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腐れ縁と向き合うことに決めた話


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:高瀬敬子 (ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「パリ砂糖漬けの日々 ル・コルドン・ブルーで学んで」という本がある。著者の多田千香子さんが、10年勤めた朝日新聞社を辞め、パリの製菓学校に留学した実話だ。パリでの奮闘を綴ったこの本が私は大好きだった。しかし10年後に自分が同じようなことをするとは夢にも思っていなかった。
 
 
「留学したかったんでしょ? 1週間でも1ヶ月でも行けばいいじゃん」
 
HPもMPも0どころかマイナスになる程の失恋ダメージでボロボロ、おまけに仕事も午前様が当たり前の激務でヘロヘロ、という状態の私に友人が言った。
 
ハッとした。脳内に新鮮で冷たい水がざーっと流れるような感覚だった。すっかり忘れていたが確かに留学は夢だった。ただ、留学といったら最低でも2年とか3年とか、長期で行かないと意味がないと思い込んでいた。
 
「そうか。短期でもいいんだ。とりあえず留学しよう」
彼氏も旦那も子供もいない、今じゃないとできないことをしよう、と思った。
 
さて、どこに行って何をするか。もう30歳を結構過ぎている。この歳で行くならプロジェクトマネジメントとか、何かキャリアにプラスになることがいいだろう。
 
語学留学は嫌だった。英語を学ぶより、英語で何かを学びたい。
 
ビジネススクールなら世界中にある。思い切ってアフリカはどうだろう。アフリカに行くために会社を辞めた人の話をどこかで読んだ。公用語は英語だし、テーブルマウンテンが見たいな。イギリス、アメリカ、オーストラリアは留学先としては手堅いが、学費が高い……などと考えていてふと思いついたのが、以前訪れたハンガリーである。
 
実際に行くまでハンガリーがどこにあるのかもよくわかっていなかったのだが、首都ブダペストの街並みは美しく、特にゴシック建築の国会議事堂のかっこよさに魅了され、何百枚も写真を撮った。
 
あっちこっち一人で回って、安全で住みやすそうな国だと感じた。ハンガリー語が使われているが都市部は英語が通じる。何より物価が安く、日本の半分くらいである。母の知り合いの娘がハンガリーでチェロを弾いている。相談できるかもしれない。
 
そんなことを考えながら京橋のあたりを歩いていたら、ある看板が目に止まった。ダンス留学専門の斡旋会社の看板だった。
 
光が見えた気がした。先生になるコースならバレエ留学もありか?
 
私は4歳からクラシックバレエを習っている。10代の頃は週6回レッスンするほど真剣に取り組んでおり、バレエ留学して海外バレエ団に入るのが夢だったのだ。しかし高校卒業時に自分の実力では無理だと感じ、勝手に諦めて一浪して大学に進学した。
 
挑戦する前に諦めたのが悪かったのか、バレエに対する消化不良の様な未練は長く尾を引いた。くっついたり別れたりを繰り返す腐れ縁の彼氏のように、先生になるでもなく発表会に出るわけでもなく、バレエとは全く関係のない仕事をしながら週に一度、細々とレッスンを続けていた。
 
 
気づいたら京橋のその会社に入っていた。そこで提案されたいくつかの中にあったのが、ハンガリーの国立バレエ学校でメソッドを学ぶ10ヶ月のコースである。
 
 
バレエにはいくつかのメソッドがある。ロシアメソッド、イギリスメソッドが代表的で、ハンガリーのコースではロシアメソッドとその指導法を学ぶことができる。毎日のレッスンもある。年齢は50歳が上限だった。
 
10ヶ月なら長過ぎず短か過ぎずでちょうど良い。学費も他の国の半分程度だった。とりあえず出願することにした。受かってからよく考えればいい、と思った。私はいつも何か新しいことをするときにこう考える。とりあえず受けて受かったら考える。辞退もできるのだから。
 
その時点で出願締め切り1週間前だった。合格の知らせを受け取ったのはそれから数週間後。
 
受かってからよく考えようと思っていたけれど、心はもう決まっていた。
ハンガリーに行く。この歳でバレエ留学だ。
 
ビジネスとかキャリアにプラスとかもうどうでもよくなっていた。それよりも、バレエという長年の腐れ縁とやっと真剣に向き合える感じがした。
 
 
仕事は辞めることになった。
 
会社のことが好きだったので休職して帰国後に戻りたかったが、バレエ留学は休職の理由としては認められなかった。
 
「じゃ、辞めます」
 
迷わずそう言った。会社に対する好きレベルが少し下がったが理解はできる。教育休職という制度はあったが、当然仕事に関連のある学びが対象だ。バレエは微塵も仕事に関連しない。帰国後に再入社すればいいや、と考えた。結局しなかったのだが。
 
あっという間に会社を辞め、賃貸マンションを解約し、出国までのひと月ほど実家に身を寄せた。近くのバレエ教室に行きまくって留学に備えていたのだが、ここにきて恐怖心と不安がむくむく湧き上がってきた。私は何か取り返しのつかないとんでもないことをしようとしているのではないか。学校を卒業してから初の無職だ。お金は大丈夫なのか。これからバレエ漬けの毎日になるのに10年近く週一回しかレッスンしていない。身体はだいぶ動かなくなっている。そしておそらく一番年寄りの留学生に違いない。ついていけるのだろうか。
 
 
そんな中、大好きだったあの本のことを思い出した。
まさに「パリ砂糖漬けの日々」の著者、多田千香子さんと同じことを私はしようとしているじゃないか。
きっと大丈夫。行けばなんとかなる。何かあったらその時考えればいい。
 
ちょうど多田さんがパリに行ったのと同じ年齢で、私はトウシューズと一緒にハンガリーに旅立った。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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