文章を書くのが怖い
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:くろねこ(ライティング・ゼミ4月コース)
私はパソコンの画面を見ながら震えていた。
頭のてっぺんからつま先まで体中が冷たく感じて寒くてたまらないのに、汗が吹き出る。
キーボードは手汗で滑ってうまくタイピングできない。
どうしよう……
どうもできない事はわかっているのに、この状況を抜け出す方法を考えてしまう。
時間が戻ればいいのに。何度もそう祈ったが時間は正しく進み、画面に表示された数値は下落していった。
あの日から半年ほど前のこと。
私は広報として対外的に発表する文章作成を担当していた。各所からの情報をもとに作成し、関係者に回覧される。それぞれの立場から良かれと思ってフィードバックを頂く。私よりポジションが2つも3つも上の方々だ。彼らから寄せられた沢山のアイディアを取り込みながら何度も修正を加えて、完成したものを上司に提出した。それを読んだ上司から言われた一言。
「子供のお使いか?」
今ならわかる。
みんなの意見を取り込んだ文章はとんでもない駄作となったのだ。
もちろん、寄せられた意見が悪い訳では無い。舵取りを行う私に指針がなかったのだ。指針がないまま、目の前の衝突を避けて切り貼りされた文章はまとまりがなく、伝えたいことも不明瞭だった。自分の弱さをスバリと指摘され、悔しさがお腹の底から湧き上がってくる。なんとか挽回せねば!
必死に考えて、脳みそが出がらし状態になるくらいまで考えきって軸を作った。その案にも沢山のアドバイスが寄せられたが、考え抜いた分原案のほうがいい理由を丁寧に説明することが出来たし、逆に取り入れたほうが良い、という判断も出来た。
完成した文章を読んだ上司は「なんだ、出来るのか」とニヤリと笑い、今後はこいつに任せるから、と言った。協業先からも好評で、一部だが先方の会社の資料にも使わせてほしい、という打診もあった。心の中でガッツポースをした瞬間だった。
それからの私は本当に調子にのっていた。やっと自分の役割を見つけられた気がして浮かれていたのだと思う。文章作成のたびに、これがいいんです! と勘違いの自信を盾に、独自の理論を振りかざしまくった。
しばらく経って、新サービスお披露目の資料作成を担当することになった。
概要を聞いただけで頭の中でぱちぱちぱち、とパズルのように文章が組み上がる。
サービスの説明をしてもらっている最中も、このイメージを早く形にしたいとそわそわしていた。
注目されるように。
読んだ人に期待感を持ってもらえるように。
さらに華やかに。
もっと、もっと工夫できるはず。
深夜までかかって作った資料は、これまでにない傑作のように思えた。
その頃になると私に反対の意見を出す人は少なくなり、各所のチェックはそのまま通過して発表日に至った。
当日。発表した瞬間、株主が書き込むネットの掲示板がざわついた。
明らかにポジティブな反応に埋め尽くされていた。
それを眺めながら誇らしい気持ちでいっぱいだった。
私がつくったの! みんな読んで!! そう叫びたい気持ちだった。
翌日。当社の株価が急上昇を始めた。
どんどん上がって値がつかない、いわゆるストップ高になった。
おお、と一瞬喜んだが、一方でじわりと不安が走る。
翌日もその翌日も株価はつかず、ようやく値がついたころには発表前の何倍もの株価になっていた。
冷や汗が止まらない。なにか、とんでもないことをしてしまったのではないか。
株主対応を行うIR担当のところに行った。
「あの……すみません」
声をかけると彼は私を一瞥したあとため息をつき、感情を押し殺した声で言った。
「気楽なもんだね」
彼には未来が見えていた。急激にあがった株価はあとに続く材料がなければ、また一気に下がり続ける事が多い。そういった計画もなく、私はただただ期待感を煽ってしまったのだ。
それから少し経って予想通り株価は下降し始めた。
株価があがったことで資産が何倍にもなった人がいれば、その後の下落で何分の1になった人がいる。株価が下がり始めたその日から連日激しい怒りの電話がかかってくるようになった。感情のこもったメールも次々と届く。対応するIR担当を見ながら、私は痛む胃を抑えることしか出来なかった。胃が痛いのは株主やIR担当の方だろう。もちろん、株価の変動は様々な要因が影響するが、そのきっかけの1つをつくったのは間違いなくあの文章だった。それから毎日株価をみながら震える日々を過ごした。
そんな私を気遣ってか、社内のスーパー営業マンがご飯に誘ってくれた。
彼はその昔、しょっちゅう壊れる精密機器をとんでもない量売っていたらしい。
しょっちゅう壊れるのに、なんで売れるんですか?
「あ、俺以外から買っちゃだめっすよ」と彼は笑った。
「調子悪くなるかもしれないことも説明した上で、そうなった時はこう対応します、と伝えて実際に何かあればすぐに駆けつけます」
信じられないです。壊れないやつのほうが良くないですか?
「壊れるけど都度迅速に対応してくれる製品と、あまり壊れないけどサポートが悪い製品、どっちがいいっすか」
「そもそも精密機器を野外で使うので、調子悪くなることってあるんですよ」
彼の会話の魔術に取り込まれている気がする。
「一番マズイのはお客さんに思ってたのと違う、と思われること。信頼を失ってしまう。これは営業の敗北っすね」
その言葉にドキッとした。
ああ、そうか。
私は敗北したんだ。自分の身勝手な欲求に。
自分が伝えたいことだけ書いて、期待を煽るだけ煽る。
私の作った文章は、嘘はないけれど、誠実さもなかった。
そうやって膨れ上がった期待はシャボン玉のように脆く、一気に弾けた。
株価が上がり始めた瞬間にじわりと感じた不安。
私はもっと前から気がついていたのだ。気がついていたのに、見ないふりをした。
自分の目立たせたい、注目してほしいという欲求を優先した。
世の中に一度出してしまったものは、もう取り戻せない。
記事を消したってなかったことには出来ない。
失ったのは信頼だった。
もう何年も前の話だが、未だに文章を書く時に怖さがある。
でも、これは私に必要な怖さなのだと感じる。そして今日もドキドキしながら自分の書いたものを読み返す。自分の欲望に負けていないか。あの時の経験は私の心の中に深く刻み込まれている。
***
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