後のデザートを食べている頃、いつでも帰れるようにと先にお会計を済ませた後である。
「コーンバターが食べたい」T君がそう言うのである。
お会計が終わっているので、今頼むと210円をまた別途お支払いしなければならない。従姉の旦那さんがT君を諭す。
「もうお腹いっぱいじゃない?」
「まだ食べれるもん」
「お家に帰っておやつ食べよ?」
「やだ」
「本当に食べたいの?」
「食べたいの!」
旦那さんは折れた。テーブルに置いてあるピンポンを押して店員を呼ぶ。
「はい、お待たせしました」
「あのー、コーンバターを一つお願いします」
「えっと、お会計が済んでますが、追加注文でしょうか?」
「はい、すいません、一個だけお願いします」
お父さんって大変だなと思いながら眺めていたら、コーンバターがテーブルに到着した。
来た! と言って最初の頃は、はしゃいで火にかけて炙っていたのだが、美味しそうな匂いが立ち上ってきた頃に突然。
「やっぱりいらない。食べたくない」そう言うのである。
世の中のお父さんは共感しかないと思うのだが、このわがままは可愛くもあるが、振り回される側は大変である。
210円の別会計をそのあと払っていた旦那さんの背中には、日々の苦労が垣間見えた。
そして食事が終わり、家に帰ると。T君にゲームをしようと誘われたのである。今のゲームはコントローラーを握って、サッカーやテニスなどのスポーツを遊べるらしい。これやろう。と言って選ばれたのはスポーツチャンバラと呼ばれるものだった。
2点先取したほうが勝ち。という1対1の分かりやすいゲームだった。
コントローラーを振ると、画面の中の自分がカタナを振る。相手をたくさん叩いて枠から押し出したら勝ちというルールのようだった。
「よーし勝つぞう」と言って僕には何の説明もないままゲームは始まった。
試合開始のゴングが鳴って僕はカタナを振り下ろす。
相手を叩いたと思いきや、カタナがはじかれるのである。
なんだ? 攻撃失敗? と思っていると。
「相手のカタナに上手く自分のカタナを当てるとガードできるんだよ! 知らないの?」
うん、知らない。そんなルールは初耳である。
私が戸惑っている間にT君の連続攻撃が決まり、画面の中の僕は、枠から押し出されていた。
「やったー1勝だ。このまま勝てるかも」
ほうほう、なるほど、こういうゲームね。チャンバラとは言うものの、このゲームは要するにじゃんけんだ。相手の攻撃を予想し、ガードするか、それを躱して攻撃するか。相手に勝てる手を出す。そういう戦略ゲームだ。
言っていなかったが僕はゲームが得意な方である。それさえ分かれば簡単だ。
てい、てい、てい。と相手がガードできないようにカタナを振り続け、あっという間に相手を枠外へ押し出した。なんと大人げない戦いだろうか。
「なんで? 強すぎ! ずるい!」
T君は泣きそうだ。
そうだった。このまま勝ってしまうのは簡単だが、今、遊びに付き合ってあげているのは僕だ。僕が勝ってはまずい。バラエティー番組のように、接戦を演じた末に、ゲストを勝たせてあげるのが正解の振る舞いだろう。
しかし、これがなかなか難しい。子供は意外と鋭いのだ。
負けても機嫌が悪くなるが、手を抜いてるのがバレても機嫌を損なってしまうらしい。さっきこっそりT君のパパが教えてくれた。
押しつ、押されつ、叩き、叩かれ、接戦の激闘を繰り広げる。
途中まではリードしつつ、ここぞというところで僕がミスをする。そのミスを機に、攻守が逆転し、T君の連続攻撃に僕は沈められる。というのが理想的だ。接待ゴルフなるものを聞いたことがあるが、これはなるほど大変な心理戦である。
「やったー! 勝った! 楽しい!」
いい戦いだった。そして、演者としての僕はなかなかではないだろうか。
もう一回、もう一回。とT君は何度も僕と再戦したがる。
子供の集中力とはすごいもので、一度試合が始まると、周りの声や音が聞こえなくなってしまうようで、それに付き合っていると、あっという間に時間は過ぎた。
負け続けるとさすがに手を抜いてると気づかれるかもしれないので、何回かは僕が勝った。
僕が勝つと彼は「悔しい、もう一回」と目に涙を浮かべながら言って再挑戦してくる。僕はもう大人なので、悔しいと思っても、もう泣かない。というより、泣けない。でも彼は泣くのだ。僕はそれを少し羨ましいと思ってしまった。
大人になった僕らは、勝負で負けたり、仕事で失敗したとして、悔しがるフリはしても、悔しくて泣くことはない。そして忘れるのだ。別に勝ちを譲ってあげてもいい。失敗しても死ぬわけじゃない。だから自分は傷ついてなんかいない。と。
たかが、と言ってはいけないのかもしれないが、この勝負はしょせんゲームだ。でも、たかがゲームにここまで真剣になれて、負ければ悔しい、もう一回と言う。この勝つまで辞めないという執着を大人になった僕はもう持っていない。勝ち負けにこだわる必要なんかない。と自分を諭してしまう僕は、この「クラスで一番負けず嫌い」という才能を羨ましい。と感じた。この才能は、きっとこの子の夢を叶えるために必要なエネルギーになるだろう。そうして僕は、この小さな子に「悔しさをバネにすることの大切さ」を教えてもらった。何かを成し遂げようと考えている方はこれを機に、これから出会う悔しさをより大切にしてみてはいかがだろうか。
***
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