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この子は無理だ

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:藤岡継嘉(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「ぼく、絶対にやらないからね」
低学年の男子がソファの上に仰向けになって叫んでいる。
「そんなこと言わないで、ちょっとこの問題やってみようか」
とやさしく言うものの、仰向けのまま動こうとしない。
約30年、塾の先生をやってきたが、ここまであからさまに拒絶されたことはなかった。
「どうしよう……」
どんな子でも教えられてきたというちょっとした自信もなくはなかったので、正直ショックでもあった。
 
「どうか国語ができるようにしてほしいのです」
と先日メールが来て、お母さんと面談し、
「わかりました」
といって引き受けたものの、個別指導の初日にこのありさま。
 
この子は本当に国語が嫌い、いや大嫌いなのだ。
お母さんは入塾面談では、この子を最難関の開成中に合格させたいと言っていた。
家でお母さんと一緒に国語の問題集をいっしょにやっていてはじめは30分くらいやれていたが、次第に時間が短くなり、ついには全くやらなくなった。
すると成績もダダ下がり。やがて国語の勉強をやろうというと、手あたり次第机の上にあるシャーペンやら問題集やらを投げまくって暴れ出すとのこと。
筋金入りの国語嫌いになってしまった。
ちなみに算数は大好きで大手塾のテストでも毎回満点を取ったり算数オリンピックでも毎年入賞したりしているほど。社会、理科もそこそこできる。
あとは国語さえなんとかなればということらしい。
それで国語をなんとかしたいということで、無理にでもやらせようとしたところ、すっかり国語嫌いになってしまったらしい。
そんな子を引き受けたものの、いったいどうしたらいいのか?
ここまでの子はいまだかつてみたことがない。
しばらく考えた。
「やっぱり無理」
という言葉が脳内から出てきた。
お断りしよう。
お母様に電話をしようと携帯を取り出した。
その瞬間、その子が
 
「先生、ケシピンって知ってる?」
と聞いてきた。
「ケシピン?」
一瞬何のことかわからなかったが、ひょっとしてあれのことか? と昔の小学生の頃を思い出した。
ケシピンとは小学校の休み時間などにやる消しゴム落としという遊びで、自分の消しゴムを友だちの消しゴムにデコピンの要領でぶつけて落とすというものである。
私も小学生時代にやっていたので、
「ああ、知っているよ」
と言ったら
「じゃあ、先生やろう」
というのである。
一時間当たりいくらで高いお月謝もいただいている大事な個別指導時間に、国語の指導もしないで「ケシピン」をやるのは正直気が引けたが、今、この子の機嫌を直すにはこれしかないと思い、
「ちょっとだけだよ」
といってやった。
すると彼がとても強い。
わたしなどは久しぶりで、力加減がわからず自分の消しゴムを中指でピンとはじくと、あらぬ方向に飛んで行って自爆してしまう。
一方、彼はまるでビリヤードの名手のように右手の中指で慎重に消しゴムをはじくのだがその力加減が絶妙。
私と彼とで交互に打っているうちに結局私の消しゴムだけが見事に落とされてしまう。
「やったー」
「やられたー」
いつのまにかヒートアップして不覚にもつい大声で叫んだり笑ったりしてしまっていた。
まるで小学生の頃にタイムトリップしたかのような楽しさだった。
ひとしきりケシピンをやった後に、
 
 
「先生、九九の1の段の答えをすべて足すといくつになるでしょう? 」
と算数の問題を出してきた。
私は算数が大の苦手なので
「えー、わからない」
と答えると、彼がホワイトボードに
「1+2+3+4+5+6+7+8+9」
と書いてきたので、必死に暗算して
「45」
と答えた。
彼が「正解。では、次の問題」
と言って、
 
「5の段の答えをすべて足すといくつになるでしょう? 」
と聞いてきた。
さすがにわからず考えるのも嫌なので
「わかりません」
と答えると、彼は嬉しそうに
「225」
と教えてくれた。
 
その後も何問か算数クイズを出されたが、どれもわからず全問不正解。
私が劣等感にうちひしがれていると、彼はなぜか嬉しそうな顔で、
 
「先生、少しならやってもいいよ」
と。
「えっ?」
「国語の問題」
と言って彼は机の上に問題集を広げ始めた。
 
いったいどっちが大人でどっちが子どもかわからない?
小学3年の男の子に翻弄されまくってしまっている情けない先生。
おそらく彼は負けず嫌いで、彼からするとケシピンや算数クイズで先生に勝った。
次は国語の問題で負けてやってもいいかな、という感じだったのかもしれない。
でも、こういう負けず嫌いな子というのはすごいパワーを持っているものだ。この子はきっと伸びるとそのときなんとなく予感した。
こんな調子で110分の個別指導時間の半分はケシピンと算数クイズ、後半に国語の勉強という感じで個別指導が進んでいった。
 
今年、彼は見事開成中学に合格した。
最難関の開成に彼が合格したことは本当にうれしかった。
しかし、もうひとつうれしかったのは、
大嫌いだった国語を少し好きになってもらえこと。
 
勉強は楽しくやるものだ
ということを彼は教えてくれた。
ケシピン、算数クイズを出しているときの彼は本当に楽しそうだった。
楽しいふりではなく、彼は本当に楽しいと思えることが好きなのである。
もちろんケシピン、算数には及ばなかったが、彼は国語に前向きに取り組むようにはなってくれた。
おめでとう。そしてありがとう、◯君。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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