メディアグランプリ

ジャズとウィスキーの心地よい距離感


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松浦哲夫(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
好きな音楽はなにかと聞かれると、私はジャズだと答える。もちろん他にも好きなジャンルの音楽はあるし、ジャズしか聴かないというわけではない。ただ、私の感性にとってジャズはとても大切な音楽であり、それはウィスキーというお酒が深く関わっている。
 
ジャズとウィスキー。全く関わりのない2つではあるが、この2つが私の中に取り込まれた時、まるで隣り合うジグソーパズルのピースのようにピッタリと一致し、それらは私に至福の時間を提供してくれる。そしてそこに場所というピースが加わった瞬間、それは最高の時間となるのだ。
 
もう12年ほど前になるだろうか。かつて私が会社員だった頃、出張のために訪れた湘南のあるバーに立ち寄ったことがあった。軽く夕食を済ませて、街をあてもなくブラブラしていた時、ふと同僚に勧められたそのバーを思い出したのだ。
 
「お前、今度湘南に出張だろ。オススメのバーがあるからさ。行ってみろよ」
 
そう言うと同僚はバーの住所を示した小さなメモ用紙を渡してきた。メモを開くと、何やら住所と店の名前らしきアルファベットが書かれている。気が向いたら行ってみる、と私は同僚に返事した。
 
酒を飲んでいたわけではない。ただ心地よい湘南の海風に吹かれながら歩いていると気分が高揚してくる。せっかく同僚が勧めてくれたのだからちょっと入ってみるか、という気になった。
 
ズボンのポケットに手を突っ込むと、その時のメモ用紙がクシャクシャの状態で入っていた。メモ用紙を両手でプレスして住所を見ると、バーはこの近くらしい。歩いて5分とかからない距離だ。半信半疑ではあったが、試しに入ってみるくらいはいいだろう。合わなければすぐに出ればいい。そんな軽い気持ちで私はバーへと向かった。
 
住所の場所に到着するとそこには古い木製の看板が掲げられており、メモ用紙に書かれた通りのアルファベットが彫られていた。バーはどうやら2階らしい。
 
2階へと上がり古そうな扉を開けると、店内はうす暗く、意外に広かった。15席ほどのテーブルと大きなカウンター席だ。席は半分ほどが埋まっており、カウンター席にも数名のお客さんが座っていた。私は空いているカウンター席へと座り、ハイボールと小さめのピザを注文した。ハイボールをちびちび飲みながら、もう一度店内を注意深く観察してみる。すると、あることに気がついた。普通のバーにはないものが店の奥にあったのだ。目の前にいるバーテンダーに聞いてみる。
 
「ここはジャズの生演奏のバーですよ。もうすぐライブの時間です。ほら、あそこにいる4人がバンドメンバーです」
 
ジャズ? なるほど、そういうことか。店の奥にはステージが設置されており、その手前のテーブルで一風変わった4人の男性が話していた。4人とも手に楽譜のようなものを持ち、真剣そのものだ。私は彼ら4人に只者ではないと感じさせる特別な雰囲気を感じた。これが演奏者のオーラなのだろう。
 
時計が19時30分を指したと同時に4名がステージに上がり、何の前触れもなく突然演奏が始まった。これまであまり聞いたことのない音楽だ。ロックほど激しくもなく、クラシックほど荘厳でもなく、J-POPのように親しみやすいものでもない。しかし4人の演奏者としての技量は極めて高く、いつしか私は時間を忘れて聴き入っていた。
 
私はジャズの演奏に夢中になった。まるで私の意識が音楽の中に吸い込まれていくかのようだった。瞬く間に約2時間のライブは終了し、そこでようやく私は我に返った。注文したハイボールはそのままカウンターに放置され、ピザは冷たく固まっていた。
 
湘南の出張が終わりそのバーと縁遠くなってしまっても私のジャズ熱は一向に冷めることはなく、その情熱はそっくりそのまま大阪の繁華街、梅田のジャズバーへと引き継がれた。毎週金曜日の仕事帰りに梅田にあるジャズバーへと入り、ハイボールを味わいながらジャズを聴く。それが私にとって至福の時間だった。そんな日々を過ごす中で私はあることに気がついた。それはジャズにはさらに上の楽しみ方があるということだった。
 
それに気がついたのは1人で山に登っていた時だった。私は大きなリュックの中に食料、衣服、テントと寝袋を詰め込み、数日間に渡る山行を楽しんでいた。
 
雲一つない夜空に恵まれれば、その日の夜はまさにこの世の極楽だ。満天の星を眺めながら小瓶に入れたウィスキーを湧き水で割ってちびちびと飲む。年に数度の大型連休中にのみ叶う休日の過ごし方であり、ジャズバーのように毎週というわけにはいかない。それだけに私はこの時この瞬間を大切に過ごしていた。
 
湧き水のハイボールで程よく気分が高揚した私は、ジャズが聴きたくなった。手持ちのスマホには100曲以上のジャズが保存されている。生演奏のような臨場感や迫力はないものの、ジャズを聴くことはできる。早速私はスマホを操作し、リストの中の比較的静かなジャズのナンバーを再生した。周りには誰もいない。最大音量でできるだけ生演奏に近いジャズを楽しもうと試みた。
 
やはり素晴らしい。音楽を楽しむためには周囲の環境も大切だ、ということを実感させられる。いつしか私は湧き水ハイボールを手に持ったままジャズに聴き入っていた。
 
1曲を聴き終わった時、私は手に持った湧き水ハイボールを見ながら思った。音量を絞って聴けば、ハイボールと音楽を同時に楽しむことができるのではないか。そこで私はスマホの音量ゲージを20%程度に設定して2曲目を聴き始めた。
 
すると、スマホから流れるジャズはまるで隣のステージから漏れ聴こえてくるような音を演出し、私はジャズと湧き水ハイボールを同時に楽しむことができた。まるでジャズとハイボールが私の心に沁みこまれていくような感覚を覚え、あまりの感情の高ぶりに私の目には自然と涙が溢れていたのだった。
 
あれから約10年の時が流れ、私は今その時のことを思い出しながらこの記事を書いている。今でも時々ジャズバーには足を運ぶし、やはり生演奏を聴きながら過ごす時間は素晴らしいと思う。ただ、上には上があるものだ。今のところ、あの日以上の最高の時間を私は知らない。もし、その上があるとしたら、それは山小屋でジャズの生演奏を聴きながらハイボールを楽しむ時間ではないかと想像するが、まだその瞬間に巡り会うことはできていない。いつの日かその瞬間に巡り合うことを夢みて、この記事を締めたいと思う。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



関連記事