タダでは転ぶな、失敗は成長のもと
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:Keita Hosoya(ライティング・ゼミ12月コース)
「サッカー少年団に入りたいんだけど、5年生から始めるってもう遅すぎるよね?」
「遅すぎるってことはないよ。いいことだから、やった方がいいよ」
「でもなぁ、もうみんな上手いし、僕だけ下手だからなぁ」
「周りなんて気にする必要ないよ。きっと楽しいことが沢山あるよ」
「でもなぁ」
これは、34歳の私(叔父さん)と、10歳の甥っ子の会話である。
10歳の甥っ子は、とにかく失敗をしたくない少年だ。
テレビゲームでもボードゲームでも、彼は絶対に負けたくない。自分の負けが込んで周りが勝利に浮かれはじめると、時に癇癪を起こし、昭和の頑固おやじのちゃぶだいよろしく、カードやボードをひっくり返すなんてこともしばしだ。
負けたくない! 失敗したくない!
しかしそう強く思うのは、なにも私の甥っ子に限った話ではないだろう。失敗したくないと思うのは人間の常だ。
だが、失敗を過剰に恐れて自分の得意なゲームに閉じこもり、弱い相手に連戦連勝しても成長は見えてこない。成長にはチャレンジと失敗が付き物だ。
だからこそ、「失敗したくない」という気持ちにどう向き合っていくかが、成長する上での重要な鍵になる。
今日は少しばかり長く生きている叔父さんとして、叔父さんの失敗と成長の経験を書いてみたい。
私が修士1年生になった頃、大学はグローバル化推進の煽りを受けて国際交流課なる部門を新設した。それまで国内に閉じていた大学は、途端に世界を視野に入れ始め、次々と国際交流イベントや留学推進の方向に舵を切り始めていた。そんな折、留学生の友人が多かった私は、日本人学生代表のような立場で国際交流を推し進めていきたい先生方に重宝された。
ある日、私は国際交流課のS先生に構内で呼び止められた。
「細谷君、2カ月後の国際シンポジウムで自分の研究成果について30分間英語で発表してくれない?それも英語で」
「30分!? 研究発表? え、しかも英語で!?」
研究と言うにはおこがましい、つたない卒業研究を完成させたばかりの私だった。しかも英語を話した経験と言えば、アジアを2週間バックパッカーとして旅をしたくらい。シンポジウムでの研究発表となれば、専門用語を使う必要もあれば、文法もロジックもキッチリと積み立てていく必要がある。そもそも日本語の研究発表ですら未熟だった私にとって、30分間、しかも専門家の先生たちを前にして英語で研究発表をする、ということは身の丈を超えた舞台だった。
にも拘わらず若気の勢いか、私はその場でその依頼を快諾することになる。
それから2カ月。充実していたキャンパスライフは、メニューが山積みのトレーニングキャンプに様変わりした。
そして、私がそのキャンプで絶望するまでにそう時間はかからなかった。
研究発表を推敲しようとすればする程、研究そのものにたくさんの穴があることが分かるのだ。
課題設定から、検証方法から、統計手法から。自分がオーディエンスの立場でも、ここを指摘するだろう点が次から次へと発見された。
しかし研究自体をやり直すことは時間的にもまったく不可能だった。
不完全な研究内容を、不完全な言語とロジックで30分も説明する……大勢のオーディエンスの前で、自分は針の筵になるに違いない。私はそのことに絶望した。勝利の可能性がない戦争に赴く兵士のように、「もうだめだ」と下を向いた。
国際シンポジウムでの発表が負け戦にしかならないことを悟り始めた頃、私は不平不満と愚痴を周囲に漏らすようになり始めた。
「そもそも、いきなり英語で30分の発表をさせるなんておかしいでしょ」
「S先生は誰か一人学生を出さなきゃいけなかったら無理矢理私にその役割を押し付けたんだ」
等々。勢いで安請け合いしたことを心の底から後悔した。
そんな時、一つの転機といえる出来事があった。
それは、塞ぎこんでいる私の姿をみて、友人だったインドネシアからの留学生チンタが発表を見てくれると申し出てくれたことだった。
どうせダメな発表ですよ。というような拗ねたスタンスながらも、私はその時点で準備したプレゼンを彼女に披露した。5歳年上の彼女は、芯のある透き通った目で私の発表を聞いていた。
発表後、言い訳からしようとする私の発言を遮って、彼女はまず拍手をし、
「ケイタ、すごいね!英語でこんなに発表できるなんて」と言った。ダメだしばかりに違いないと思い込んでいた私はその態度に面食らった。
その後、彼女は懇切丁寧に盛りだくさんの改善すべきポイントを数時間に渡って指摘してくれ、その一つ一つに対し、改善の方法まで指南してくれた。
その数時間は私にとって転機だった。
プレゼンの練習を終え、学生寮の小さな4.5畳の部屋に戻りベッドに寝転んだあと、私は目を見開いたまま天井を眺め、自問自答するようにこう考えていた。
研究の内容はしょうがない。英語が下手なのもしょうがない。でも、それが今の自分の実力じゃないか。どんな手を使ったって、その事実はごまかしようがない。その中でも精一杯やらなきゃ、あれだけ真摯に向き合ってくれたチンタに申し訳ない。どんな結果になったとしても、それが今の自分の実力だ。それを受け入れよう。
その瞬間は、ある種私が負けを覚悟した瞬間だった。
それまで、私はゲームに負けたくない甥っ子と同じように、負けないためのことばかりを考えていた。しかし、自分が弱ければ、負けるのは当然だ。
開き直った私はその後練習に力を入れた。自分でコントロールできない研究内容等は諦め、ロジックや発音など、自分でコントロールできる点に磨きをかけた。練習を繰り返したことで、本番を迎えた私の心はクリアになっていた。
「Ladies and gentlemen, thank you for giving me such a wonderful opportunity……」
満席の大会場で私はそう切り出した。心地よい緊張とどんな結果でも受け入れるという覚悟があった。
私の発表は、決して研究発表として質の高いものではなかったと思う。また発表後の質疑応答も、決してスマートに応えられた訳ではなかったと思う。それは自分でもよく分かった。ただその舞台に向かっていく態度は、手前みそだが決して悪いものではなかったとも思う。
発表の後、大きな会場の後ろで見に来てくれていたチンタが満面の笑みと親指ポーズでこう言った。
「Keita, Good Job!」
その言葉を聞いて、私は試合には負けたが、自分自身の成長という勝利は手にすることが出来たのかもしれないと思った。
今ふりかえると、その数カ月の経験は初々しく懐かしい良い思い出だ。
かといって、同じようなストレスに曝されるのはもう御免だという気持ちもある。少しは人生経験を積んだ今でさえ、「1カ月後に専門家集団の目の前で30分間プレゼンしろ。それも英語で」というミッションを課されたなら、毎日溜息をつく自信がある。10円はげも出来るかもしれない。ただきっと、あの時と同じように、どこかで腹を据えて開き直ることが出来る気もしなくもない。
例え失敗しても成長できるかもよ、と自分に言い聞かせて。
どんな経験も、捉え方次第。
ネガティブな思考にとらわれがちな甥っ子が、いつかそんな風に思えるよう、小さなチャレンジでも応援してあげたいなと叔父さんは思っている。
***
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