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世界一甘い借金取り


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記事:千々岩 康治(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
「貴様……! なんかこの未収金回収率は!! 俺をナメとんか!!!」
3月中旬。事務長室に事務長の怒号が響いた。
怒号を受けているのは上司・主任・私だ。
上司は「私はこの事に関与していません」とアタフタし、主任も知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。実際怒号も二人ではなく私に向けられたものだった。
私はそもそも二人を最初からあてにはしていなかった。
ここまでは想定の範囲内。
 
警察上等。弁護士上等。パワハラ上等。裁判上等。
そのスタンスの事務長が私に「正論」をぶちまけ恫喝してくる。
 
ここから。
ここからだ。
 
私はこれからその事務長に対し無茶を通し、道理を蹴飛ばそうとしていた。
いまからの私の行動で「あの人達」の今後が決まる。
 
私は覚悟を決めた。
 
 
 
時期は1年半ほど遡る。
事務の担当をするようになって2年ほど経っていた。当時の私は同僚の事務職員に皮肉を込められこう呼ばれていた。
「鬼の千々岩」
 
なぜか。
それは未収金回収100%だったからだ。
未収金とは病院に対し手持ちがないなどの理由で患者が支払っていない診療費の事だ。
ありていに言うと病院に対しての借金の事である。
悪質な人もいて金額が膨大になり焦げ付いている人もいた。
 
私は金額の大小、善人悪人関わらず一律にすべて必ず回収した。患者とは入金の件での揉め事が日常茶飯事だった。無い袖も降らせていた。
極端な話、むしり取るようなことをしていた。
なぜそんな事が出来ていたのか。
 
それは私が患者に近づかず嫌われていたからだ。患者に近づかず嫌われればお互い割り切った話もでき回収がし易かったのだ。
 
当時の私の患者から評判は「こっちの話を聞かない冷たい人」「近づいてきたら金の話をする人」「金の話しかしない人」だった。名前も「お金の話をする人」だった。
 
だがその状態は終わりを告げた。
資格をもっていた私は介護の仕事も手伝うように上司に言われたのだ。
なんでも主任から人が足りないので手伝ってほしいと言われたらしい。
 
私は断った。
事務処理が大量にあること。
「その人個人」を知ってしまうと未収金の回収が出来なる事を伝えた。
すると上司は私に主任にも仕事をさせる事。未収金の回収は上司・主任も手伝うことを約束した。
 
数か月後。感のいい人はわかると思うが、上司たちは定時になるとすっ飛んで帰り、未収金の回収も一切手伝わなかった。
 
私の目の前には介護の仕事と膨大な未収金リストが残されていた。
回収率は5割を切っていた。だが私はもう未収金回収の力は残されていない。患者に近づき介護をすることで「その人」を知ってしまったからだ。借金取りとしては失格だ。
 
こんな私に残された回収方法は一つだけだ。私は患者に入金するようお願いするようになっていた。
こんな甘い方法で回収できるはずがない。私は頭を抱えていた。
だが話をすることで私の立場も分かってくれるようになり少しずつ自発的に入金してくれるようになっていた。
 
意外だった。人間、お金の話はもっと姑息になると考えていたからだ。
 
そしてなにより心が軽くなっていた。それはそうだろう。嫌われるよりお互いの事情が分かって話しているからだ。
 
私は患者を信じて入金を待つことにした。と言うかそうすることしか出来ない。
その旨を患者に話した。私の事情を知っている患者は「必ず入金します」と約束してくれた。
 
 
だが事務長は待ってはくれない。
タイムリミットの3月になりこうして私たちは事務長室に呼ばれていたのだ。
 
 
 
 
 
2時間ほど経過しいていた。
事務長はトラのような殺気を放っていた。
 
「未収金回収がお前の仕事やろが!! 」
事務長は吠えた。
そうだ。まったくもってその通りだ。反論の余地はない。
私は
「ない人からは回収できません」と話した。
正論っぽいが無茶苦茶だ。診療費は払わなければいけない。社会の常識だ。
 
「ない袖ふらせる位で回収してこい! むしりとる位の勢いで行かんから患者に舐められるんやろが!」
事務長は吠えた。
私は
「そんな滅茶苦茶できるわけないでしょう」と話した。
嘘だ。
私は去年までない袖を振らせていた。むしり取っていた。
だが私は患者と約束している。人と人との約束だ。私から言い出したのだから破るわけにはいかない。
 
 
……
………
…………
 
不意に事務長は黙った。
そして「もういい。でていけ」
そういった。
 
私たちはそそくさと事務室からでた。
 
上司はいぶかしがり私に何かしたのかと聞いてきた。
私は「何でしょうかね?」と話した。
 
とぼけていたが私は最終手段を使っていた。
汗で掌がぐっしょりと濡れていた。
事務長がしていたように私は事務長に対して殺気を放ったのだ。
要するに目で黙らせたのだ。殺気を放つことが日常の事務長だったが殺気を向けられることには慣れていなかったのだろう。
瞬間的に矛を収めてくれ話が終わったのだ。
 
我ながら滅茶苦茶だ。何処の世界に上司に殺気を放つ人間がいるのか。もはや仕事ではない。
 
その日の夕方。私は患者に事務長と話をつけてきたことを話した。
患者の人たちは私の立場を心配してくれ、入金の確約をしてくれた。
 
 
3月下旬、回収率は9割強だった。事務内では一番だった。
もちろん踏み倒した人も何人かいたがほとんどの人は約束を守ってくれていた。
私は人を信じてよかったと心から思えた。
 
無事未収金は人並みに回収できた。
だが、上司を恫喝した代償は大きかった。
 
私の評価は地の底まで落ちていた。
事務処理のミスもほぼゼロだったがそれでも決して評価は上がることはなかった。
この頃になると「成功した場合は主任の頑張り」「ミスは千々岩がやらかした」
この形に固定されていた。
 
昇進もない。評価も上がらない。私は後輩が落ち着いたのを機にこの職を離れることにした。
 
しばらくしたある日
部署一番のクレーマー気質の人が上司と主任に詰め寄っていた。
私が何度喧嘩したかわからない相手だ。
何処からか私が辞める事を聞きつけたのか、
「あんた達が全部千々岩さんに押し付けるけん千々岩さんが辞めるんやろが!! あんたたちが辞めなさいよ!」
と詰め寄っていた。
 
見てくれている人は見てくれている。頑張ってよかったと思えた。
そしてなにより名前が
「お金の話をする人」から
「千々岩さん」に代わっていた。
涙が出るほどうれしかった。
 
 
 
その後私は無事に退職した。最後まで未収金回収100%は無理だった。
それが組織の人間として間違っているかどうかはわからないがあのままむしり取るようなことをしていたら多分後悔していたと思う。
 
ちなみに退職後、患者から年賀状が届くようになっていた。
私は住所を教えていないのに………。
個人情報も何もあったもんじゃない。
あそこの職場はどうなっているんだと一瞬憤りを感じたが………。
上司を恫喝する人間にはこれくらいが丁度いいかなと思えた。
 
 
年賀状も素直に嬉しかったし
 
まぁ良しとすることにした。
 
 
 
 
***
 
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2022-12-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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